縁談話の真意
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「お前にはエベレンヌ国の皇太子と婚約してもらう」
「……ふ、ふぇ?」
目の前の椅子に深々と座るこの国の王であり、父であるゼラーリにリヒカはそう告げられた。
今日は朝から侍女に身だしなみを整えられ、慣れないドレスを着させられ、いつもは別々にとる朝食を何故か父ゼラーリと一緒に、と父の私室へ連れてこられたばかりだった。
部屋へ入るなり朝の挨拶をする間もなく、開口一番にそんな話を切り出されたとあっては、リヒカとしても頭の整理が追い付かない。
目の前にある椅子を指差され、訳もわからないままに座った。
その様子を見かねてか、ゼラーリの横に立っていたオールバックの白髪男性がリヒカへと笑顔を向けた。
「リヒカお嬢様、おはようございます。間もなく朝食が運ばれて参ります。それまでの間、よろしければこちらをご覧いただいてもよろしいですかな?」
彼は執事長であるメルセだ。敏腕執事として長くこの国に仕え、ゼラーリの右腕とまで言われているが、リヒカにはいつも優しく物腰の柔らかいおじいちゃん的な存在だった。
メルセは数枚の紙と写真らしきものをテーブルの上に置いた。
リヒカは写真には目もくれず、紙を鷲掴みにし食い入るように読み始める。
「こちらは大国エベレンヌ国の第一皇太子であるルード殿下です。この度、相手国からの希望がありリヒカお嬢様を婚約者、……として自国へ招きたいとお申し込みがありました。ルード殿下は、それは素敵なお姿で。剣の腕も優秀、そのため騎士団の総長をされているそうです。他にも、いつも花の良い香りがするとか、紅茶が好きとか色々と――」
メルセの声を右から左へと聞き流しつつ書類を一通り読み終えたリヒカはふっと一つ息を吐き、そして目の前の父へと視線を向けた。
「一つ、気になることがあるのですが。よろしいでしょうかお父様」
「……なんだ?」
「この書類を要約するに、いつまでも婚約者を作らない皇太子にしびれを切らしたエベレンヌ国王陛下が、夜会やパーティーで気になった令嬢達へと手紙を送り婚約者として自国へ招く、ということですが。これ、手紙を送られてるのは私だけではないですよね?」
「あ、あぁ。……そうだな」
どこか歯切れの悪いその返事は、もはやリヒカが欲しかった答えを如実に現していた。
「と、いうことは、私は婚約者という立場ではなく……婚約者候補としてエベレンヌへ行くということですよね……? それに、婚約者に選ばれなかった時、私は――」
コンコンッ。
なんとも絶妙なタイミングでドアをノックする音が響いた。
メルセによってドアが開けられ、芳しい香りが部屋を包むと同時に、次々に食事がセッティングされていく。
「さぁ、食事としよう。リヒカ、お前も食べなさい。あぁ、メルセ! ワインも頼むぞ」
会話が途切れたのを幸いに、リヒカと目線を会わせないようにするゼラーリ。その代わりに、申し訳なさそうに眉根を下げながらアイコンタクトを送るメルセ。
つまりはそう言うことなのだ。
エベレンヌ国王からの変な手紙をこうもあっさり了承したのは、エベレンヌが大国でそれなりの事情があると考慮したとしても、一番の理由は両国の利益が合致したからに他ならない。
エベレンヌ国は他国の貴族やら王族やらを次期妃として迎え入れ、その出身国と有益な関係を結べる。はたまた、その婚約者候補を排出した国も婚約者に選ばれれば良し。選ばれなくても、側妃なりにして大国に滞在させておけば盾として使えるのである。
リヒカ達の国であるゴルパンは、国々のなかでも一番の極小国だった。それでも今まで侵略をはねのけ、国として存続できたのにはゴルパンならではの習慣があり、リヒカ達の功績が大きい。
しかし、そんなリヒカを失ってでも、大国との繋がりが持てるということは国にとって重要なことなのだろう。リヒカはそう理解していた。
リヒカのフォークを持つ手がカタカタと震える。もう片方の手はテーブルの下に隠し、ドレスをぎゅっと握りこんでいた。
(もう、この家に帰ってこないのね。……ダメ、今はまだダメなの。お父様達の前で)
一心不乱に料理を口へと詰め込むリヒカ。
目の前に並ぶ毒味が済まされ冷めきった料理。運ぶまでに室温で暖まった温めのワイン。どれも最悪で、普段のリヒカなら食べずにいただろう。
それでも、今日は食べるしかなかった。
(堪えなきゃ……。ダメ、口に何か入れてないと……。だって、だって――)
「ふっ、ふうっ」
小刻みにリヒカの肩が揺れる。
「お、お嬢様……」
メルセの声にならない声が口から溢れだす。ゼラーリはなにも気づかぬ様子でワインを流し込み、肉にかぶりついていた。
(メルセ、ごめんなさい。でも、……ふふふふふふふふっ! 笑いを堪えるのって難しっふふっ! やっと、やっとこの家から出られる! 婚約? そんなの何の苦でもないわ! でも喜んでるのがバレたら、あの親父は婚約解消とか言うかもしれないし。メルセ、今は教えられないの! ……ふふふふっ)
顔をうつ向けつつ、にやつく口元を隠そうとナプキンを当てる。その指にはめられた赤いルビーの指輪が眩しく輝いていた。
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