プロローグ:灯りの見えない部屋で
これは、あるひとりの“りん”の物語。
埼玉・大宮の街を舞台に、誰にも気づかれず、けれど確かに生きてきた小さな灯火の記録です。
この物語は、私自身の過去と今、そして未来への願いを映しています。
家族に理解されなかった日々。自分らしくあることを否定された時間。
それでも、誰かの優しさに触れて、少しずつ世界が柔らかく色づいていった瞬間。
何度も壊れそうになって、それでも生きて、表現して、前に進もうとする姿を描きました。
恋愛も友情も、自分の心の距離感を見失いながら、それでも本当のつながりを求めるりんの姿は、きっと誰かの孤独や希望と重なるはずです。
これはフィクションでありながら、限りなく私に近い“ほんとう”の話。
もしこの物語が、誰かの小さな救いや共感につながるのなら、それだけで私は救われます。
どうか、最後まで読んでくださるあなたのもとに、
この小さな灯火が、優しく届きますように。
埼玉・大宮の片隅、駅から少し離れた静かなアパートの一室。りんは、窓から差し込む夕方の光を背に、薄いカーテンの揺れをぼんやりと見つめていた。外からは雑踏の音がかすかに聞こえる。どこかで笑う声。自転車のブレーキの音。鳴り続ける信号機のメロディ。
でもこの部屋には、何もない。いや、何も“響かない”。
心が、空っぽだ。そう思ったのは、今日が初めてではない。
大学の授業、サークル活動、アーティストとしての小さなライブ、就活のメール、エントリーシート、未読のメッセージ。すべてが「やること」になっていて、どこかで「やりたいこと」を見失っていた。
「ねえ、私は何のためにここにいるの?」
小さく声に出してみた。
誰に問いかけているのか、自分でも分からない。けれど、ただのため息で終わらせたくなかった。
ふと、机の上のノートパソコンが小さく光を灯した。
画面には、自分が作った短い動画の一コマが映っていた。そこにいた“りん”は、声が枯れるまで歌っていた。指先が震えるまで絵を描いていた。ひとりじゃなかった。自分の中の、もうひとりの“りん”と向き合っていた。
「……もう一度、始めようか」
そう呟いた瞬間、部屋の奥で静かに、何かが動き出した気がした。