第六話:パーティー
それから数十分後、イオは苦労して問題を解き終えた。
「こんなもんだなぁ。自分でいうのもあれだけど、結構頑張った」
しばらく隣でイオが問題を解く様子を眺めていたナユタは、解き終えた彼の解答用紙を手に取ると、それを眺めて意外そうな表情を浮かべた。
「結構ちゃんと解けてますね。というか、応用問題までよく解けてます。正直意外ですけど。でも、これはなんですか?」
「ん?」
ナユタが指さした問題の一角を覗き込んで、イオは首を傾げた。
「何って、王国の歴史に関する問題だろ?」
「はい。その通りですけど、殆ど全滅ですよ。明らかな弱点です。もしかしてイオくんって歴史に興味ないんですか?」
彼女が指摘する通り、イオ本人も自覚している彼自身の弱点はこの国の歴史についてだ。しかし、何も興味がないわけではない。一般的な受験生が数年も前から準備を始めるのに対して、彼が学習を始めたのはつい数日前からであるために、他に比べて得点が低いものとなってしまっているだけである。確かに対策を極めたナユタからすれば、興味ないんだなと思われても仕方ない解答になってしまっているとは言え、あまりに直球な言葉にイオは苦笑する。
「別に興味がないわけじゃないんだけどな。単純に分かんなかったんだよ」
歴史の問題については、回答を丸暗記したところで、毎回違う問題が出てくるので大方の概要を理解していないと答えられない問題が多いのだ。イオはこの国の歴史には詳しくない上に、多くの受験生は幼少期から勉学に励むと聞いている。そんな彼らに向けた歴史の問題など、イオからしてみれば解ける道理がなかった。
「え? そうだったんですか? それは、その、ごめんなさい」
興味がない訳では無く、単純に答えが分からなかったと語るイオに、ナユタは謝罪の為にぺこりと頭を下げる。
「別にいいよ。そう思われても仕方ない内容だし。まぁ、分かっちゃいたけどこのままじゃ特待生なんて夢のまた夢だな」
ナユタの謝罪を軽く受け入れて、イオは現状を憂う。その様子を隣で眺めていたナユタは、彼の答案用紙を眺めてから静かに笑った。
「そんなことは無いと思いますよ。歴史が壊滅的なだけで、その他の科目については高い得点ですから。特にほら、この魔術概論なんて満点に近いですよ。全然望みはあります」
「まぁ魔術は得意だしな。でも問題の歴史が壊滅的過ぎて、話にならないのは同じだろ?」
その通りだが、ナユタは静かに首を横に振った。
「いいえ。分からないことは、分かるようになればいいだけです。私自身の勉強にもなりますから、歴史は教えてあげられますよ。一緒に頑張りましょう!……ってイオくん? どうしました?」
その言葉に固まったままのイオの目の前で手を左右に振って、ナユタは不思議そうな表情を浮かべる。遅れてそれに気が付いたイオは、少しだけ疑問に感じたことを、浮かび上がってきた素直な言葉で問うた。
「なぁナユタ。一つだけ聞いても良いか?」
「はい。なんでしょう」
「何が目的だ?」
「…え?」
「学院の入学試験を受けるんだから、一応俺とナユタはライバルな訳だろ? 俺なんか放っておけば、単純に特待生に選ばれる可能性は高くなるわけだし」
単純で合理的な話だ。彼女にはイオを助けるメリットがない。
しかし、イオの言葉を聞いたナユタは、プクッと頬を膨らませる。そして握り拳を作って、彼の頭をコツンと叩いた。
「いてっ。なんだよ?」
軽く頭を抑えながら首を傾げるイオに、ナユタは真剣そうな顔で眉間に皺を寄せて答える。
「イオくんには、私がそんなに意地汚い女の子に見えるんですか?」
「意地汚い?」
「はい。目の前で誰かが困っていたら、助けるのは当たり前です。それに、私を助けてくれたイオくんが落ちたら嫌じゃないですか。大金を借りてるという点を考慮しなくても、十分すぎる理由だと思いますよ」
ふぅ、と呆れ気味に首を横に振ったナユタに、イオは思わず呟く。
「…なんつーお人好しだよ」
イオの苦笑に、ナユタはふんすと答えた。
「イオくんに言われたくありません」
「まぁそれはそうかもな」
確かにそうだ。見ず知らずの少女を助けるために、六百万リアをぽんと出したイオが言える台詞では無い。
しかしイオには、一つだけ聞いておかなければならないことがあった。
「で? 本当の所は何が狙いなんだよ」
「え?」
素っ頓狂な顔を顔で首を傾げたナユタに、イオは人差し指をびしっと向けて言い切る。
「おまえさ、なんか俺に隠してるだろ。この話を持ち掛けるずっと前から」
正確に言えば、出会ったあの日から彼女は何かをイオに隠してる。
イオの指摘にナユタはぐっと喉を鳴らす。しかし、すぐに作り笑いを浮かべて、首を横に振った。
「な、なんのことだか、さっぱり分かりませんね……」
「へぇ。そうかそうか」
冷や汗を流すナユタに、イオは目を閉じ、腕組をして頷いた。
しかし、すぐに目を見開いて怒鳴る。
「ってなるか! ナユタおまえ、嘘下手すぎるんだよっ。俺を騙したいならもうちょい練習しろ」
「い、いたたたたた! ちょっと、や、やめてください!!」
こめかみをグリグリと攻撃してきたイオに、ナユタは彼の腕を叩きながら暴れる。
「言え、言うんだ」
「わ、わかりましたって! 言います! 言いますから!」
そんな彼女を数秒間、しげしげと見据えたイオは、拘束をといて再び腕を組んで口を開いた。
「それじゃ、話してもらおうか。俺に何を隠して、勉強を教えようとしてたのか」
「……な、なんか私、悪人みたいな扱い受けてませんか? いたたた」
「本当に言いたくない事なら、別に聞いたりしねえよ。でもおまえ、言わなきゃいけない事隠してただろ? それはダメだ」
「…そ、そうですけど、やっぱり勇気が…」
こめかみを抑えながら、ふらふらと上体を起こしたナユタは、少しだけ迷う様な素振りを見せる。
そこに間髪入れずに、イオの追及が飛んできた。
「なんだ。まさか、俺には教えられないなんて言うんじゃないよな。嘘をついていた事を帳消しにしてやろうとしている、この俺に」
「た、態度大きいですね…」
「つか何? 六百万も借りてる相手に話せないって、どんな話だよ」
「その上恩着せがましい!?」
「…なんか言ったか? 次おまえの口から出てくる言葉が、説明じゃなかったら、もう一回あれやるからな」
「それは嫌です!」
再びじりじりと距離を詰め、こめかみを攻撃する仕草をしてきたイオに、ナユタは半ば反射的に首を横に振った。それから静かに息を吐いて、言葉を紡ぐ。
「分かりました。きちんとお話します」
「そうしてくれると、助かるな」
真っ直ぐ、真剣な目で見返したイオに、ナユタはどこか躊躇いがちに呟く。
「じ、実は、勉強を教える代わりにお願いしたい事がありまして…」
「へぇ。なんだよ?」
視線を逸らして、不安そうな表情をしているナユタ。
イオもそれに気が付いていない訳では無かったが、彼は説明書に最初から最後まで目を通すタイプだ。ナユタの説明を聞かないと納得できない為、その先を促すと、彼女は覚悟を決めた表情で頭を下げた。
「試験に合格して学院に入れた際には、わ、私と、パーティーを組んで欲しいんです!」
大変早口で語られた彼女の狙いに、イオは言わせておいて首を傾げる。
「へー。俺とパーティーを組みたいか。何でだ?」
「そ、それは…」
渋るナユタに、イオは再び拳を見せつけて目を光らせる。
もはや無言で首を横に振ったナユタは、絶望した表情で項垂れた。
「……学院では、生徒は”零層”に挑み、成果を出す必要があるんです。それが成績評価に繋がりますから。だから、基本的には学院生同士でパーティーを組んで零層に挑むんです」
「なるほどな」
ナユタの言葉を聞いたイオは、納得顔で頷いた。
それから、笑顔で問う。
「で? 何で俺なんだ?」
爽やかな笑みを浮かべたイオを恨めしそうに見上げてから、ナユタはガクッと肩を落とした。
「だ、だって。私、昔から自分が強くなることばっかり考えてましたし、学校では同級生とも極力関わる事を避けてきました。それに飛び級を繰り返していたので…」
「つまり?」
目の端に涙を浮かべたナユタは、どこか遠くを見る様な目で呟く。
「友達が、いないんです。信頼できる人なんて誰もいなくて…」
そのあまりに壮絶な表情に、これはやってしまったと思いつつも、イオは彼女の言葉が信じられずに思わず問い返した。
「それなら入学してからパーティー募集するなり、参加するなりすればいんじゃねえの?」
真っ当な正論を突き刺すイオに、ナユタは精神的ダメージを負いながらも、何とか言葉を返す。
「…だって、仲のいいグループに途中参加するのって、なんだか居心地悪いじゃないですか」
「そうなのか?」
イオの不思議そうな顔に、ナユタは深いため息を付きながら頷く。
「はい。すっごく肩身が狭いんですよ」
それからナユタは、何故か胸を張って笑みで答える。
「それに、正直言って私は強いです。零層都市ではそれなりに名が知れています。そんな私が大っぴらにパーティー募集したり、探してたりすると、絶対騒ぎになるんです。そんな面倒事に巻き込まれるのはごめんなんです」
「…自意識過剰じゃね?」
「いえいえ、事実ですから」
イオの言葉に、復活した様に笑みを浮かべたナユタは、えっへんと頷く。
彼女がそんな態度をしていると、カウンターの奥からユリナが現れる。
「お待たせー。オレンジジュース追加ね」
「ありがとうございます」
「こちらサービスのお水と、フライドポテトになりまーす」
どうやら去る直前に爆弾を投下した事は悪いと思っているらしく、ユリナはイオに水をサービスしてくれた。
「ではどうぞごゆっくりー」
彼女は注文された商品をそれぞれの前に置くと、何かしらの準備の為か、再び奥へと戻っていった。
その背中を見送ったイオは、自分の目の前に置かれたフライドポテトの乗った皿を、ナユタとの中間地点まで移動させる。そしてキラキラとした表情でそれを見るナユタに食べるよう促してから、頬杖をついた。
「んで、そういうトラブルを避けるためにも、俺と組んでおきたいってことか?」
「…はい。そういう訳でした」
もぐもぐとフライドポテトを口に放り込みながら頷くナユタ。
その瞳を見据えたイオは、ナユタがまだ何かを隠している事を直感的に理解していた。しかし、それは彼女が本当に言いたくない事なのだろうという事も分かったイオは、彼女から目を逸らして笑う。
「へぇ。ま、そう言う事にしとくよ」
「……やっぱり、嫌ですか?」
説明を終えたナユタは、少しだけ躊躇いがちに問う。
だがイオは彼女の提案に乗る姿勢を示した。
「いや、俺としても良い話だった。ぜひとも前向きに検討したい」
「な、なんですか。その政治家みたいな回答は」
「ってのは冗談で、ナユタと組むことに異論はない」
イオとしてもこの申し出はありがたいものだった。
学院である程度の成績を維持する為には零層へ挑むことが必須だ。それに加えて、彼はイラスの教え通り、訓練という意味でも零層へと挑み続けるつもりだった。そして効率よく零層を突破していく為には、やはり強力な仲間が必要となる。ナユタが実力者である事は、先ほど彼女が自分を掴んだ時の力強さと、淀み無く流れる魔力から理解できた。そんな彼女からのパーティー結成の打診だ。これを受けない手はない。
そして何より、優秀な成績を収めて特待生で入学しなければ、イオの財布がもたない可能性が高い。それに探索にかかる費用も心配だった。その問題が解決される可能性があるだけでも、彼女の話は実にありがたいものだった。
しかしイオは、少しだけ思案しながら続ける。
「けど、俺もここに知り合いはいないし、パーティーならもう少し人数が必要だろ? その辺に関してはどうしようかと思ってな」
イオの鋭い指摘。
しかし、ナユタは問題なさそうに笑みを浮かべた。
「それは後々考えましょうっ。とにかく今は、一人より、二人にメンバーが増えた事を喜びましょう」
本来であれば、あまりに問題だらけのパーティー結成。
しかしナユタの言葉は、そんな事を忘れさせてしまう程に心地よかった。
「そうだな」
イオは口の端を吊り上げながら、ポテトを一生懸命に頬張るナユタを見据えた。
「…まぁ、ナユタは人を巻き込んでく力が強いからな。メンバーもその内集まるだろ」
イオの唐突な言葉に、ナユタは目を丸くする。
「そ、そうでしょうか?」
不安そうなナユタに、イオはニヤリと笑みを浮かべた。
「ナユタはいつも通りにしてればそれでいい。巻き込まれた俺が保証する」
「な、なんか嫌な言い方!?」
打てば響くように言葉が返ってくる。
この親しみやすさも、彼女の影響力の強さの理由だろう。第一印象こそ最悪だったが、ナユタは既にイオの心の内に入ってきている。
イオは今度は爽やかな笑みを浮かべてジョッキを掲げる。ナユタもそれに気が付いたようで、オレンジジュースの入ったグラスを上品に掲げると、それをイオのジョッキへと当てた。
「それじゃあ、とにかくよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ。よろしく頼むよ」
グラス同士がぶつかる、甲高い音が鳴り響いた。




