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滅尽のイオ~災厄の力と鍵の少女たち〜  作者: るなーるべると
王国邂逅編:第六章『理から外れし者』
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第六十一話

 ララは王国軍の大佐というだけあって、魔術を全開にしたイオの爆発的な加速に難なく追走してきた。ナユタには及ばないが、彼女も相当の実力者だ。しかし、だからこそ男二人の異常性が際立つ。万全でないとは言え、ナユタが敗北した存在だ。油断すればイオも殺されかねない。確実な勝利のために必要なのは情報だ。敵を知り己を知れば百戦危うからず、だったか。

 

 イオは走りながら、魔力探知を発動する。それは予想通り男二人には”対抗レジスト”されたが、その背後にある魔法陣の気配を感じ取った。そこにあったのは、先程イオが感じたものと同質のもの。


「…逃げられる前に、仕留める!」


 ララには酷な役回りかもしれないが、ナユタを連れ去られる訳にはいかない。イオがララに視線を向けると、彼女が一つ頷いて了解の意を示した。

 軋み、悲鳴を上げる自らの体を意志の力で捻じ伏せて、イオは再び魔力を高めて青白い光を放つ。その様に、小柄な男が面白そうに嗤った。


「…魔力の大放出をこの短時間で二回も行うなんて、君も大概恐れ知らずだねえ! いつか魔法が使えなくなっても知らないよ!」


 確かにそうだ、とイオは走りながら漠然とした思考を浮かべる。

 光を放つほどの魔力の大量放出は、イオの皮膚下を走る魔力回路に負担をかけ、少しずつ破壊している。これから何年にも渡ってこんな異常な戦い方をしていれば、いずれ魔術回路は完全に破壊され、イオは魔術を使用することが困難になるだろう。しかし、イオはそれを鼻で嗤った。狂気すら含んだ笑みで、イオは叫ぶ。


「そんなもん使えなくなってから考えればいい。どんな理由があるか知らないが、とにかくナユタは返してもらう!」


 大切なのは未来ではなく、今この瞬間だ。イオはナユタを守ると彼女に誓った。力を温存してナユタを連れ去られ、その末に彼女を失った場合、イオの後悔は死んだ後も続くだろう。そしてそれは自分自身の体が壊れることよりも、何倍も巨大な後悔だ。ならば、今ここで力を使わずしてどうするというのか。

 

「返す訳にはいかないなあ。せっかく見つけた”適合者”なんだ! 厄災の復活の為に、彼女は渡せないねえ!」


 ひひっと嗤った男が、イオ達に向かって飛び出してくる。背後の大男は、以前動かぬまま。


「…君とはもう少し戦ってみたいけど、こっちにも事情があるから、さっさと勝負を決めさせてもらうよぉ!」


 やはり転移魔術の完成を急いでるのだろうか、そう感じたイオは、これが最後の攻撃チャンスになる可能性があることを頭に叩き込む。そして、絶対にタイミングを逃さない様に全ての意識を戦いへと集中させた。


 視界に移る景色が次第に低速になり、世界が色褪せていく。これはイオ自身が極度の集中状態に入る前兆だ。こうなればもはや、イオにすらその思考を止めることはできない。


 男二人と隣を走るララだけが鮮明に目に映り、やがてそれすらも必要な情報を除いて簡略化されていく。イオは暗闇の中で、ただぼんやりと光るララと並走し、同じく光の影になった男二人と対峙していた。


 一歩、また一歩と、小柄な男とイオ達の距離が近づいていく。水面を弾くように向かってくる男の動きが手に取るように分かった。

 そしてイオは、男に肉薄する。光の影が朧げに歪んで、その手がゆっくりとイオに向かって突き出される。随分とゆっくりになった男の攻撃を見切った上で完璧に回避して、イオはその隣をすり抜ける。イオの視線の先には、もう一人の大男。


 背後から、イオに攻撃を躱されたもう一人の男が、再度拳を振るう気配。しかしイオはそれに対抗せず、ただ最速で大男に辿り着くことだけを考えていた。

 やがて、イオに向かって繰り出された二回目の攻撃が弾かれる。イオの背後を庇う様に立ち塞がったララの精神武器ガイズが、男の拳を跳ね上げる。


「…行って!」


 男の剛撃を受けたララの剣も同時に弾かれる。苦しいながらに、ララがそう叫んだのが、イオには聞こえた気がした。


 瞬きすら忘れて、ただ一心に大男を目指すイオ。

 加速された思考の中で数十秒、現実世界で凡そ二秒程度の時が過ぎて、イオはついに大男に辿り着く。


 魔術の完成を急いでいるのか、イオを見上げたまま迎撃態勢すらとらずにいる大男。イオには彼の思考が手に取るように分かった。先ほどと同じように、純粋な肉体能力と剣だけを頼りに大男を切り付けただけでは、ララが稼いでくれた時間をもってしても、小柄な男が立ち塞がってイオの邪魔をする。大男はそれを狙っているのだろう。


 だからイオは、その思考を利用する。

 イオは先程と全く同じ軌道で、大男に切りかかった。寸分たがわぬ、剣技の完全再現。背後からは先ほど同様、ララの追撃と足止めを振り切った男が迫る。イオもその状況を、空から見降ろした様に俯瞰し、完璧に把握していた。

 大男の紅の瞳が僅かに揺らぎ、そこには淡く、勝利を確信した気配が漂った。しかし、それは慢心であり、間違った認識だ。


 イオは低く嗤うと、高負荷に悲鳴を上げる脳と肉体双方を黙らせて、この時の為に攻撃開始時から温存していた魔術を発動する。


「…魔術トリガー解放。一閃剣バルドル


 イオの呟きと共に発動された魔術は、イオの体を定義通りに、今までのイオが出した最高速度を大幅に上回る速度で動かす。その速度は、まさに雷光。 

 ふっと僅かな揺らぎがあって、イオが消える。


 そして煌めきと共に、イオが居た位置から男の後方にかけて一筋の光が走った。一瞬遅れて男の瞳が、初めて驚愕に見開かれる。だが、もう遅い。

 圧倒的な加速と収束。空間そのものを切り裂いた様に大男の背後に出現したイオが、パチンと刃を鞘に収める。それと同時に、刹那の時間で移動したイオによって圧縮された空気が解放されて、辺りに暴風を巻き起こした。

 そして背後で男がガクッと膝をついて天を仰ぐ気配。彼にはイオの攻撃が見えていたようだが、それでは遅い。見えているだけでは絶対に回避することができない、速さに特化し、速さだけを追及した技。それが一閃剣バルドルだ。

 男の胴体を両断した、正直言って心地の悪い独特の感覚が、遅ればせながら剣を通してイオの手に伝わってきた。それを感じたイオには、男を絶対に仕留めた自信があった。

 

 だからだろうか。イオは気が付けなかった。


「…なに!?」


 一瞬だけ気が緩んだイオの背後で、魔力が爆発的に高まる。ばっと後ろを振り返り、その元を探る。

 ララではない。彼女は男を足止めした際に負った傷が原因で、現在かなり離れた位置にいた。そうであればその出所は限られる。イオの脳内を漠然とした、それでいて明確な焦燥が走った。


「はは……ははは……はははははは!」


 イオに両断された筈の大男が、両手を広げて大きく笑う。そこにあったのは興奮か、或いは純粋な歓喜か。そして今度は、イオの目が驚愕に見開かれる事になった。確かに両断された筈の男の胴体が完全に繋がっていた。

 その瞬間、イオの脳裏にとある考察が思い浮かぶ。

 

「まさか! こいつらは!!」


 まずいと思うより早く最低限の魔術だけを発動したイオは、再度地面を蹴って大男に斬りかかる。

 しかし、一度失ったチャンスに、二度目は無い。


「そうはさせないよおお!」


 イオの剣は、今度こそ余裕をもって到着した小柄な男に阻まれる。両者が中間地点で邂逅。イオと男が繰り出した攻撃が衝突し、相殺される。発生した衝撃波によって巻き上げられた砂埃が、男達とイオを包んだ。

 霞む視界の中、イオの攻撃を食い止めて、意地の悪い笑みを浮かべる小男の向こう側で、よろよろと大男が立ち上がってイオに振り返った。


「驚いた。まさか少年がここまでの力を持っているとは。君の強さには敬意を表そう。……だが、目的を遂げるのは我々だ!!!」


 そう叫んだ大男と、その近くの地面に倒れ伏したナユタを中心として、青白い巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 咄嗟に、イオの直感が告げた。このままでは逃げられると。


「ちっ!!」


 舌打ちをしながら焦る頭を回転させて、イオは必死に現状を打破する方法を考える。しかし、目の前の小男がいる状況下で、大男の魔術行使を妨害できる方法など思いつく筈もない。

 焦りながらも冷静沈着な剣で小男の攻撃に対応するが、もはや時間は無かった。


「…それじゃあね!」


 時を見定めて、小男がバックステップで転移魔術の効果範囲内へと移動する。それを確認したイオは、仕方ないと割り切って行動を決めた。


 相手に転移で逃げられるくらいなら、自分自身も魔術で同じ場所に転移する。それがイオの選択だった。転移先に相手が罠を仕掛けている可能性がある以上最悪の選択肢ではあるが、もはやそれしかナユタを救う道は無い。


「…行かせるかよ!!」


 イオはそう叫び、男達を追随しようとする。

 しかし、足が動かなかった。


 見れば、地面に縫い付けられた様にイオ自身の体をその場に留めている。

 イオはその現象を、冴えた頭で理解してしまった。魔力の限界行使による硬直だ。彼の足はここにきて、度重なる魔力の大放出による副作用で、動かなくなってしまったのである。

 その様子を見てか否か、青白い光に包まれ始めた大男が最後に叫んだ。


「また会おう! 少年よ! 我々が再び相まみえる時、世界はきっと大きく動く!!! これから起きる災厄、せいぜい生き延びてくれたまえ!!!!」


 辺りに鐘のような音が響く。転移の兆しだ。イオは無意識の内に、地面に倒れ伏したナユタに手を伸ばす。

 しかしその手が彼女に届くことはない。


「…ナユタ!」

 

 極限状態を維持した反動によって地面に倒れ込むイオ。その視線の先で一際眩い光が放たれた。

 閃光フラッシュにも似た光に、イオは思わず手で視線を覆ってしまう。そして次に目を開いた時には、男二人も、そしてナユタも、その場から忽然と姿を消してしまっていた。


 その光景に、イオの中であらゆる感情が高まっていく。怒り、悔しさ、やるせなさ、切なさ、喪失感。もはや自分自身でも分からない程巨大な感情が、渦を巻いてイオの内側から湧き上がってきた。


「……クソがっ!!」


 激情のままに地面を殴るイオの叫びだけが、空虚な風の吹く辺りに響く。だが限界状態で酷使された彼の脳は、それ以上の情報処理を拒んだ。

 直後に揺らぐ視界。体中から力が抜けていく感覚。


「…すまない、ナユタ」


 朦朧となってきた意識の中で、ナユタに謝罪の言葉を残して、イオの意識はぷつりと途絶えた。

今話から更新時間を0時に変更いたしました! できる限りは毎日投稿、それが厳しい場合でも一週間に一度は必ず投稿する予定ですので、どうぞよろしくお願いします!

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