第六十話
「ったく、ただでさえ頭が混乱してるってのに、これ以上情報を増やさないでくれよな」
兵士と共に現場へと急行するイオは、一人心地に呟いた。
手に余る大量の幻魔、不死鳥型の幻魔、二次作戦の実行、考えなければならない事は他にもある。それに加えてこの襲撃。
まるで異常事態のオンパレードだ。勘弁してほしい。
「…それで、えっと、中尉を攻撃した兵士はその後どうなったか、分かりますか?」
隣を走る兵士に問うと、彼は記憶を探って、去り際に見た最後の光景を告げた。
「私が見た所では、女の子が一人で戦っていました」
「女の子?」
イオの言葉に、兵士は頷く。
「はい。まだ若くて、可愛らしい女の子でした」
その言葉に、イオは嫌な予感がした。この戦場に、そんな存在はイオの知る限り一人しかいない。
何故だか妙に乾いた口を動かして、イオは声を出す。
「…もしかして、それは紫がかった、白い髪の女の子ですか」
どうか頷かないでくれ。自分でも不思議なほどそう願ったイオだったが、兵士は無常にもそれを肯定した。
「ええ、そうです。相手があまりに手練れで、彼女以外は近づく事すらできなかったんですよ。周りから魔法で援護したりはしてましたが」
「それで、彼女はどうなりましたか」
「え?」
「女の子はどうなったんですか。分かりませんか」
気持ちを落ち着かせながらも、イオの言葉の端々に焦る気持ちが滲み出る。
もしナユタが交戦しているのが、先程の女性の様な存在なら、彼女の手に余る相手だ。いくら優れた精神武器の使い手であるとはいえ、彼女はまだまだ成長途中だ。
一芸を極めた敵を相手にするには、まだ力も、精神力も、そして何より経験が足りない。
兵士はイオの異様な圧力に、しどろもどろになりながら答える。
「私が見た限りでは、まだ戦っていました。それも数分前の話なので、恐らく決着は………って! ちょっと!?」
「先に行きますっ!」
兵士の言葉を聞くより早く、イオは残り少ない魔力で自身の肉体を強化して飛び出した。後頭部に嫌なチリチリと独特の感覚が走り、イオは顔を顰める。
暫く走ると、人だかりが見えてくる。どうやら標的に向かって魔法を連射しているようだが、妙に慌ただしい。
イオが広場に飛び出す。辺りに生暖かい風が吹いて、木の葉が舞い上がった。その先に広がっていたのは、イオの予感を肯定する光景だった。
ぐったりとして意識を失った様子のナユタが、深くフードを被った大男の腕に抱えられていた。その近くには同様のマントを着込んだ小柄な男。
ナユタを視界に捉えるなり、イオは即座に攻撃態勢に入った。彼らを包囲している兵士達を飛び越えて、魔術で強化した肉体を駆る。
「…上位付与:業火」
抜き放った剣に魔力を走らせて、イオは叫ぶ。彼の体から魔力がごっそりと抜き取られて、剣の性質を変化させる。イオの手元から幾重にも伸びた炎の龍が唸りを上げた。
イオが走った跡が分かる程に、地面を黒く焦がす炎。燃え盛る業火を纏った剣を構えたイオは、迷いなくナユタを抱えた男に切りかかった。その奇怪な音に気が付いた大男が、ナユタを保護する様に動いて、隣に立っていたもう一人の男に頷いた。
その隙を逃さずに、イオは大男に向かって剣を振るう。しかし、それはもう一人の男によって食い止められていた。
「……迷いなしとは、君もなかなかやるね!」
そんな声をと共に、気味の悪い笑みを浮かべた男の顔が、フードの奥から覗いてくる。炎を纏った剣を素手で受け止められたのは驚くべき事実だが、イオはそれをあくまで情報として記憶し、感情は表に出さない。
しかしそれでも、初撃で仕留めきれなかった事に強い危機感を抱いて、舌打ちと共に右足の蹴りを男に向かって繰り出した。
「…そりゃ、どうもっ!!」
「おおぉ!?」
首筋を狙ったイオの蹴りを、何とか腕でガードした男。しかし魔術で強化されたイオの脚力が、男を数メートル吹き飛ばした。そこで稼げた貴重な距離をイオは無駄にしない。即座に標的を、ナユタを抱えている大男に切り替えて、地面を人蹴りして瞬時に肉薄する。フードの奥に潜んでいた男の紅の瞳が驚きに見開かれて、黄色の髪が揺れた。
「ナユタを……返しやがれ!」
そんな声を共に振るわれたイオの剣。大男はそれを冷静に見極め、そして何もしなかった。ただイオを真っ直ぐに見据えて、淡い笑みを浮かべている。
諦めたのだろうか、そう思うよりも早く、イオは大男の後方に、魔術の痕跡があることに気が付いた。魔術属性は”空間”。どの魔術も高度な技量が要求される属性だ。
しかし、イオがそれより先の情報を見極めようとした瞬間、背後に殺気が生じた。回避姿勢をとりながら振り返ると、イオが先ほど吹き飛ばした男が、あり得ない様な速さでイオの後方へ迫っていた。
「…ちっ!」
前方の大男と後方の男、二人に挟まれる形になってしまったイオは、一度大男を諦めて後方に対応した。
不気味な笑みを浮かべたまま迫ってきた小柄な男の拳が、イオに向かって繰り出される。イオの顔面を狙ったそれは鋭く、正確な一撃だった。何とか剣を盾にしてそれを防いだイオは、力任せに蹴り飛ばされるが何とか空中で体を捻って着地する。それと同時に地面を強く蹴って、何度かの跳躍を経て後方へと下がった。
「…イオ君! 大丈夫!?」
急に始まった戦闘に驚いた様子のララが、イオに駆け寄ってきた。
イオは男達から視線を逸らさずに、静かに言う。
「ええ。でも、状況は良くないですね」
「え?」
「……さっき攻撃したときに感じたんですけど、あの大男は空間属性の魔術を発動しようとしていました。状況から察するに、恐らく転移魔術です」
イオの言葉を聞いたララが、訝し気に目を細める。
「転移術式? この場から離脱するということ?」
「はい。…目的は分かりませんが、確かなことは一つ。アイツらの目的はナユタだということです」
「……確かに、どうもそのようね」
ナユタを抱えたままの大男に視線を向けたララに、イオは正面を見据えたまま呟いた。
「…ララ少佐。一つ頼んでもいいですか」
「何かしら」
同じように男達から視線を逸らさずに、ララが応じる。
イオは男達に聞こえぬように、小さな声で囁いた。
「…一瞬でいいです。俺と同時に攻撃を仕掛けて、あの小柄な男の注意を引いてくれませんか」
イオが大男の前に立ちはだかっている、邪魔な男を見据えて言うと、ララは少しだけ自信なさげに答える。
「…それは構わないけれど、本当に一瞬よ? 正直私にあの男を足止めし続けられるだけの力は無いわ」
なるほど。だから先ほどはナユタの邪魔にならないように援護に回っていたのか。
彼女の言葉に、イオは無意識の内に口の端を吊り上げた。見開かれた瞳に垂れた汗が染みるが、それに一切の興味を示さずに、意識を前方へ集中させて答えた。
「…その一瞬があれば、十分です」
イオが欲しいのは、刹那の時間だ。それ以外は、何もいらない。
その言葉と同時に、イオの魔力が爆発的に高まる。
青色の可視光を発生させるイオの圧倒的な魔力量に、周囲の兵士達がどよめいた。
「…なんだあの凄まじい魔力量は!」
「もしかすると魔導的権威にも匹敵するんじゃないか!?」
しかしイオの意識は、それらの声を拾う余裕も無かった。次の攻撃で男達を仕留められなければ、理由は依然不明だが、ナユタが連れ去れる可能性が高い。
それならば、やることは決まっている。
「……ララ少佐」
「…ええ。いつでもいいわ」
長剣の精神武器を構えて、ララがイオの隣に並ぶ。
「ありがとうございます。…それでは」
そして二人は、ナユタを救うべく飛び出した。




