偉大な力
暫く並走していたが、突然馬を止めるリヒカ。つられるようにデリックも馬を止め、リヒカへと視線を送る。
「おいデリック、ここから先は気配を最低限に隠して行け。ギプターは特に敏感だ。それと馬も置いていく。来るなら瞬歩でついてこい」
「わかってますよ。でなきゃ、魔道具を使って一瞬で目的の場所まで行ってましたからね」
リヒカの命令口調に慣れた感じで返答するデリック。
リヒカ達はそっと馬をおり、足音も立てず無音で移動を開始した。
次の一歩を踏み出した途端、まるで瞬間移動したかのように数十メートル先に姿を現す。高速移動の暗殺技法、それが瞬歩だ。
瞬歩を何度も繰り返し、瞬く間に森中を駆け抜ける。
もちろんデリックも遅れることなく追従していた。流石は副隊長、リヒカの考えもお見通し、おまけにそれについていけるだけの技術もある。
(これなら、私がここを抜けても何の問題もないな)
そんなことを考えつつも、太い木の側を通りすぎたとき、視界のはしに銀色の毛並みが動くのを見逃さなかった。
すぐさま身を翻し、瞬歩で早くなった移動速度を更に早め目の前の銀色へと突き進む。
腰に差してあった短刀に手をかけ、地面を力強く踏みこんで一歩。相手が瞬きするか刹那のタイミングで背後へ回ったかと思うと、銀色の体は静かにその場に倒れた。
近くに身を潜めていた他の銀色の個体も次々に倒れていく。
あと一体、そう思ってリヒカが目線を向けた先にはデリックが笑顔を向けて立っていた。
「隊長っ! 俺まで切らないでくださいね。この一体で最後だと思います」
それと同時にデリックの背後で倒れるギプター。その声を聞いてふっと息を吐くリヒカ。この高速移動を行うとついつい呼吸を忘れてしまうのが欠点だ。
立って辺りを見渡せば8体ほどの銀色の獣、ギプターが横たわっていた。
「まったく……隊長の手にかかるとこの数のギプターですら瞬殺になるなんて」
デリックがなにか話しているようだったが、リヒカには聞こえていなかった。
ギプターを倒し終わったにも関わらず、心臓の鼓動が耳を支配し感覚が研ぎ澄まされていく。
ギプターを切った感触に血の匂い。短刀を持つ手は血で滑り、それら全てが神経を逆撫でしていた。嫌でも命のやり取りの重さを思い知らされる。
リヒカの能面の顔がわずかに歪んだ。
「……隊長、座りましょう」
デリックは優しく肩を抱き、木のそばへとリヒカをつれていくと無理にでも腰を下ろさせる。
湯気の出るカップを目の前に差し出しニコッと笑って見せるデリック。相変わらずのヘラヘラとした顔を浮かべているが、その声色はさっきとは比べられない程に力がこもっていた。
リヒカは無言のままにカップを受け取る。
そのまま一つ息を吸い込めば、カップに注がれた暖かいスープの香りが鼻をくすぐり、スープの彩りが目に光を灯した。
そっとスープを流し込むと、温かさが全身を駆け巡り自然と吐息が漏れ出す。
頬に赤みが戻り、剥がれ落ちていた表情が原型を取り戻す。と同時に脳内でカチッと音が響いた。
「あぁ、美味しいスープね」
心底ホッとする味だった。自分は生きていると、独りではないのだと教えてくれる。暖かい料理が人に与える影響は、腹を満たすだけではない、偉大な力を持っているのだ。
思わず笑顔でデリックを見つめる。
なに事もなかったかのように、デリックも笑顔のまま一緒にスープを飲んでいた。
「いつも、ありがとうデリック。……でもそれも今日で終わりだから」
「……んっ? 終わりって……、どーいうことですか隊長っ?」