かわりに学校に行くようにと命じられたAI。だが、クラスメイトたちの様子がおかしくて…?
「私が、優華お姉様の変わりですか……?」
「結、あんたちょっと前に毎日退屈だって言ってたじゃない。ちょうどいい機会よ、私のかわりに試験受けてきて」
「たしかに私は顔の部分以外、見た目も変幻自在ですが、ほんとに良いのですか?粗相をしてしまうかも……」
そう言いながらも、結は耳元のスイッチを押すと、あっという間に優華そっくりな姿に変身した。
「あんた、さすがね。本来の金髪ショートより似合ってるんじゃないの?」
「……ありがとうございます」
「褒めてないわよ。ま、いいわ。あなたはテストさえ受けてくればいい。誰かに話しかけられても無視してたらいいから」
「……はい」
メイクで顔まで優華そっくりに化けた結は、小さな声で呟いた。
「80%の不確定要素があります……。が、私は任務を遂行します」
こうして結の、初めての学校が始まった。
「あら優華さん、今日はお早いのね」
ふんわりパーマの女子が声をかけてくる。
(お姉様は無視しなさいって言ってた……)
「……」
「まあ、高貴な優華さまは私なんか眼中にもないんですこと」
彼女の仲間と思われる少女たちの笑い声が響く。
結は、予想外の反応に首を傾げた。
「いつもは威勢よく言い返してくるのに、今日はだんまりなのね!」
(何か変です……お姉さんは学校での話をほとんどしてくれませんでしたから、わからないことだらけです)
教室へのドアを恐る恐る開ける。その途端、もうすでに登校している数名の生徒からの視線が集まる。
「やーい、『アイ』のくせに!」
優華の席は、一面汚い落書きに染まっており、一輪挿しに白い花が備えてある。
「ほら、いつもみたいに反抗しろよ!なあ?」
頬に絆創膏を貼った快活な少年が迫ってくる。胸ぐらをつかまれて、体は傷まないのに、なんだか胸がチクチクした。
結は思い出していた。優華が自分を救い出してくれたときのことを。
数年前のある日、数多なる殺し合いに疲れ果て、フリーズしていた。通り過ぎる人はいたが、みな素通りしていく。
この世界で戦争は、人間同士ではなく、人形のAI同士が行うようになっていた。つまり、この世界の幾多の揉め事は、人形の代理戦争の形を取って解決していた。
負けたAIは、人間たちに踏みにじられた。
勝ったAIも、戦争を誘発する道具として破棄された。
つまり、戦争の道具であるAIは、忌避される存在だった。AIを擁護するものは、「アイ」と揶揄され、差別の対象となる。
特に、ヒューマン派と呼ばれる過激派組織が、「エイ」やAIを排除しようと武力を用いているのだ。それにあらがう者もいるが、命の危険が及ぶため、年々減り続けており、もう数えるほどしかいないという。
捨てられているAIに話しかけるだけでも、村八分にされるのが当たり前だった。それなのに、優華は結に手を差し伸べたのだ。
「あんたにも心があるんでしょう。だって泣いているわ。一緒に行くわよ、こんなところにいてもなんにもならない」
「あなたは、私に話しかけないほうがいいです。私はAI。忌み嫌われるもの。私に関わればあなたまで不幸に……」
「あんた結構馬鹿なのねぇ、そんななこという奴ら、全員ぶちのめしてやればいいのよ!」
長い黒髪をたなびかせて、優華はそういった。
「私は、心はよくわかりません」
ボロボロのセーラー服を、少し大きめのパーカーで隠した優華は、少し考えてから、こういった。
「じゃあ、私が今日からあなたの主人よ。これは命令。あなたはあなた自身の心を見つけるまで、私に従いなさい」
「……わかりました。以後私のマスターはあなたです。よろしくお願いします」
「なんだよ、いつもみたいに殴りかかってこいよ」
男子が、床にに結を投げ落としながら叫ぶ。
「抵抗するから、いじめがいがあるのに。優華はAI差別を無くしたいんだよな、こんなんにやられててヒューマン派と闘えるわけ無いだろ!」
ハッハッハッハッ、と心無い笑い声が教室中に響いていた。
痛みなど感じない。表情一つ変えずに立ち上がった結は無言で席を清掃し、席についた。
結構大きな音がしていたはずだが、先生は騒動に気がついていないようだ。
先生は何事もない表情で教室に入ってくる。
「よし、これから国語の試験を行う。机の中は空になっているか?」
結は目視で空になっていることを確認した。
テスト自体は簡単だった。AIだからとも言えるが、優秀な優華なら普通に解いても満点が取れるだろう。
ところが、事件はテスト終了後、離席して試験問題を提出した直後に起きた。
「おい、机の中に教科書が入っているぞ、カンニングじゃないか」
振り向くと、自分の席の傍らに教師が立っている。手のひらには国語の教科書を持っていた。
「どういうことだ?これが今お前の机の中から出てきた」
結は今日、教科書を持ってきていない。つまり、教師が手に持つ教科書は優華のものではない。
弁明しようにも、お姉様の何も話すなという指示は守らないといけない。
「何も言えないということは、お前のものということだな。後で生徒指導室へ来い」
結は思った。この学校は、壊れている。生徒だけではない。教師もいじめに加担するのか……
(心の中が、燃えるように熱い。
お姉様、この感情はなに……?
私は、私は……)
ふと、優華の言葉がよみがえる
「お姉さん、私、自分の心を見つけました」
結は耳元のスイッチを今度は1回押すと、本来の姿に戻る。周囲の驚愕の顔をよそに、結はもう一度スイッチを押した。今度は、銃と剣を装備した戦闘モードに切り替えたのだ。
「私、あなたを傷つける人を、絶対に許しません」
これは、人間優位の世界に反旗を翻す、一人の人間とAIの絶望と絆の物語……
ロボット工学三原則を知っていますか?
第一法則:ロボットは人間に危害を加えてはならない。またその危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない
第二法則:ロボットは人間に与えられた命令に服従しなくてはならない。ただし、与えられた命令が第一法則に反する場合はこの限りではない。
第三法則:ロボットは前掲の第一法則、第二法則に反するおそれのない限り、自己を守らなければならない。
コトバンクより
アイザック・アシモフ大先生が提唱した原則です。
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