第六十七話
イオは脳内に浮かび上がった、漠然とした思考を口にする。
「…不運……」
イオが強く感じていた違和感の正体。
それは常に自分達の予想が裏切られる不運の連続に対するものだったのだ。最初からこの戦いは、イオが辟易するほどに不運が積み重なっていた。
しかし、そこでイオは自らの脳が更に思考を加速させたのを感じる。
これまでの情報が次々と繋ぎ合わされ、ばらばらだった情報のパズルが解けていく。そしてイオの内に、人類にとって不運が重なり続けた、という事実に対する、ある一つの仮説が浮かび上がった。ここまでの異常事態の全容が見えた様な気がした。
イオは雷に打たれたような感覚に襲われ、ふらふらと近くにあった椅子に座り込んだ。嫌に湿った手を組んで、自分自身の仮説を確かめるように静かに独白する。
「……幻魔の進軍、不死鳥型の出現、そして解放者………まさか、全てが偶然じゃなかったってのか?」
呟きながら、イオの冴えた頭はこれまでの思考を百八十度回転させて、限りない真実に辿り着いた。
「…いや、逆なのか。その可能性こそが最も高い。全てが破壊ノ幻魔を復活させるため、その『鍵』であるナユタを攫うために仕組まれた戦略なら、これまでに起こった不運の全てに、説明がつく。……解放者がこの状況を望んで作り出したとしたら、既にナユタは………破壊ノ幻魔の核として取り込まれている可能性が高い。だとすれば助けに行った所で、もう遅い………そうか、それを分かっていたから。だから学院長は、さっきああ言ったのか」
脳裏にヴァイゼンが放った言葉が浮かび上がったイオ。事態の核心に迫ったイオの呟きに、テント内にざわめきが広がった。
その中でヴァイゼンは普段通りでいて、随分と真剣味を帯びた瞳で頷く。
「…イオ君も気がついたようだね。一体何が起きているのか」
そう呟いたヴァイゼンが静かに目を閉じると、辺りを静寂が支配する。今の話を聞いて、誰がすぐに言葉を発せられるだろう。
しかしその静寂はすぐに破られた。それを生み出した張本人であるヴァイゼン自身がそれを破った。
「まぁ何はともあれ、まず君に渡しておかなければならないものがある」
「…?」
首を傾げると、ヴァイゼンはポーチから取り出した小袋をイオへと手渡した。促されて中身を確認すると、そこにはイオが常日頃から咥えている棒付飴が大量に入っていた。
イオが驚きながらその中の一つを取り出すと、ヴァイゼンはにこやかに笑う。
「…それは君にとって必要不可欠なものだ。力に飲み込まれない為にね。……これまでの戦いで、とっくに在庫切れだったのだろう?」
笑みを深めるヴァイゼン。イオは彼がくれたそれを少しだけ眺めてから、包装をとって口に咥えた。突如、冷静さが戻ってくる。
イオはヴァイゼンを見上げると、小さく頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いいよ。君に暴れられては、もはや僕達にも手が付けられないからね」
そう苦笑するヴァイゼンに、イオも静かに笑った。
そうだ。ここでヴァイゼンに噛みついても仕方ない。今必要なのは的確な対処だ。
だが、イオがそう納得した瞬間、突如辺りを轟音と地響きが襲った。
立っていられない程の大地の咆哮が、イオ達の体を貫いた。
ガタガタと辺りを揺らす嫌な地響きに耐えること数秒。ようやく揺れが収まって、兵士達が声を上げる。
「な、なんだ!!?」
「地震か!? 随分と大きかったぞ!!」
「とにかく現状把握だ! 外へ!!!」
当惑の中に恐怖を抱きながら、兵士達は次々とテント外へと出ていく。
その声に釣られて、その場にいた全ての者がテント外へとでた。それはイオもヴァイゼンも、フッキやリンカーンも例外では無かった。
天幕を捲って、外へと出る。ざあざあと振り始めた雨もお構いなしにリスティア湖上空を見上げる兵士達の顔にあったのは、紛れもない絶望。
兵士達の視線の先を見据えたイオ。彼の脳内を、封じ込めていた怒りが駆け抜ける。無意識の内に飴を噛み砕いて、イオは呟いた。
「…あの野郎、やっぱ消滅してなかったのか」
視線の先にいたのは、優雅に空を舞う天空の支配者。
リスティア湖から立ち昇る巨大な嵐流の紗幕に覆い隠された、朧げな龍を象る紅き”概念”。
深紅の風を纏い、空すらも朱く染め上げ、狂気のままに嵐を巻き起こす。全てを崩壊に巻き込みながら天に昇る姿は、まさに破壊の権化。
イオ達もまた、それが生み出した巨大な風の中で揺れる。
「…あれが災厄級、破壊ノ幻魔」
誰の目にも、それが何なのかは明らかだった。誰かが力なく呟いた恍惚とした声が、辺りのざわめきを貫いてイオの耳にも響いてくる。
見上げた空に浮かんだ破壊の神は、嵐の紗幕から解き放たれると、優雅にイオ達を見下ろしながら、巨大な咆哮を放った。




