第六十四話
「…ん……」
ひんやりとした空気と地面の感触に、ナユタの意識が覚醒する。
気絶状態にあったせいか余計に強張った体に力を入れながら、ナユタは目を開ける。ぼんやりと視界が霞んでいるが、目は見えた。どうやら暗闇にいるらしく、どこか遠くから見える灯りだけが彼女の視界に届いていた。
ナユタはひんやりとした石素材の地面に寝ころんでいるようであった。感覚的に手足を縄で拘束されていることが分かるが、特段乱暴に扱われた様子はない。体も所々は痛むが、それは地面に倒れていたからだ。
ぐっと力を込めて状態を起こして、それと同時に碌に回転していない頭を叩き起こす。
「……ここは…」
辺りを見回すが、やはり遠くから届く白色の光だけしか見えない。
一体自分は何をしているのだろうか。そう思って、ナユタは記憶を探る。幸い、意識を失う直前の記憶は残ったままだった。
「…どことも分からない場所に、連れてこられたと。そういうことでしょうか」
そう呟いた彼女の背後から足音がして、複数人が歩み寄ってくる気配がした。
そちらを振り返ると、辺りにぼんやりと灯りを落とす松明を手に持った大男を先頭に、同様のフード付きコートに身を包んだ二人の男女が後に続いてきた。ナユタから向かって、大男の右手にいた小柄な男が、ナユタが目覚めたことに気が付いたらしく、相変わらずの笑みを浮かべて近づいてくる。
「お。目が覚めたみたいだよ、ホルス」
「…ああ。そのようだな」
ホルスと呼ばれた大男が頷いて、ナユタを至近距離から観察する小男の首根っこを掴んで引き剥がした。
ぐえっと不快そうな声を上げて後方へと引き下げられた小男に代わって、ホルスと呼ばれた大男がナユタに歩み寄ってきた。彼は頭をすっぽりと覆っていたフードをとって、褐色の肌と深紅の瞳、そして白銀の短髪を露にすると、しゃがみこんで地面に座ったままのナユタへ視線を合わせた。警戒して、せめてもの抵抗として静かに後ずさったナユタに、随分と若さを感じさせる男は何故か淡い笑みを浮かべて声を掛けてくる。
「そう警戒しないで頂きたい。こんな状況では難しいかもしれないが」
拘束されたナユタの手足に視線を送って、男は申し訳なさげに続ける。
「しかし、こうして一度話し合い場を作る為にも、この措置は必要だったのだよ」
男の言葉に、ナユタは遠慮なく眉を潜めた。
連れ去っておいて話し合いとは、非常識なことを言うものだ。拘束しての話し合いなど、もはや脅迫以外の何物でもない。これから自分にどのような災いが降りかかるのか、その事に意識を向けたナユタの手足が少しだけ震える。それでも恐怖を意志の力でねじ伏せて、ナユタはキッと男を睨み返した。
しかし男は、ナユタの静かな態度に感心した様に頷いて、
「……このままでは移動もままならない。こちらは解除してしまっても構わんだろう」
あろうことか指を一つ鳴らすと魔術を解除して、ナユタの両足の拘束を解いてしてしまった。
これには流石のナユタも理解が追い付かなかったが、即座に逃げるという選択肢が生まれたことに気が付く。しかしそれと同時に彼女の理性は、先程の戦闘からの肉体性能差を鑑みるに、現状のナユタが三人から逃げ出すのは不可能だろうとの決断を下していた。
そして現状を総合的に見たナユタは、今は大人しく三人に従おうと決める。従順な姿勢を見せて居れば、いずれ三人が油断する可能性もある。逃げ出すならば、その時だ。
油断なく大男を見据えながらも、僅かに目の力を抜く。そこに込める感情も最低限にして、ただ静かに大男を見据えると、彼は一つ頷いて立ち上がった。
「理解が早くて助かる。…早速で悪いが、少し移動したい。話は道中で」
「…分かりました」
初めてそう口にして、ナユタは動き出した大男の後に続く。その後ろを残りの二人が塞ぐ形で、一行はその場を離れた。




