看守
聖女様は道を間違えまくっている。
このぶんだと一生聖地になどつくはずがない。
まあそれで、いいんだけどねぇ。
幽閉されていた聖女様を連れ塔を出てから毎日楽しくって堪らない。
生きてて良かった、生まれてきて良かった。
圧倒的多幸感、今これ。
小っちゃい頃からやたらデカくって、九つになる頃にはもう村中の大人たちよりずっとでっかくって、父さんもジイちゃんもちっさい人で母さんもバアちゃんもちっさかったから、いつも俺が通るたび皆ひそひそ囁き合った。
酷い連中は母さんが旅人もしくは悪魔と間違いを犯したんだと言った。
俺も今大きくなったので悪魔はないだろうけど旅人はまあそうだろうと思う。
だって俺父さんに全然似てない。
まあ、ぱっとしない俺の半生はどうでもいい。
口減らしのために売られて、色々あって罪人の見張りの仕事に就いた。
お腹一杯食べられるので単純に嬉しかった。
同僚はヒョロガリモヤシだらけで故郷にいた時のように石を投げられたりはしなかった。
ある日美しい魔女が入って来た。
彼女は林檎のような赤い髪に空みたいな瞳の色、肌が雲みたいに白く輝いていた。
あんなにすべての色がはっきりと発色していると認識できたのは生まれて初めてだった。
俺は毎日仕事が楽しくなった。
あの美しい顔を見ているとつい頬が緩むのが自分でもわかったから頑張って顔をぎゅっと固めるようにした。
聖女様はそれに気づいたのかある日そんな俺に笑いかけてくれた。
俺はあれよりいいものをこの世でまだ一度も見たことがない。
この世のどこかにあるどんな絶景だってあれに敵うものか。
都でどんないい音楽を芝居を絵画を見たとしても絶対にそうだね。
それは神様よりいいものだよ。
俺は神様より聖女様を信じているよ。
自分よりずっと信じてる。
聖女様は毎日俺に笑いかけてくれるようになった。
俺は毎日天に昇った。
毎日人生最高を更新した。
何か聖女様を喜ばせることはできないかなと頭を振り絞る様に考えて名前は知らないけど綺麗な花を摘んで持っていくと、このことがばれたら貴方が罰せられるかもしれないから頂けないと言われた。
俺のことを心配してくれたお優しい気持ちに涙が出た。
消えるものならいいと思いそれからは毎日クッキーやチョコレートをこっそりポケットに忍ばせた。
とても喜んでくれて「看守殿はお優しいですね」と耳元で囁かれた。
そのうち聖女様は自分は魔女ではなく聖女なのだと俺に打ち明けられた。
俺は驚いたりしなかった。
こんなに美しく無垢で可憐な生き物が聖女でなかったらこの世にいるすべての人類が人型の何かでしかないと俺は思う。
聖女様は自分をここから連れ出し、聖地まで送り届けて下されば、聖女としての力が戻る、その暁には俺の望みを何でも叶えると言い出した。
俺は一瞬の躊躇いもなく「妻になってください」と言った。
今思えば図々しいしどう考えても失言だった。
プロポーズの言葉としてはロマンチックさに欠けていた。
数年後子供に聞かれたときにはもう少し脚色しようと思う。
俺は次の日の朝いつもより早起きして塔を破壊した。
自分にこんな力があったとは。
愛の力とは恐ろしい。
中々聖地には着かない。
聖女様は方向音痴。
でも俺は言わない。
一生こうして二人で旅をするのもいいかもって思ってる。
毎日大好きな女の子と一緒にいて、今までで一番幸せだし、聖女様も多分俺のこと大好きだしねぇ。