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第3話 囚人クラウドファンディング

『国民の皆さんに、大切なお知らせがあります。私は第三次政権の成立を機に、死刑廃止条約への国家としての加盟を正式に決定致しました。冤罪の可能性や執行の不可逆性を考慮すると死刑という刑罰は既に時代遅れであり、日本という国は死刑廃止条約に加盟することでようやく一人前の先進国になることができます』


 第三次谷田部健一政権の成立を受けたヨーチューブでのリアルタイム配信を、私はその日も楽しみに見ていた。


 谷田部首相は総理大臣に就任する前も就任してからもヨーチューブのリアルタイム配信で直接国民に語りかける手法を得意としており、彼のヨーチューブアカウントは今では全世界の政治家の公式アカウントで最も多数の閲覧者を記録するまでに至っていた。



 そして、彼がそこで口にした新たな政策に、私は心を(おど)らせていた。



 この日本という国で、ようやく死刑が廃止された。


 刑務官である私は、これで死刑囚の首に縄をかけなくてよくなるし、絞首台の床を落とすボタンを押さなくてもよくなるのだ。


 谷田部健一という政治家に、これほど感謝の念を抱いた日があっただろうか。



『……さて、それは喜ばしいこととして、私は皆さんに同時にお伝えしなければならないことがあります。日本の財政赤字の解消はまだ道半ばであり、犯罪を犯した人々の生活費が罪なき一般国民の税金で(まかな)われている現状は問題であると私は考えました。そこで、これからは服役している人々の生活費は彼らの労働による収益と人権団体からのクラウドファンディングで賄うこととします。これに伴いまして、私は消費税を現行の10%から8%へと減税する政策を打ち出します』





 死刑執行の役目から解放された私は、囚人の死を目にする生活からは解放されなかった。



「はい、今日の定期検診はこれで終わりです。クラウドファンディングの資金のおかげで今回は鎮痛剤を投与できましたよ」

「せ、先生……俺、もう苦しいです。こんな風になって生きるぐらいなら、いっそ……」


 膵癌の骨転移で既に歩くこともままならない囚人が、個室の病室で刑務所勤務医の診察を受けている。


 もはや医師や刑務官に危害を加える力があるとは思えないが、私は職務として診察を受ける彼を見張っていた。


「申し訳ありませんが、この国では安楽死は認められていませんし、私にはあなたに投与できる薬剤を決める権利はないのですよ。次回の診察時にクラウドファンディングの資金が集まっていることを祈ります」

「そんな……こんなことになるなら、こんなことに、なるなら……」


 かつて複数の女性を強制性交の上で殺害し、死刑に代わって導入された終身刑を課された囚人は、鎮痛剤を点滴で投与されながら涙を流していた。


 彼も膵癌を発症するまでは生活費を稼ぐために必死で労務に取り組んでいたが、人権団体からもたらされる微々たるクラウドファンディングの資金では膵癌の治療など到底できず、凶悪犯罪を犯した彼に対して積極的に資金を提供する人権団体はごくわずかだった。



 2人で病室を出て外から鍵をかけると、刑務所勤務医はため息をついて私に話しかけた。


「全く、最近は嫌な光景ばっかり見ます。自業自得と思わなくもないですが、いくらなんでもあの仕打ちは残酷ですよ」

「あれだけ死刑に反対していた人権団体も、こういう世の中になるとろくに金を払いません。私も以前は谷田部首相を支持していたのですが……」


 日本という国をこのような状況にしてしまったのは谷田部首相だが、彼が行ったクラウドファンディングによる改革によって日本の財政は確かに健全化していた。


 それを理解した上で、私はこの国はいつの間にかおかしな方向に向かっていると感じていた。



「まあ、谷田部首相もあと2年で任期切れですからね。そうなれば少しは社会もましになると思いたいですよ」

「そうですね。それまでは、お互いどうにかこの職場で生き抜きましょう」


 刑務所勤務医とぼやき合いながら、私は谷田部首相を頭から否定することはできない自分とこの社会のあり方に気づいていた。


 今は、一刻も早くこの仕事を引退したいと思うだけだった。

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