第3話 あなたは私を愛してくれますか?
俺はナインを貪った。
彼女の中に自分の欲望を出し入し、その奥に精を解き放った。
これでもかというほどに。
俺は飢えていた。
女に飢えていた。
妻を失くして、娘を奪われ、生きる気力すら失っていた。いつ死んでもいいと思っていた。
そんな日々の中、自分には放射能耐性という特別な能力がある事を知り、それは何かしらの意味があるのかもしれないと、被ばく地域で使えそうな機械を拾う、拾い屋として生計を立ててきた。
荒れた世界で女を作る余裕はない。
そんなことができる環境ではない。
法律のない世界では女は力を持つ強者の元に行くか、娼館に行くかのどっちかだ。
そこに行かないと女は会えない。
そんな女日照りの環境で、久しぶりに出会えた女だ。
ロリコンではないつもりだったが、少女に俺は十六発も出してしまった。
その穴だけでは飽き足らずに口の中にも注ぎ込んだし、手で握らせもした。髪にもかけたし、全身くまなく白いところでまみれさせるほどにぶっかけもした。
彼女は、何も言わなかった。
いや、とは一言も言わなかった。
怖いのか、諦めきっているのかそれは知らない。
ただただ彼女は俺の欲望を受け止めた。
そして一通りのことが終わると、酷い後悔に襲われる。
俺は———なんてことをしてしまったんだ、と。
バギーカーの後部座席に力なく横たわる、白濁液にまみれた彼女の姿を見ると……いや、もう見たくもない! 何で彼女は存在し続けているんだ! 幻であったらよかったのに……。
とにかく———彼女はもうすぐ死ぬだろう。
それか———俺と同じ放射能適応生命体であるかどっちかだ。
どっちでも、俺がこれからとる一番ベストな選択肢は、すぐに彼女を砂漠の上に投げ捨てて、運び屋と共にここに放置して逃げることだ。
こんな場所誰も来ないし、バレたとしても誰も俺を裁けやしない。
裁判所も、刑務所も、全部核ミサイルが既に吹き飛ばしている。
だから、俺はこの少女を捨てるべきなんだ……。
でも———、
◆
シャ——————……!
開けっ放しのバスルームの向こうから、シャワーの水音が聞こえる。
ナインが体を洗っている音だ。
俺は彼女を街に連れて帰って来た。
白濁にまみれた彼女の身体を抱え上げて、さび付いた階段を上り、半壊したマンションビルディングの中で一番まともな三階最奥の部屋に構えた自宅に連れ込み、「まず体を洗え」とバスルームに放り入れた。
ナインは特に文句を言うことなく、粛々と俺の指示に従い、体を洗い続けていた。
「……まったく、どうするか」
ナインをどうするか。
街から遠く離れた被ばく地域という危険領域に一人でいた彼女だ。
恐らく俺と同じ天涯孤独の身だろう。
あんな場所で今までどうやって生きてきたんだという疑問も生じるが、これから彼女が生き続けるにせよ、直ぐに放射線にやられた結果が出て肉体が崩壊し始めるにせよ、それまでここに置いておくか、それとも街に連れてきたんだからどこかの誰かか娼館の世話になれと放り出すか決めなければならない。
彼女とは他人だから別に放り出しても問題はない。
誰も咎めるものはいない。
だけれども———、
ぺた……ぺた……。
フローリングの床を濡れた体で歩くナインの姿が。
彼女はシャワーで体を洗い終えたようで、体を拭かずにそのまま出てきていた。
「体ぐらい拭け!」
彼女に向かって俺はバスタオルを投げ放つ。
「大丈夫。私には耐水性がある」
「ようやくまともに物事を喋り出したと思ったら意味不明なことを……お前の耐水性はどうでもいいんだよ! 家の中の物が濡れるから体を拭いて……それで、服を着ろ。そこに置いてるから」
そう言って、彼女の近くにあるバスケットを指さす。
とはいっても中に入っているのは彼女にはブカブカのTシャツとトランクスという、俺のお下がりで女の子が着るようなものではないのだが……女物などここでは手に入らない。
文明が滅んで、崩壊した建物にネズミのように住み着いている人間たちが創り出した街、ニュー新宿などでは。
「……それで、お前は何者だ?」
ナインは着替えながら目を俺に向けた。
「人形9000」
「それは聞いた。俺が聞きたいのは名前じゃなくて、何であんな場所にいたのかっていうこと。お前がいたのは放射能被ばく地域だぞ? 普通の人間は生きていけない。それなのに何であんな場所にいたんだ?」
「私は逃げた」
「どこから?」
「ラボから」
「研究施設? どこの」
「北西に21・4キロメートルいった場所」
「細か……だけどそんな場所何かあったか? 地図では何も書かれてなくてただの砂地だったはずだけど。まぁ確かに被ばく地域からは離れているけど。まぁいい。そこから脱走してきたのか?」
コクリとナインは頷く。
「そうか……じゃあお前は実験の被検体か何かだったってことか?」
そんな話はよく聞く。
法律も人権もなくなって、医療施設や何かしらの研究施設に人を売り、そこで解剖されたり拷問されたり様々な研究に使われている人間がいると。それは老若男女問わず、人間のデータがあればあるほど良い。
「違う」
そう思ったが、ナインは首を振った。
「じゃあ、お前は何なんだ?」
「私は———生き人形」
「……だから、それは何なんだ?」
「繁殖能力を備えたロボット」
「機械?」
んなわけないだろ。
ロボットがあんなに柔らかくて人の温かさを再現できるものかよ。
そう思ったが、彼女は証拠を見せようとばかりに自分の左手を掴み、それを捻り、引っ張った。
ガチャ……!
「腕が……取れた……⁉」
関節を固定している金具が外れる音がして、ナインの左ひじから先の腕は分離した。
その断面は銀色の金属とパイプのような突起が取り付けられていた。
「本当に……? だけど、抱いた時のあの感触は確かに人間だった!」
「それは当然」
カチャっとナインは自分の左腕をまたはめ込みながら言う。
「私は人間と遜色ないように創られたロボットだから」
「遜色ないようにって何でそこまで精巧に?」
「私は人間の男性に抱かれるために、その子供を産むためにデザインされたロボットだから」
「子供を産む? ロボットが?」
「そう。高度な文明社会は一様に少子高齢化に悩まされる。文明が進んで人が豊かになると一人一人が生きていくのに莫大なコストがかかるようになる。それで結果としてパートナーを作る余裕も、子供を作る余裕もなくなる。そんな未来を解消するために、量子コンピューターの演算の結果の元、塩基配列を人工的に組み合わせてタンパク質とアミノ酸によるDNA、人間の肌細胞と人工子宮を油圧システム搭載の金属骨子を中心に張り付けた。
私は無機物と有機物の部分を併せ持つ、半金属であり半有機である生命体———生き人形として作られた」
「生き人形……それがどうして、逃げ出したんだ?」
「愛を、知るために」
「愛?」
「私は、それを知らないまま子供を作りたくない」
彼女は俺から視線を離さずに———、
「あなたは私を愛してくれますか?」
そう、尋ねた。
ここから始まった。
死んだように生きてきた男と————、
生命を与えられた少女人形の物語が————。