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滅尽のイオ~災厄の力と鍵の少女たち〜  作者: るなーるべると
王国邂逅編:第六章『理から外れし者』
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第五十六話

 ナユタは二人の間にギリギリのところで割って入る。


「いきなり何するんですか!」


 ナユタは手に握った進化聖剣フェードを、兵士に向かって振るう。人相手に精神武器ガイズは使わないと決めているナユタだったが、相手から放たれる殺気に思わず精神武器ガイズを出現させてしまった。

 先程の動きから相手が手練れであることは分かるが、それでもこちらは精神武器ガイズ。世界の摂理に基づいて、絶対に負けない自信がナユタにはある。

 豪速で振るわれた進化聖剣フェードが、唸りを上げて、兵士の武器に向かって打ち込まれる。

 これでひとまず男の行動を封殺できる。ナユタはそう確信したのだが……。


「なっ」


 辺りに衝撃波が走って、ナユタの柴白色の髪が揺れる。目の前に広がった光景に、ナユタは驚きを隠せなった。

 振るわれたナユタの剣を、男は片手で受け止めていた。武器も使わず、素手でナユタの攻撃を受け止めたのである。


「…おや? 王国にも結構良い精神武器ガイズ使いがいるじゃん」


 退屈そうな声でそう告げる男に、ナユタは戦慄した。

 彼我の実力差は明確。自分が敵う相手ではないと直感的に理解できるほどの相手。ナユタがこれまで、出会ったことの無い圧倒的な強者だと、彼女の直感が告げていた。

 

「大きな音がしたが、何事だ!」

「おい、大丈夫か!」

「何があった」


 そんなざわめきと共に、遠くから兵士達が集まってくる。

 口元に嘲笑うような笑みを浮かべたままの男は、目深に被っていた帽子の奥から覗く、爛々と光る紅の瞳を、ナユタの背後に集まり始めた軍の兵士達に向けた。

 そして、ナユタを剣ごと超硬度の腕で弾き飛ばして、その特徴的な嘲笑を深める。


「なぁんだよ、逃げて来ちゃってんじゃんか。何やってんだよ、アイツは」

 

 そう言って空を見上げた男。

 ナユタは少し離れた位置で進化聖剣フェードを構えなおすと、焦る気持ちを落ち着かせて考える。 

 まず、この兵士が敵対的なのは、先程のララを狙った攻撃から明らかだ。そしてアイツという言葉が、仲間を指しているのなら、これだけの力を持つ人間が他にもいることになる。

 ふざけた男だ、とナユタは思う。服装はアリシア国軍のものだが、そうであれば尚の事意味が分からない。この状況で反旗を翻す決断をしたとして、それが何を生むというのだ。

 考えれば考えるほど混乱する状況。全く理解の及ばない現状を改めて認識して、ナユタの額に汗が滲んだ。

 そもそも、イオと仮説を立てたように現在の状況がおかしい。三万を超える幻魔の群れが出現したメカニズム、それがリディアに向かって同時に侵攻する理由は不明。リスティア大森林にあった正体不明の物体、強力な幻魔達がそれを守るように展開されていた理由。小鬼型ゴブリンの復活と、不死鳥型幻魔の出現。そして極めつけに、この襲撃だ。ナユタは戦場に出るのはこれが初めてだが、最初から現在に至るまで、余りにイレギュラーの連続である。こんな状況、あまりに偶然が重なりすぎている。

 

「…この状況は、一体何なんですか」


 ナユタがそう呟くと、空を見上げていた男がチラリとナユタ達を見やった。

 

「さて、アイツがしくじった分も、働くか」


 その言葉に、ゾクッと鳥肌が立つ。

 ナユタの直感が危険信号を発すると同時に、一人の兵士の首が飛んだ。


「なっ」


 血を吹いて倒れる兵士を視界の端に留めたナユタの目が、再び驚愕に見開かれる。

 瞬間移動と言っても差し支えないほどの圧倒的な速さだった。男が移動していたと理解できたのが、ナユタをして一瞬遅れたという、あまりに現実離れした速さだ。しかし体は、長年の鍛錬の甲斐あってか、それとも生物としての本能がそうさせたか、自然と動いていた。超高速で繰り出された男の攻撃を、ナユタが紙一重の所で躱す。

 それを見た男は、嬉しそうに笑った。


「お!? これを避けるか! いいね、楽しくなってきた!」


 先ほどより明らかに鋭くなった攻撃を回避したナユタは、今度こそ明確に悟った。

 

「良く分かりませんが、とにかくあなたは私達の敵ですね!」


 何も言わぬ男の攻撃に、ナユタは進化聖剣フェードを振るう。

 周囲の兵士達は二人の攻防に戸惑っているが、ナユタには兵士に声を掛ける余裕もない。

 とにかく、相手の攻撃の一撃一撃が、ナユタにとっては致命傷となり得るほど鈍重なものだ。更にそのどれもが、人であるが故に細かく、そして速い。


「っ!」


 今も、頬を掠める男の拳を紙一重で回避して、無防備になった脇腹へと攻撃を繰り出す。

 並大抵の相手であれば、間違いなく一撃を与えることができる攻撃だが、男はそれができない相手だ。

 驚くべきこと手のひらでナユタの進化聖剣フェードを受け止めた男は、ふらりと踊る様な足取りでナユタの懐へと入り込んでくる。

 剣の間合いの、更に内側。完全に格闘術で戦う男の間合いだ。

  

「くっ」


 繰り出される攻撃。顔に向かって容赦なく繰り出される連撃を最小限の動きで躱して、ナユタも反撃するが、どれも男に有効打を与えることはできない。

 それに、先程から男の動きが全く鈍らないことが、ナユタにとっては大きな問題だった。ナユタは先ほどの撤退時の戦闘もあって、既に疲労困憊に近い状態だ。そんな状態で、この男にどう勝つというのか。

 チラリと、唖然と攻防を眺めるララに目を向ける。そして、その瞳に訴えかけた。 


(お願いします、ララさん!)


 そんな思いを込めたナユタの視線を感じ取ったか、ララは小さく頷くと、辺りで攻防を眺めている兵士達を一喝した。


「とにかく魔法でナユタさんを援護しましょう! 悔しいけれど、あの中に入っていてできることはないわ! それと、そこのあなた」


 ビシッと指さされた兵士が、背筋を正しているような緊張した声音で応じる。無論、その姿を見る余裕はナユタにはない。


「は、はい! 私ですか!」

「そうよ! この状況をフッキ指揮官達に報告してきて頂戴!」

「り、了解です!」


 そう言って兵士が走り去っていくのを確認したナユタが、よしと頷いて男に視線を戻すと、男は既に目の前まで接近していた。


「戦闘中によそ見なんかしてちゃ、ダメだぞ」

「しまっ…!」


 一瞬でも男から視線を逸らしたこと自体が間違いだった。

 男の右拳が唸りながらナユタの頭部に迫る。ナユタは咄嗟に左腕を上げるが、それで精一杯だった。

 

 攻撃がナユタにヒットする。

 男の剛撃によって、ナユタは十数メートル彼方まで吹き飛ばされ、積まれた木箱に叩きつけられた。

 衝撃を少しでも和らげる為に防御の姿勢をとったが、それでも衝撃を完全に受け流すことはできない。

 灰の中の空気を全て吐き出してしまったナユタは、遅れてやってきた左腕の激痛に苛まれながら、激しく咳き込んだ。


「ほらほら! まだ終わらないよ!」


 しかし、ぼやけた視界の先に男を見つけたナユタは、体が上げる悲鳴を無視して酷使する。

 追撃に走ってきた男は、まるで分身するかのような残像を残しながら走ってくる。それを見たナユタは、思わず苦笑を漏らした。

 

 あまりに速すぎる。イオの戦いぶりを初めて見た時と同じような感覚だが、男は恐らくイオよりも速い。だが、ナユタは今できる最大限の動きでそれに対抗した。


「はぁっ!!」


 進化聖剣フェードを敢えて無防備な場所を作るように構えて、相手の攻撃を誘ったナユタは、目論見通り飛んできた攻撃を軽くいなして、剣を男に振り抜いた。

 

「おおぉ!?」


 男が驚きの声を上げると同時に、ナユタの攻撃に対する回避行動をとる。しかし、ナユタの剣は彼の動きよりも早くその首筋を捉えた。しかしその剣は無情にも、硬質な音と共に弾かれ、男の薄皮一枚を切り裂くだけに留まった。男の首筋から一筋の血が流れ落ちるが、残念ながら大したダメージでは無い。


 これでもダメなのかと、ナユタは悔しさ半分、末恐ろしさ半分で目を細める。だがそれとは対照的に、男は現状の理解に苦しんでいる様子だった。彼は自らの血を手に取ると、眉を潜めて「まさか」と呟きながらナユタに視線を向けてきた。

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