みにくいいぬのこ
日本のいなかには、まだ、のらいぬが住んでいました。
町ではもう、のらいぬは、保健所のおじさんに捕まえられて、いっぴきも歩いてはいません。ですが、いなかには、まだ、のらいぬも、住むことがゆるされていたのです。ああ、なんていなかは、素敵なところなのでしょう!
そんないなかに、だれも人が住んでいない、一軒の、古民家がありました。その軒下には、いぬのおかあさんが、住んでいました。
ある日、いぬのおかあさんは、かわいいよんひきのこどもをうみました。おかあさんがよこになって寝そべると、おっぱいに、こいぬたちがすいつきます。いぬのおっぱいは六つもあるので、みんななかよくいっしょに飲めるのです。
「おや?」
おかあさんは気がつきました。あまっているおっぱいが、ひとつしかないことに。うんだこいぬはよんひきだったはずなのに、おっぱいをすっているのがごひきいるのです。
「……かみさまのおくりものかしら?」
そうおもって、きにしないことにしました。
ごひきのこいぬたちはすくすくとそだちました。
でも、そのなかに、いっぴきだけ、とてもかわったこいぬがいました。ほかのこはみんな耳がたれているのに、そのこだけピンととがっています。まっくろでまんまるな目をしているほかのことちがって、そのこだけおおきくてみどりいろの目をしています。みんなが「わん」となくなかで、そのこだけが「あん」となきました。
たんぽぽの咲く野原をみんなでかけっこしている時も、みんなは元気にずっとはしっているそのそばで、そのこだけなんだか草のうえに『伏せ』をして、おしりをユラユラとゆらし、スキをねらってから飛びかかります。
「あはは!」
こいぬたちは気にしませんでした。
「おまえはたまにかわった遊びかたをするよなぁ」
「そんなところがおもしろいよ」
「大好きだよ」
みんなでなかよく一緒に遊びました。
やがてみんなは思春期になりました。
水たまりにうつったじぶんの顔を見て、かわったこいぬは思いました。
(なんでボクはみんなとちがった姿をしてるんだろう……)
ある日、となりのナワバリからべつののらいぬの親子がやってきました。
おかあさんは「ウウウ」とうなります。じぶんのこいぬたちにひどいことをされるかと思ったのです。
ですが、べつのおかあさんから「こんにちは」とあいさつをされて、こどもたちが一緒になって遊びはじめたのを見ると、安心して、おひるねをはじめました。
「あはは!」
「あははは!」
こどもたちは、からだはおおきくなったけど、気持ちはまだこどもで、みんなでコロコロころげまわって遊びます。
「きみたちのきょうだいは、かわってるね」
べつのこどもたちが言いました。
「きょうだいのなかに、いっぴきだけ、ねこがいるんだね」
かわったこいぬは、それを言われて、怒りだしました。
「ちがうよ! ボクはいぬだ!」
「あはは! いぬだって?」
「きみがもし、いぬなら、みにくいいぬのこになっちゃうよ?」
「じぶんをみとめなよ」
「ねこはねこらしく、それでもいぬと、なかよくはできるんだから」
「おまえ、ねこだったの?」
きょうだいたちは、かわったいぬのこを取り囲むと、口々に舌を出し、言いました。
「どうりで、かわってるとおもった」
「おもしろいね!」
「ねこだなんて、おもしろいね!」
かわったいぬのこは、じぶんを見つけました。
彼らが言うとおり、彼はいぬではなく、ねこだったのです。
うまれたての時におかあさんとはぐれて、よちよち歩いていた時に、いぬのおかあさんを見つけて、そのおっぱいに吸いついたのでした。
やがていぬのお母さんは歳をとり、動くのがおっくうになっていきました。
こどもたちはおかあさんをいたわって、かわりばんこでお世話をします。
ねこは自由なものです。
ひとりで歩くようになり、ひとりでネズミをつかまえて食べたり、高い木の上でひとりで寝たりするようになっていました。
ねこのおよめさんにこねこをうませ、そだてさせながら、そのまわりをパトロールしたりもしていました。
でもまいにち、かならずいぬのおかあさんのところへ行きます。
おかあさんがしんどそうに顔をあげると、その顔をペロッとなめてあげます。
「おまえはねこなんだから……自由にお生き」
おかあさんが笑いながら、「クゥン」となきながらそう言うと──
ねこは一声、ちいさな声で「あん」とないてから、言いました。
「わたしはねこらしく生きています。でも、わたしを育ててくれたあなたのことが大好きなのです。だから、そばにいさせてください」
そしておかあさんの横に一緒になって寝そべると、ペロリ、ペロリと、おかあさんのほっぺたを愛おしそうに、いつまでもなめていました。