第五十八話
「…なるほどな。イオ君とナユタ嬢の考察は、確かに的を得ている」
作戦会議を行ったテントの中、数名の兵士と共に作戦を練っていたフッキは、いきなり現れたイオの報告と考察を聞いて、納得顔で頷いた。
「不死鳥型の幻魔など聞いたことが無いが、我々の常識にとらわれた結果、先程はしてやられた訳だ。ここからは、もはや想像すら軽く超える存在がいると考えて行動すべきなのだろうな」
「ええ、全くです」
リンカーンも、フッキと同じく油断ない表情で頷く。
暫く目を瞑って思考を巡らせていたフッキは、両眉の端を手でほぐしながら口を開いた。
「…しかし、とは言え我々に打てる手は少ない。とにかく、この二次作戦で相手の戦力を削り、少しでも長くここに留めることを視野に入れて考えるべきだろう。勿論、ここで完全に敵を殲滅できるに越したことはない。だが最悪の場合、我々が全滅した後の為にも、ここで打てる手は打っておくべきだ。…何か案のある者は自由に発言してくれ」
フッキの問いに、最初の作戦会議にも参加していた観測班の兵士が手を上げて発言する。
「…リスティア湖外縁部の森に火を放つのはどうでしょうか。幻魔とはいえ、火の手があれば多少は時間が稼げるかと」
「だが予想が正しい場合、幻魔達には超再生能力が備わっているんだろう? 傷を負いながらも致命傷で無いなら、回復しながら進んでくるんじゃないのか」
「火を放つタイミングも難しいぞ。下手をすれば戦っている精鋭諸共だ」
「しかし、精鋭が全滅したタイミングで火を放っても、もう遅いんじゃないか」
兵士達の会話を聞きながら、イオも何かできることはないかを考える。
全滅した後の布石を打つ。フッキがそう言えるのは、あくまでも自分が国防を担う人材だと割り切っているからだろう。イオとしてはその考え方は好きでは無いが、彼にも譲れないものがあることは分かっている。だから敢えてこの場で彼に突っかかったりはしない。
しばらくして煮詰まってきた議論に、リンカーンが口を挟んだ。
「…ではそちらに関しては、私と観測班が解決にあたりましょう」
「そうだな、頼む」
フッキもそれには納得しているようで、即座に頷きを返した。それから彼は、地図をじっと見据えたイオに視線を向けて来た。
「イオくん。他に、何かあるかね?」
「そうですね。やはり、山が崩れた際に、どれだけ幻魔の足を止められるかにかかっています」
簡素な机に敷かれた地図の上には、これでもかと二次作戦用の情報が書き込まれている。
イオは自らが立案した計画の成功を祈りつつ、唯一の問題となる情報を書き足した。
「…結局、脇を抜けられてはどうしようもありませんから」
「それに関しては、現在調査中だ。もし問題があるようなら、調査班が指摘してくれるだろう」
「そうですか。それなら良いのですか…」
そこまで言って、イオはふと周囲が騒がしくなったことを感じ取る。
何事かと、テント入り口の隙間から見える外の景色を振り返ると、フッキとリンカーンが首を傾げた。
「どうした? 左右の軍なら、問題無く撤退できると思うが、やはり戦力的に不安が残るか?」
「いえ、そういうことでは。何か、騒がしくありませんか?」
イオに釣られて、兵士達が外を見やる。耳を澄ませていたリンカーンが、確かにと頷いた。
「そうですね。何か問題が起きたのでしょうか」
「これから二次作戦だというのに、これ以上問題を増やさないで欲しいものだ」
「もうこの状況自体が大問題ですからね…」
そう言ってリンカーンは苦笑したが、問題が起こっている事は間違いないようだった。
兵士が次から次へと、一方向へ向かって移動している。それが何故かはわからないが、焦っていることは分かった。
イオはペンを机に置くと、二人に向き直る。
「何が起きているのか、確かめてきます」
「そうだな。一応、我々もついて行こう。各隊長は自隊の調整に向かえ」
そうしてその場を後にしようとした三人の元へ、一人の兵士が全力疾走してくる。
兵士は三人の前で急停止すると、慌てて敬礼しながら声を発した。
「ほ、報告します! 先ほど我が軍の兵士とみられる者が、ララ少佐を襲撃! 現在周辺の兵士を総動員し、これと交戦中! 以上です!」
その言葉に、イオは眉を潜めた。
アリシア王国軍の兵士が、軍の中尉を襲撃だと。軍に未来無しと判断して、反旗を翻したか。
理解に苦しむ状況に、イオはフッキとリンカーンにチラリと視線を送る。どちらも多かれ少なかれ困惑した表情を浮かべていた。やはり軍で長い事戦って来た彼らでも、報告の真相を測りかねているようだった。
「それは真実か?」
「はっ! 全てこの目で見た、まごう事無き真実であります!」
そう言い切る兵士の表情から、それが嘘である可能性は低い事が分かった。
とにかく、情報が必要だ。少し早歩きでテントから出たイオは、背後にいるフッキとリンカーンに向きなおる。
「やはり、実際に行ってみないと分かりませんので、俺は行きます」
「そうですね。なら我々も」
リンカーンがその先を言おうとした瞬間に、フッキが猛然と背後を振り返った。その手には精神武器。
フッキは険しい目で、背後からこちらに向かってくる一人の女性に目を向けた。
「…どうやら、襲撃されたのは我々も同様らしい」
その言葉が表すことは、たった一つ。新たな敵の出現だ。
リンカーン、そしてイオも釣られて彼女に目を向けて、その身から溢れ出る膨大な魔力に、ちっと舌打ちをした。
「…あれは、相当強いですね」
イオの口が自然と開き、自らが放った言葉を受けて心臓が早打つのを感じる。
思わず口を突いて出た言葉だからこそ、余りに信憑性が高い。イオは自身の直感を疑わない。なぜなら、それは戦いの中で研ぎ澄まされてきた絶対の判断だからだ。
「ああ。間違いなく、強敵だ」
「ですね」
そしてそれは二人の総意らしく、リンカーンも精神武器を展開して冷や汗を流した。
イオは、女性を敵と判断して観察する。
こちらに悠然と歩いてくる敵は、平均的な女性の体つきをしている。しかしマントを羽織って、フードを目深に被っているせいで、その顔をは良く分からない。
だが、その独特の魔力の流れに一瞬虚を突かれた様に固まったイオは、今度こそ苦笑を浮かべた。
「おいおい、マジかよ」
イオの珍しく感情的な呟きに、いつもは優し気な雰囲気のリンカーンが、殺伐とした空気を纏って低く答える。
「…どうしましたか、イオ君」
「…多分アイツ、人間じゃないです」
そう。彼女の体を流れる魔力には、独特の指向性があった。そして、それはイオの良く知っているものに近い。
人間ではない、イオのその言葉に、フッキとリンカーンは戦慄した様だった。思わず精神武器を強く握ったフッキが、イオに問う。
「…では、あれは何だね」
「分かりません。……ですが、一つだけ確かなことがあります」
問われたイオも、突然の邂逅に驚愕していた。しかし、長い間戦場で戦って来たイオは、情報共有の重要さを誰よりも知っている。イオはこれまで培ってきた感情抑制技術をもって、己の内に湧き上がる様々な感情を一度シャットアウトして、女性を観察する。
近づいてきた女性のフードが、辺りを駆け抜けた突風によって捲られた。そして、爛々と紅色に光る、独特の双眸が露になる。
「…アイツは、幻魔に限りなく近い存在です」
イオの言葉が放たれたその瞬間、フッキとリンカーンが同時に地面を蹴っていた。それが指し示すところは一つ。二人はあの”女性の様な何者か”と戦うつもりなのだろう。
余りの即断即決。流石は指揮官と言うところかとイオが目を眇めると、フッキはその場に残った彼に対して、振り返らずに声を飛ばした。
「イオ君! こちらは我々が対処する! 申し訳ないが、君はもう一方の騒ぎへ向かってくれ! そして、可能なら騒ぎを静めて援軍を求めよ!」
フッキの追随するリンカーンも同様に頷いている。二人はあくまで時間を稼ぐつもりなのだろうか。
しかし、イオのその考えは、次にフッキが見せた表情で完全に否定される。
「人間でないのなら、少しでも幻魔の可能性があるのなら、私は一切躊躇せん! ここで死んでもらおう!」
彼の纏う空気が、まるで刃物の様に鋭利なものになる。
それは悲痛なまでの彼の怒りが凝縮され、研ぎ澄まされた結果なのだろう。彼の鬼気迫る表情と気迫は、戦いに身を置いてきたイオですら、僅かに身震いするものだった。ここにいたってイオはようやく、フッキが”復讐鬼”という二つ名を冠した理由が分かった。まさに鬼、怒りの化身、幻魔に何を奪われたかまでは分からないが、相手が幻魔である可能性がある以上、フッキは攻撃を躊躇しない。だから彼は、あれほど即座に行動できたのだろう。
「了解です! お二人もどうかご無事で!」
指揮官であるフッキの命令である以上に、イオ自身もそれが最善だと判断したため、即座に声を張り上げる。
「ああ!」
「頼みました!」
イオは二人の声に頷くと、すぐさま踵を返して、報告に来た兵士と共に走り出す。
しかし、その先で何が起きているのか、イオはまだ理解できていなかった。




