クソガキ
まさかメルセからのどうでもいい知識が役に立つとは思いもしなかった。ここまで特徴が一致するのだから間違いないだろう。
リヒカが思わず叫ぶと、第一皇太子であるルードに鋭い視線を向けられ直ぐ様自分のしでかしたことに気がついた。
(し、しまったぁ! 目立たないようにしなきゃなのに。な、なんでこんな所に皇太子が……! とにかく、今は気配を消すのよ気配! 記憶に残らないように、印象を薄く、うすーく!)
「ミハエル・クラウディス・ルード殿下にご挨拶申し上げます」
過去類を見ないくらいに気配を隠し、片手を胸に当て仰々しい程に頭を下げる。今はドレス姿ではないためこれが最大限、敬意を示した挨拶作法だ。
しかしルードはその様子を見ることもなく、後ろにいるラズへと視線を向ける。
「ラズ、何故ガキがここにいるのかと聞いているんだが?」
「い、いえいえ、ガキではなくてですね……」
「そういえば、陛下から直々の任務でここにきているのだったな。俺には言えない何かをしでかしているのか?」
察するにラズは皇太子には極秘で任務に当たっているらしい。むしろ婚約者を他国から呼んでいることも知らないような口ぶりだった。
(なるほど……陛下が皇太子殿下に黙って動いている、そういうことね)
「ち、違います! ……こ、こちらはゴルパン国王のご息女、リヒカ様です」
ラズは気まずそうにそれだけを言う。しかし、ルードの無言の圧がこの先の説明を要求しているのは明白だった。
「その、へ、陛下より総長のご婚約者様候補をお連れしろとの任務を賜りました!」
半分涙目で叫ぶように言いきるラズ。
それを聞いたルードの視線は痛いくらいの鋭さとなってリヒカに降り注いだ。
「ゴードリス・ファン・リヒカと申します。この度、陛下よりご招待を受けて参りました。殿下の婚約者として選ばれるよう研鑽させていただきますわ(もちろん嘘だけども。だから、その殺気をびんびんに当てるのやめてくれないかしら。ちょっと、イライラするわ)」
気持ちとは裏腹ににっこりと笑顔で自己紹介をし、再びお辞儀をするように頭を下げる。
「……俺に、ガキを娶る趣味はない」
その瞬間、プチっ! と、リヒカの中の堪忍袋の緒が切れるた。なんとも堪え性のない堪忍袋だが、リヒカの性格上仕方がない。
「……失礼ですが、たしか殿下は20歳だとお聞きしておりますが」
「それがどうした」
「でしたら、殿下の方が余程クソガキかと。私、26歳ですので」
両者の間に流れる沈黙。ルードの眉がわずかに上ずった。
リヒカは怖いくらいのにっこり笑顔のまま、それではと挨拶をしてその場を後にする。後ろでラズらしき声がなにかを話しているが構わず歩き続ける。ちゃっかりそのまま外への脱出を成功させ、瞬歩を使って町中へと向かっていった。