第五十話:ナユタの矜恃
「お姉さんが私に似ている、ですか?」
「ああ、そうだ。俺も良く分からないんだけどな。…顔立ちも背格好も声も違うのに、自分を疑わない正義感と心の強さがそっくりだからかな。……最初に大衆酒場ギンであった時に、ナユタが『自分の正義を疑わない』って言った時は驚いたもんだよ。姉さんもそれと全く同じことを言ったことがあったからな」
「そ、そうですか……」
唐突な話に、ナユタは思わず目を見開く。だがそれと同時に納得もした。
イオは度々、ナユタを懐かしそうな目で見ることがあったのだ。そしていつもその度に暗い表情を見せる。彼は上手く隠したつもりだっただろうが、ナユタにはいつからか彼の纏うその独特の雰囲気が理解できるようになった。
ナユタの呟きからややあって、イオは続ける。
「姉さんは吹雪の中で行き倒れていた俺を助けてくれた恩人で、もうこの世にはいないけど俺にとっては今でも大切な人だ」
「……」
イオの紺碧の瞳が、悲しみに揺れる。自らの感情を静めるように大きく息を吸ったイオは、落ち着き払った声で告げた。
「……ナユタには言ってなかったけど、俺は一か月前まで戦団にいたんだ。姉さんに恩返しするためにな。黙ってて悪かったよ」
イオはそう謝罪して頬を緩ませた。苦笑に近いその笑顔に、ナユタの胸がわずかに締め付けられる。
だが、彼が戦団に属していたという話は、意外にもすんなりと受け入れることができた。もう少し動揺するかとも思ったが、自分でも驚くほど平然と答えられた。もしかしたらそうかもしれないと、彼の尋常ではない戦い方や強さから薄々は感じていたからかもしれない。同年代であれだけの力を持った人をナユタは他に知らないし、彼の実力へ至るまでの経緯が生半可であるはずがないことは、これまで弛まぬ訓練で実力を伸ばしてきたナユタには容易に理解できる。
イオの苦笑に、ナユタは精一杯の優しい眼差しを返した。
「もしかしたらそうかもしれないなって思ってましたから、全然大丈夫ですよ。私もイオくんには隠し事をしていたわけですし、お互い様ってことにしましょう。……ちゃんと話してくれてありがとうございます」
ナユタはイオを責めない。むしろ自分を信用して秘密を打ち明けてくれたことが嬉しいくらいだ。
ナユタの言葉にわずかに目を丸くしたイオだったが、彼はすぐに小さく笑った。
「……ほんと、ナユタにはかなわないな。その言葉一つで、今までの胸のつかえが全部取れた気がするよ」
穏やかな笑みに戻ったイオの言葉に、気恥ずかしさを覚えて頬が高揚する。ナユタはそれを隠すように一つ咳ばらいをしながら声を発した。
「そ、それなら良かったです。……ええと、それでですね、イオくんが戦団にいたことは分かりました。でも、それと私を助けることにどのような関係あるんですか?」
照れ隠しが入ったせいで難い質問になってしまった気がしたが、質問内容的には間違っていない。イオがナユタを助ける理由が彼の過去にあるとして、イオが戦団に所属していた事実と、ナユタを助けたという行動に、一見して共通項は見当たらないように思える。
ナユタの言葉に、イオはゆらゆらと揺れる光響石の光をその紺碧の瞳に写しながら、日頃本当に静かに、ぽつりと呟いた。
「……姉さんと約束したことがあってな」
「約束、ですか?」
「ああ」
そう口にしたイオの表情は良く見えなかったが、その声音からそれが彼にとってどれだけ大切なものであるかが伝わってくる。それだけ真摯で決意の籠ったイオの声音に、ナユタは思わず喉を鳴らしてその先の言葉を待った。
しかし、イオはあっけらかんと笑うだけだった。
「あ、悪い。そういえば”何を約束したのか”はナユタにも言えないんだった」
「ええ!? どうしてですか?」
「まぁ、そういう約束だからな」
「す、少しくらいなら良いじゃないですか」
「ダメだ」
そうピシャリと言い切って、イオは珍しく首を横に振り続ける。
期待していただけに、約束の内容が明かされなかった時のもどかしさは大きい。こんな状況にも関わらずナユタは更に追いすがろうとして、
「……わかりました。やめておきます」
わずかに動いた体を止め、壁にゆっくりともたれかかった。
ナユタは胸に残ったわずかな疑問と不服さを飲み込んで、イオと同じように光響石の光を見据えて苦笑する。
「…イオくんが私に約束の内容を話してくれないのは、きっと意地悪な気持ちからではないのでしょうね」
そう呟いて、ナユタは先程見たイオの横顔を思い出した。
彼の口角は無意識の内に上がり、興奮と希望を宿した紺碧の瞳には純真無垢な少年のような輝きがあった。まだ知らぬ未来に思いを馳せているような、文句がつけられないほど晴れ晴れとしたその笑みは、ナユタが彼への追及を諦めるに足るものだった。
しかし自分でも自覚できるほど穏やかな笑みから一転して、ナユタは真剣な顔で告げる。
「それでも、これだけは言わせてください」
「ん?」
「もし私を守ってくれた理由がお姉さんとの約束だけなら、私はその関係を望みません」
ナユタはそう言ってイオに向き直り、じっと彼の目を見据える。チラリと向けらた静かな海のような紺碧の瞳を捉えて離さず、ナユタは信念を貫くために自らを厳しく律した。
イオがナユタと共に戦ってくれた理由は、彼の説明で納得ができた。イオの姉が彼にとってどれだけ大切な存在であるかは、姉の話をしてくれた彼の雰囲気から痛いほど理解できる。そして優しく姉思いである彼が、既に亡き姉との約束を違えるはずがないのだ。その内容は依然不明だが、それでも内容がナユタの守護に関係するものであることは明らかになっている。
だが、だからこそナユタの心は、このままイオと彼の姉の厚意に甘えることを良しとしない。
「イオくんは間違いなく強いです。今の私なんて及ばないほど強くて、逞しくて、そして格好いい人だと思います。もしこのままイオくんと一緒に戦うことができたなら、私は本当に嬉しいです。ですが、もしイオくんが私を憐れみ、お姉さんとの約束を果たすためだけに一緒に戦うつもりだというのなら、私はそれを受け入れたくありません。イオくんが心から望んで戦いたいと思ってくれていないのなら、その選択は間違いなく貴方を不幸にしてしまうから」
ナユタはそこで一つ言葉を区切って、改めて姿勢を正した。そしてスラリと背筋を伸ばし、意識して少しだけ強めの声音で続ける。
「ですから、これだけは聞いておきます。イオくんにとって、私とは、一体どのような存在ですか?」
その問いに、イオの瞳が初めて感情に揺れた。




