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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

酔っ払いたちの肝試し

視線の先には何もない

作者: 雨天砂絵

 ある夏の日、私は数少ない友人と一緒に居酒屋へと出向いていた。友人と久しぶりに飲むせいなのか、ペースが早い。その時、話のつまみに怖い話をしろと友人に無茶振りをされた。普段であれば断るのだが、お酒が入ってた事もあり、その無茶振りに乗ってしまった。

 

 猫にまつわる噂で、こんな噂を知ってるだろうか。猫が何もない所見ているのは、そこに幽霊がいるからだと言う噂。何もない空間をジッと見つめる猫に恐怖を覚える人も珍しくない。

 実際には人間が見てもぱっと見分からない小さな虫だったり、蜘蛛の巣が作られていたりと、猫が見る理由はあったりするらしい。

 人間には分からないほどの小さなものを見ている訳だから、猫が一見何もないところを見てるのも頷ける。

 頷けるのだが、どうしても猫の視線の先が気になるわけで。見ている先を見てしまうのは仕方ない事だと思う。たとえ、そこに何もなかったとしても。

 猫でそれなのだから、普通の人間が止まって何もない空間を見ていたのならば、そちらの方に目を向けるのは自然な事だと思うのは私だけだろうか。


 これは私が体験した奇妙な話。


 梅雨が明けた時期だったと思う。その日は用事があった為、私は外へと出ていた。久しぶりの快晴で、太陽が顔を覗かせていたのを覚えている。そろそろ夏に移り変わるのだろう、日差しが強くなっているのを感じた。

 そんな何の変哲もない日常だった、その時までは。


 暑さに項垂れながら歩みを進めていると、ある交差点に辿り着いた。その時は赤信号だった為、この暑さの中で止まるのかと嫌気がさしていた。

 その時に、妙に印象が残っている事がある。交差点で信号が変わるのを待っていた時、向かいにも私と同じ様に、信号待ちをしている女性がいた。

 それだけならきっと、印象に残らなかっただろう。女性の服装もシンプルな服装で特徴らしきものはない。日常に溶け込む様な、そんな些細な日々の一コマにしかならないはずだった。しかし、私はその女性に強い違和感を覚えた。


 対岸にいるその女性は、何故か首を捻って左を見ていた。女性からなら右方向だろうか。何故かその格好で微動だにしていない。早く変わらないか信号の方を見ているのかと思ったが、そちらの方に信号機は無い。

 では、そちらの方に何があるのだろうか。女性が見ているその視線の先が気になり、私も女性が向けている視線を追う。

 しかし、気になる様な物は何もない。わざわざ首を捻ってまでそちらの方へ視線を向ける理由は、私には分からなかった。

 何もない空間を見ている所を見て、私は猫が幽霊を見ている噂を思い出した。少し、怖いと思ったが、私は好奇心が抑えきれず、対岸へと渡った時に女性が見ていた先を確認してみる事にした。


 信号が変わったのに気づいたのは、女性が歩みを進めるのを見たからだ。横を向いているのにも関わらず信号が変わるのを見ていたのであろう。随分と器用なものだと思った。

 同時に少し不気味に感じた。今もなお、顔を何もない空間に向けてこちらへ歩いて来ている。

 横目で女性を見てみると、遠くからでは分からなかったが女性の肌は妙に青白く、血の気が引いた様な顔色だった。最早、土気色と言った方が正しいかもしれない。

 もしかして、女性自身が幽霊なんじゃないか? そんな失礼な事を考えてしまった。もちろんの事ではあるが、すれ違う時に何かしてくる様子もない。


 そんな馬鹿な事を考えていると、女性が立っていた場所付近にたどり着いた。少し心拍数が上がるのを感じた。

 私は歩みを止めず、女性が見ていた方へと顔を向けた。見てはみたものの、やはり、そちらの方には何も興味がそそられるものはなかった。店が数軒ある程度だった。食事をする場所を探していたのかもしれない。そんな事を考えていた。

 私は興味を失い、そのまま顔を前に向け、歩みを進めようとした。


 しかし、私は顔を戻せなかった。否、戻さなかった。


 私は、女性に心の底から感謝した。彼女は全くおかしな事をしていた訳ではなかった。彼女は何も無い空間を見ていたのではなかった。



 ただ、視線を逸らしていただけだったのだ。私が見ている、反対方向にいる恐ろしいなにかと目を合わさない様に。



 私の後頭部に刺さる、多くの視線。信号を渡るまで気づかなかった、その場まで辿り着かなければ気づかなかった女性が視線を逸らしていた反対方向にいるなにか。

 恐らくだが、視界が極端に狭いらしい。ここまで近づいてようやく視線を感じるくらいの距離。重圧を感じるくらい多く集まる視線。その圧力は暴力と言っても過言ではない。

 好奇心は猫をも殺すと言われているが、私が置かれている状況はその寸前の状況だ。先程、好奇心に勝てなかった私だったが、今は振り返らないよう必死に目を逸らしていた。私だって命は惜しい。

 できる限り、この場を早く立ち去りたい。体調はいつも通りなのに体が重い。足取りが、時の流れがとても長く感じる。夏に移り変わる頃の筈なのに、背筋に冷たいものを感じる。

 思えば、女性も向かいからくる時に、足早にこちらへと歩いてきていた。何かから逃げるように。

 絶対に振り向かない、好奇心を殺して、その思いを心に誓い、重い足を動かす。


 いつの間にか視線の圧力は消えていた。今までの出来事は何かの勘違いかもしれない。そう思ったが、いまだに戻していなかった顔の向きと、暑さで出てきたものではないであろう大量の汗が現実だと感じさせる。

 そんな状況でもまだ、好奇心は疼く。それでも振り返らずにその場を後にした。帰る時はその道を絶対に使わないと思いながら。


 話を終え、すっかり温くなったビールに口をつける。炭酸も感じれない程の時間が経っていたらしい。喉を潤すためだけ飲み物となっていた。

 追加でお酒を頼み、それを待つ間に、友人に今話した体験談の感想を聞く。とても怖い思いをしたので、友人にも共有して分かち合おうと思ったから、この話をしたのである。


 しかし、友人は目を輝かせて興味深々といった様子。その時の様子や何処の場所で起こったかと根掘り葉掘り聞かれた。昔から、友人は好奇心旺盛である。私と似た部分があり、類友と言ってもいい。

 そんな友人が好奇心を剥き出しにしている時は、その話題以外の事を聞いてない。友人がその場に行くと言い始めたのは必然だろう。

 一応、口だけは止めておく事を勧める。絶対に聞かないだろうけど。


 案の定、友人は聞かない。それどころか、私も一緒に行かないかと誘われた。今から。

 その話に私は乗ってしまった。やはり、酔いは正常な判断を鈍らせる。これが、お酒の入ってない時であれば、絶対に乗らなかった。お酒の力とは怖いものだと思う。


 飲み会も終わって帰り道、友人と一緒にあの交差点へと向かう。千鳥足程ではないが、おぼつかない足取りの友人は、何処か楽しそうに見える。これから怖い所へ向かう人には思えない。


 話していると、いつの間にか辿り着いた。あの時のことを思い出し、少し酔いが醒める。

 友人が何処らへんで視線を感じたのか聞いてくる。わたしは大体の位置を教えた。


 しかし、友人曰く、そこには何も感じないと言われた。同じように首を横に向けてみても何も感じないらしい。

 そんなはずはない。私も同じように視線を向ける。友人の言っていた通り、何も感じなかった。

 怖かったものの友人と一緒に直接視線を感じた場所を確認してみる。やはり、そこには何もなかった。


 私は嘘をついたと言われるのが嫌で、友人に信じて欲しいと懇願した。が、友人は私が嘘を言ってたとは思ってないらしい。生真面目な君が嘘をつくはずがないと。

 では、何故視線を感じなかったのか。場所を間違えてしまったのだろうか。そんな事を思っていると友人が一つの仮説を思いついたらしい。


 この通りは普通に人通りが多い。そんな場所で、視線の主を誰も見ずにいられるわけがない。だから、誰かがその視線の主を直接見てしまったのではないかと。そして、その視線の主は同じ所には留まらず、一人を連れて行くのではないと言った。

 多くの視線を感じたのはおそらく、連れて行った人の数ではないかと友人は語る。


 その言葉に、私の背筋に悪寒が走る。もしもあの時、私が振り向いていたら、その視線の一つになっていたのかもしれない。


 後日、ニュースで知った。あの辺りで一人、行方不明になった人がいると。友人の言っていた仮説は合っていたのかもしれない。


 あの場所が気になり、もう一度見に行ってみた。あの日と違い、今度は視線を逸らさずにその場所を見た。しかし、その視線を感じた何かがいた所を見るがやはり、そこには何もなかった。

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