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滅尽のイオ~災厄の力と鍵の少女たち〜  作者: るなーるべると
王国邂逅編:第五章『予想外の強敵』
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第五十一話:心の強さ

「イオくんにとって、私とは、一体どのような存在ですか?」


 そう問うてくる、これまでに無いほどの真剣さを帯びたナユタの瞳に、イオは驚く。ここで何を語るかで、彼女との関係が大きく変化するかもしれないということがイオにも理解できた。

 ナユタがなぜそのようなことを聞くのか、それは分からない。利用できるものは利用し、自分に有利に働くものは来るもの拒まずというのがイオのスタイルだ。かつて姉と共に戦団組合に所属していた時はそうやって生きて来たし、これからもそうして生きていくつもりだ。

 しかしナユタはそうではないのだろう。彼女は自分の信念に従うことができる心の強さを持っている女性だ。だからこそ彼女は、単なる口約束だけでは、この先の厳しい戦いにイオと共に挑むことはできないのだろう。イオの心持と自らの信条を照らし合わせ、その二つが初めて一致した時にこそ共に歩むと言えるのかもしれない。

 イオがそんなことを思い、思案したその時間でナユタはわずかに身じろぐ。どうにも落ち着かない様子だが、もしかしたらイオの言葉に否定を突きつけることを躊躇しているのかもしれない、もしくはイオの言葉を本能的に恐れている可能性もある。だが、だからこそイオは不敵に笑った。そんな心配は無用だからだ。


「…俺にとってナユタがどんな存在か、それはまぁ飾らずに言えば生きる意味だな」


 自分でもはっきりと自覚できるほどに穏やかな声に、ナユタは面食らったようにその大きな碧眼を更に丸くした。


「私が生きる意味ですか?」


 自分がそんな存在だとは信じがたい、とでも言いたげに眉を潜めたナユタに、イオは軽く頷いてゆらゆら揺れる光に照らされた天井を見上げた。


「ああ。俺は自分が誰なのかも知らないし、姉さんを失ってからは何を成すべきなのか分からなかった。何のために戦うのか、どこへ行くべきなのかも、零層都市リディアに来る前はそんなことすら分からなかったんだ……笑えるだろ?」


 出生は不明で、故郷も分からない。姉の役に立ちたいと戦団員に志願して数年間活動してきたが、姉を失ってからは自分の戦団員としての価値すらも見失ってしまった。姉の死後、その仇を討つことを目標としてきたが、その先に何を成せばいいのかなど皆目見当もつけられないでいる。イオは二年前に姉を失ったその日から、一歩も先に進めずにいることを自覚していた。

 だからこ小さく苦笑するイオに、ナユタは横座りした太ももの上で組んでいた両手をぎゅっと握った。


「笑いませんよ。それは、私も一度通った道ですから……」

「…そうだったな。ナユタも、俺と同じだったな」


 ナユタは故郷を失い、自身の喪失というイオと同じ経験がある。だからこそ、彼女はイオの気持ちを誰よりも理解できるのだろう。

 心の奥底に刻まれた痛みに耐える様に目を瞑ったナユタをそのままにしておけず、イオは思わずその小さな頭に手を置いた。驚いた様に見上げられたナユタの目は綺麗だった。まるで凪のない穏やかな海の様な碧眼に高鳴る胸を鋼の心で静め、イオは自分自身の単純さに笑みすら零しながら言う。


「…二年前に姉さんが死んだ時から、俺はずっと何をすればいいかが分からなくなってた。姉さんと交わした約束一つ、それが無ければとっくに死を選んでいたかもしれない。色んな人の助けを借りて戦線復帰してからは、姉さんの仇が討ちたくて前線に残り続けて、ついには零層都市リディアにまで辿りついた……そしてあの日、あの酒場で俺はナユタに出会ったんだ」


 当時は最悪と思えた、今となっては笑い話のナユタとの出会いが脳裏に浮かぶ。それはナユタも同様のようで、イオの笑みに苦笑を返してきた。

 ナユタのことだ。きっと当時の言動を思い返して反省しているのだろうが、イオはその先の記憶を辿る。


「…さっきも言ったけど、あの日ナユタが言った『自分の正義を疑わない』って言葉には本当に驚かされたよ。奴隷商に手持ちの金全部渡したのも、姉さんの面影があるナユタを見捨てられなかったからかも知れないな。正直俺にも良く分からないけどな」


 今となってはなぜあのような行動をしたのか自分でも説明できないが、イオはそれでも良いと思った。あの時の自分の行動は間違いでは無かったと確信しているからだ。


「ま、最初こそ姉さんの影響があったかも知れないが、今ならそれだけじゃないって分かる。ナユタと一緒に過ごすようになって、参考書を買いに行って、何日間も一緒に勉強して、買い物に行ったよな。そしてコルトがナユタを襲ったあの日、俺はナユタの心の強さに気が付いた」

「……心の強さですか。……お恥ずかしい話ですが、そう言われても、私自身あまりピンときませんね」


 ナユタは情けないと言わんばかりの苦笑を浮かべる。しかし、イオはその頭からゆっくりと手を放して軽く笑って見せながら続けた。


「俺は、本当に強い人ってのは自分の強い所も弱い所もしっかり受け入れられる人だと思ってる。だから本当の意味で、自分自身の心の強さを理解できる人間ってのは珍しいんじゃねえかな」

「そういうものでしょうか?」

「ま、少なくとも俺がそう思っているだけで、ナユタがどう思うかは別だけどな」


 イオはそう言葉を切った。そして大きく息を吸い込むと、それに言葉を乗せてゆっくりと吐き出す。


「…俺にはナユタが眩しく見えたよ。ナユタが他にも隠し事をしてること、そして俺と似た様な経験があることは分かってたけど……それでも前を向いて目標に向かって走ることができているナユタが、本当に眩しく見えた。ナユタと一緒に行けば、俺は自分自身の成すべきことが見えてくるんじゃないかって、そう思ったんだ。だからあの日俺はナユタを助けるって約束したし、さっきの話を聞いて改めてナユタと一緒に戦い続ける覚悟を決めたんだ」


 ナユタには故郷の奪還という明確な目的がある。だがその要因となった過去は、話を聞くだけでも凄惨なものだった。両親をはじめとして多数の人間を犠牲に生き残ってしまったという事実は、故郷の奪還をもっても贖いきれない程の重圧となって彼女にのしかかっているのだろう。そして幼かった彼女の歳を思えば、大陸奪還を誓ったその時の重圧は現在の比ではなかったはずだ。しかし、ナユタはそれでも立ち上がった。一度廃人同然の状態に陥りながらも、彼女はそれを乗り越えて、こうして戦場に立っている。だからイオは彼女と共に戦うと決めたのだ。姉との約束だけではなく、その先に見えるかもしれない自分自身が成すべきことを探すために。


「ナユタはたかが口約束って思ってるかも知れねえけど、姉さんとの一件で、俺にとっちゃ約束ってのは自分の命よりも大事なものになってる。それは分かってくれよな」


 分かってくれ、と随分ナユタ頼りの言い方になってしまったが、イオには他に伝えられる様な言葉が見当たらない。

 姉との約束はイオの命より優先されるべきものだった。だからイオはこうして生きている。その経験からイオにとって約束がどれだけ大切にしなければならないものか、それは聡いナユタであればこれまでの話から理解できるだろう。

 イオの予想通り、ナユタはやれやれといった様な笑みで応じた。


「なるほど。それは確かに納得せざるを得ませんね。……お姉さんの話をするときのイオくんの顔を思い出せば、それは間違いないって分かります」


 ナユタの穏やかな横顔に、イオは静かに息を吐く。


「…そうか。それじゃあナユタとはこれまで通り、一緒に戦えるってことで良いんだな?」

 

 若干安堵しつつ答えると、ナユタは少し照れ臭そうに笑う。


「はい! 上から目線で試す様な真似してすみません。でも私にとってはこれがとても重要で……」

「大丈夫。そんくらい分かってるから」

「すみません。ありがとうございます」


 そう呟いてから、ナユタは思い出した様にさっと話題を変えた。


「そういえば、どうしてイオくんはリディアに? お姉さんとの約束がイオくんにとって大切なものなら、前線を離れる理由はないと思うんですが……」

「あー、それな。まぁ俺が惰性だせいで前線に残り続けてたってのが理由かな」

「惰性ですか」

「多分だけど、師匠や上層部はそれを見抜いていたんだろうな。俺が零層都市リディアへ派遣されることになった理由の一つはそれだろう。まぁ学院への合格を任務の達成条件に含めた理由は分からないけどな」


 ナユタは合点がいった様子だった。彼女は口をぽかんと開けてから納得顔で頷く。


「なるほど。それでイオくんは学院を目指していたんですね」

「ああ、そうだ」


 ゆっくりと頷きを返すと、ナユタはイオの手にすっぽりと覆われた頭を振って、何度もうんうんと言いながら続けた。


「おかしいと思ったんですよ。魔術や医術に関しては文句なしの高得点なのに、歴史や政治に関しては絶望的。そんなアンバランスな受験生、私も見たことがありませんでしたから」

「まぁ、そうだろうな。他の受験生は小さいころから全ての科目をまんべんなく学ぶからな」

「はい。でもイオくんが学院受験の二か月前から受験勉強を始めたっていうことなら、それも納得です。魔術や医術は戦団員としてつちかってきたものがそのまま通用しますが、歴史とかはそうもいかないですもんね」

「そういうこと。だからナユタの提案は渡りに船だったって訳だ。おかげで筆記試験でも好成績だったし、ほんと助かったよ」

「……申し訳ない話ですけど、あの時は正直打算で動いていましたから、お礼を言われるようなことは何もしていませんよ」

「そんなことねえよ。ナユタと一緒に勉強できたから、俺は今こうしてここにいる。……ありがとな、ナユタ」


 ふと湧いてきた言葉を屈折させずに言うと、ナユタは若干頬を赤らめて顔を逸らす。しかしすぐにはにかみながら笑って頷いた。


「……そうはっきり言われると恥ずかしいですが、まぁ一応受け取っておきます」

「……ああ、そうしてくれると助かる」


 それを言われると逆にこっちが恥ずかしいんだが、という言葉を飲み込んで、イオも少しだけ熱くなった頬を掻きながら笑った。するとナユタは大きな瞳を更に見開いてから、優し気に細めて頭の上に乗っていたイオの手を取る。


「…?」


 訳が分からずに困惑していると、彼女はお互いの手を握手の形に握り直し、数回上下に振った。


「はい! さて、それじゃあイオくん」

「ん?…ああ、そういうことか」


 彼女の意図がようやく理解できたイオは、しっかりとその手を握り直す。ナユタの手から柔らかい感触と程良い温かさが伝わってくる。


「ナユタ、これからもよろしくな」

「ええ、こちらこそ!」


 ナユタの見せた安堵と入り混じった笑顔に、イオは自然と顔を綻ばせた。

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