第五十六話
ナユタは二人の間にギリギリのところで割って入る。
「いきなり何するんですか!」
ナユタは手に握った進化聖剣を、兵士に向かって振るう。人相手に精神武器は使わないと決めているナユタだったが、相手から放たれる殺気に思わず精神武器を出現させてしまった。
先程の動きから相手が手練れであることは分かるが、それでもこちらは精神武器。世界の摂理に基づいて、絶対に負けない自信がナユタにはある。
豪速で振るわれた進化聖剣が、唸りを上げて、兵士の武器に向かって打ち込まれる。
これでひとまず男の行動を封殺できる。ナユタはそう確信したのだが……。
「なっ」
辺りに衝撃波が走って、ナユタの柴白色の髪が揺れる。目の前に広がった光景に、ナユタは驚きを隠せなった。
振るわれたナユタの剣を、男は片手で受け止めていた。武器も使わず、素手でナユタの攻撃を受け止めたのである。
「…おや? 王国にも結構良い精神武器使いがいるじゃん」
退屈そうな声でそう告げる男に、ナユタは戦慄した。
彼我の実力差は明確。自分が敵う相手ではないと直感的に理解できるほどの相手。ナユタがこれまで、出会ったことの無い圧倒的な強者だと、彼女の直感が告げていた。
「大きな音がしたが、何事だ!」
「おい、大丈夫か!」
「何があった」
そんなざわめきと共に、遠くから兵士達が集まってくる。
口元に嘲笑うような笑みを浮かべたままの男は、目深に被っていた帽子の奥から覗く、爛々と光る紅の瞳を、ナユタの背後に集まり始めた軍の兵士達に向けた。
そして、ナユタを剣ごと超硬度の腕で弾き飛ばして、その特徴的な嘲笑を深める。
「なぁんだよ、逃げて来ちゃってんじゃんか。何やってんだよ、アイツは」
そう言って空を見上げた男。
ナユタは少し離れた位置で進化聖剣を構えなおすと、焦る気持ちを落ち着かせて考える。
まず、この兵士が敵対的なのは、先程のララを狙った攻撃から明らかだ。そしてアイツという言葉が、仲間を指しているのなら、これだけの力を持つ人間が他にもいることになる。
ふざけた男だ、とナユタは思う。服装はアリシア国軍のものだが、そうであれば尚の事意味が分からない。この状況で反旗を翻す決断をしたとして、それが何を生むというのだ。
考えれば考えるほど混乱する状況。全く理解の及ばない現状を改めて認識して、ナユタの額に汗が滲んだ。
そもそも、イオと仮説を立てたように現在の状況がおかしい。三万を超える幻魔の群れが出現したメカニズム、それがリディアに向かって同時に侵攻する理由は不明。リスティア大森林にあった正体不明の物体、強力な幻魔達がそれを守るように展開されていた理由。小鬼型の復活と、不死鳥型幻魔の出現。そして極めつけに、この襲撃だ。ナユタは戦場に出るのはこれが初めてだが、最初から現在に至るまで、余りにイレギュラーの連続である。こんな状況、あまりに偶然が重なりすぎている。
「…この状況は、一体何なんですか」
ナユタがそう呟くと、空を見上げていた男がチラリとナユタ達を見やった。
「さて、アイツがしくじった分も、働くか」
その言葉に、ゾクッと鳥肌が立つ。
ナユタの直感が危険信号を発すると同時に、一人の兵士の首が飛んだ。
「なっ」
血を吹いて倒れる兵士を視界の端に留めたナユタの目が、再び驚愕に見開かれる。
瞬間移動と言っても差し支えないほどの圧倒的な速さだった。男が移動していたと理解できたのが、ナユタをして一瞬遅れたという、あまりに現実離れした速さだ。しかし体は、長年の鍛錬の甲斐あってか、それとも生物としての本能がそうさせたか、自然と動いていた。超高速で繰り出された男の攻撃を、ナユタが紙一重の所で躱す。
それを見た男は、嬉しそうに笑った。
「お!? これを避けるか! いいね、楽しくなってきた!」
先ほどより明らかに鋭くなった攻撃を回避したナユタは、今度こそ明確に悟った。
「良く分かりませんが、とにかくあなたは私達の敵ですね!」
何も言わぬ男の攻撃に、ナユタは進化聖剣を振るう。
周囲の兵士達は二人の攻防に戸惑っているが、ナユタには兵士に声を掛ける余裕もない。
とにかく、相手の攻撃の一撃一撃が、ナユタにとっては致命傷となり得るほど鈍重なものだ。更にそのどれもが、人であるが故に細かく、そして速い。
「っ!」
今も、頬を掠める男の拳を紙一重で回避して、無防備になった脇腹へと攻撃を繰り出す。
並大抵の相手であれば、間違いなく一撃を与えることができる攻撃だが、男はそれができない相手だ。
驚くべきこと手のひらでナユタの進化聖剣を受け止めた男は、ふらりと踊る様な足取りでナユタの懐へと入り込んでくる。
剣の間合いの、更に内側。完全に格闘術で戦う男の間合いだ。
「くっ」
繰り出される攻撃。顔に向かって容赦なく繰り出される連撃を最小限の動きで躱して、ナユタも反撃するが、どれも男に有効打を与えることはできない。
それに、先程から男の動きが全く鈍らないことが、ナユタにとっては大きな問題だった。ナユタは先ほどの撤退時の戦闘もあって、既に疲労困憊に近い状態だ。そんな状態で、この男にどう勝つというのか。
チラリと、唖然と攻防を眺めるララに目を向ける。そして、その瞳に訴えかけた。
(お願いします、ララさん!)
そんな思いを込めたナユタの視線を感じ取ったか、ララは小さく頷くと、辺りで攻防を眺めている兵士達を一喝した。
「とにかく魔法でナユタさんを援護しましょう! 悔しいけれど、あの中に入っていてできることはないわ! それと、そこのあなた」
ビシッと指さされた兵士が、背筋を正しているような緊張した声音で応じる。無論、その姿を見る余裕はナユタにはない。
「は、はい! 私ですか!」
「そうよ! この状況をフッキ指揮官達に報告してきて頂戴!」
「り、了解です!」
そう言って兵士が走り去っていくのを確認したナユタが、よしと頷いて男に視線を戻すと、男は既に目の前まで接近していた。
「戦闘中によそ見なんかしてちゃ、ダメだぞ」
「しまっ…!」
一瞬でも男から視線を逸らしたこと自体が間違いだった。
男の右拳が唸りながらナユタの頭部に迫る。ナユタは咄嗟に左腕を上げるが、それで精一杯だった。
攻撃がナユタにヒットする。
男の剛撃によって、ナユタは十数メートル彼方まで吹き飛ばされ、積まれた木箱に叩きつけられた。
衝撃を少しでも和らげる為に防御の姿勢をとったが、それでも衝撃を完全に受け流すことはできない。
灰の中の空気を全て吐き出してしまったナユタは、遅れてやってきた左腕の激痛に苛まれながら、激しく咳き込んだ。
「ほらほら! まだ終わらないよ!」
しかし、ぼやけた視界の先に男を見つけたナユタは、体が上げる悲鳴を無視して酷使する。
追撃に走ってきた男は、まるで分身するかのような残像を残しながら走ってくる。それを見たナユタは、思わず苦笑を漏らした。
あまりに速すぎる。イオの戦いぶりを初めて見た時と同じような感覚だが、男は恐らくイオよりも速い。だが、ナユタは今できる最大限の動きでそれに対抗した。
「はぁっ!!」
進化聖剣を敢えて無防備な場所を作るように構えて、相手の攻撃を誘ったナユタは、目論見通り飛んできた攻撃を軽くいなして、剣を男に振り抜いた。
「おおぉ!?」
男が驚きの声を上げると同時に、ナユタの攻撃に対する回避行動をとる。しかし、ナユタの剣は彼の動きよりも早くその首筋を捉えた。しかしその剣は無情にも、硬質な音と共に弾かれ、男の薄皮一枚を切り裂くだけに留まった。男の首筋から一筋の血が流れ落ちるが、残念ながら大したダメージでは無い。
これでもダメなのかと、ナユタは悔しさ半分、末恐ろしさ半分で目を細める。だがそれとは対照的に、男は現状の理解に苦しんでいる様子だった。彼は自らの血を手に取ると、眉を潜めて「まさか」と呟きながらナユタに視線を向けてきた。




