告白
リヒカは事の経緯を全て話した。恐らくそうだと思う自分の推察も含めて。
「えっ……いや、こ、婚約っ? 明後日にはこの国を出てエベレンヌ国に行くんですか?」
いつも飄々としているデリックがここまで取り乱すのは珍しかった。ってか誰と? いつそんな話しに? なんて、ぶつぶつと独り言をいっては百面相になっている。
「そういう訳だから、この後、帰ったら隊長業務引き継ぐから。……それにっ! ドレスは全部売って、もっと動きやすい服も買わなきゃね。えーっとあとは――」
「いやいや、隊長っ! なに楽しそうにしてるんっすか! 知らない相手と結婚するかもしれないんですよっ?」
「……ふふっ、ふふふふふ! やっとこの国から出られるのよ! これを喜ばずにはいられないわ! そ、れ、に! ……デリック、私と一生を添い遂げたいって思う?」
突然の質問に思わず息を飲んだデリック。もごもごと言い澱んでは、目線が四方八方へと泳いでいた。
あー、なんだか悪い質問したかなって思うほどの挙動不審。ちょっと聞いてみただけでその反応は、慣れ親しんだ部下であっても少しばかりショックを受ける。
「ご、ごめんごめんっ! 思うわけがないよねっ! 冗談だし、そんな私が婚約者に選ばれるわけないから安心してって意味だったの。……さ、さぁーてとっ! 準備もあるし、私先に帰るから! また後でね」
二人でいることの気まずさに耐えられない。ギプターの回収はデリックと他の隊員達に任せることにした。
リヒカは、ポケットから慌てて紙を一枚取り出した。紙には模様が描かれており、それを地面へと適当に置くとその上に足を下ろす。そして……
「展開」
その一言を合図に、足元から緑色の光が溢れだした。
やがてリヒカの全身を包み込み、光が消えるのと同時にリヒカの姿も跡形もなくその場から消え去っていた。
*****
城へと帰ってからは引き継ぎに荷物整理にと、慌ただしく時間が過ぎていった。
気づけばエベレンヌ国へと向かう当日の朝を迎え、デリック、それにメルセが見送りだと言って、リヒカの荷物を外まで運んでくれていた。
「隊長、何かあれば魔道具ですぐ連絡してください。……それと」
「うん! わかってる、……よっ?」
デリックはリヒカへと近づき、不意にその体をギュッと抱き締める。
思わず近くで見ていたメルセがひぃっと小さく悲鳴を上げたが、デリックが力を緩めることはなかった。変わりに、リヒカの耳元で小さく呟いた。
「俺、隊長のこと好きすぎるんで。すぐに追いかけると思います」
手を離しニパッと向けてくる笑顔は、いつもの飄々さからは想像できない、反則級の代物だった。
(好き……? 私を? ――うん、そりゃ私も好きだ。なんて言っても可愛い弟みたいなもんだかね!)
言い逃げのように走って去っていくデリックの背中に、大きく手を振るリヒカ。追いかけるという言葉に疑問を感じつつも次はメルセに挨拶だと、メルセの方へと視線を向ける。
「メルセ……どうかしたの?」
きょとん顔のメルセに思わず覗き込む。何かブツブツと言っているようだったが小声過ぎて聞き取れなかった。
「いえいえ。……お嬢様、陛下はあのように言ってましたが、いつでも、帰ってきてくださいね」
そう言って笑顔で送り出してくれた。
帰らないけどね、と心でメルセに謝りつつも新しい環境への期待に胸を膨らませ、リヒカは城を後にした。