英雄の代償
ゴルパンという国には他国にはない変わった習慣がある。
それは生まれた時から始まる暗殺訓練だった。暗殺技術も多岐に渡り、足音の消し方や視線の動かし方、コミュニケーション技術。そして『気』のコントロールがある。それをこの国では気術と呼び、敵の索敵や自身の身体強化、他にも様々な応用技があった。
もちろん王族も貴族も例外はなく、リヒカも例に漏れることなくこれらの訓練を受けた。その甲斐あってか、リヒカはゴルパンで精鋭部隊とまで言われる対魔物部隊、隊長にまで上り詰めた。
来る日も来る日も魔物を討伐し、国では英雄と称賛されるようになっていった。
――しかし、その代償は大きかった。
魔物は人間と比べて五感が鋭く、任務では常に命のやり取りが付きまとった。たくさんの仲間を失い、それでも魔物を討伐し、そしてリヒカは感情を失った。
正確には、感情を捨てたといった方が正しいだろう。脳内でスイッチが入ると、感情を捨て冷静沈着に任務を遂行する。それが例え自分の命を危険にさらしたとしても、だ。
父であり国王であるゼラーリは、リヒカの異常に気付きすぐにでも任務から外そうとした。
だが、ここでリヒカのある特殊能力がそれを阻んだ。それはリヒカの石を作り出す能力だった。
石と言ってもただの石ではない。力が宿った輝石と呼ばれるものだった。輝石を作り出すには魔物を討伐した際に吸収できる魔力が必要となる。輝石は魔道具の核としても使われ、ゴルパン国内でも貴重品として扱われていた。
リヒカを魔物討伐任務から外すことは、イコールその輝石を新手に入手出来なくなるということ。それを国の重鎮達が許すはずもなかった。
リヒカが幾度となく家を、国を出ようと思ってもそれが叶うことはなかった所へ、今回の婚約話が来たとなればリヒカに拒否する理由はない。
ゼラーリもそれを承知の上だった。他国の、しかも大国エベレンヌからの縁談となれば誰も口出しすることは出来ない。
唯一の懸念、それは輝石が他国では宝石と呼ばれていることだ。この国の別名は『神の眠る黄金郷』、その国の王族の娘が他国へ出るということは過去今までにないことだった。
*****
リヒカ達は城を飛び出し、馬へと飛び乗った。馬へ股がるのに邪魔なドレスは躊躇なく切り裂いた。結い上げていた漆黒の黒髪も無造作にほどき、切れたドレスから足を露にしても恥ずかしげもなく馬を走らせる。
魔道具を使えば、転移ですぐにでも町の外へと行けるが魔物の類いは魔道具の発する力に妙に鋭い。
更にスピードを上げるよう、馬を挟む両足に力をこめる。ヒヒンという鳴き声と共に馬のスピードが上がると同時に、後方から別の馬の蹄の音が耳を掠めた。
「……デリック、私に合流したのか」
「ははっ、隊長この距離で気づくとか化け物ですね。俺は副隊長ですから、リヒカ隊長にどこへでもついていきますよ」
ヘラヘラと笑顔を浮かべながらリヒカに並走したのは、指輪の魔道具で話していたデリックと呼ばれる男だった。
金色短髪、片方の瞳だけが燃えるような赤色をしており無表情のリヒカと並ぶとその笑顔がやたらと目だった。
リヒカはチラリと目線だけを横に向ける。
「邪魔はしませんので。……それに隊長のアレも持ってきましたから」
そう言うことなら、と前を向いて走り続けるリヒカ。馬はどんどんスピードをあげ森のなかを駆け抜けていった。
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