第四十九話:吐露
時は戻り、現在。
過去を語り終えたナユタは、足を抱え込んだ姿勢で座ったまま、揺れる光響石の光を見ていた。
「私は、父や母、そして兵士のみなさんの決死の足止めによって、何とか幻魔の手から逃れ、避難船に乗り込みました。そうして避難してきた先がアリシア王国で、この零層都市だったんです」
イオの顔は見ず、とにかく心の内をさらけ出す。今まで誰にも打ち明けられなかったからか、もうナユタ自身にも吐露を止めることはできなかった。
ナユタは膝に顔を埋めながら、揺れる光にかつての情景を重ねる。
「私は多くのものを失いました。誇り、家族、そして故郷。難民キャンプで配布される食事も碌に喉を通らず、次第に窶れ、全てがどうでも良くなった時でした」
ナユタは苦笑しながら続ける。
「…私の父の兄、つまり叔父にあたるヴァイゼンおじさんが、私を難民キャンプから連れ出して保護してくれたんです。そして、これはおじさん本人から聞いたのですが、あの人は私に一時的に洗脳魔法をかけて、生命維持のために必要なことを強制的に行わせたそうです」
「…えげつないやり方するな、あの学院長」
ナユタは、イオの呟きに淡く笑う。
「そうですね。でも、仕方が無かったんだと思います」
「仕方ない?」
「はい。そうでもしないと、私は多分、自分を殺めていましたから」
ナユタは自らの左腹部を抑えながら、心と体に残った傷を明かす。
「自暴自棄なった私は、難民キャンプに来た叔父さんの説得中に、持っていた剣で自分のお腹を貫いたそうです。もう自分じゃ何も覚えていないんですけどね」
「傷は?」
「おじさんと一緒にきていた、今のお母さんが直してくれました。でも、結局完全には治せなくて、傷は残ってしまいました」
今も過去の経験を思い出してしまいそうで、お風呂の時も、着替えの時も、ナユタは極力その傷を見ないようにしている。そして他人にも絶対に知られないように、これまでずっと隠してきた。
ナユタはお腹から手を離して、話を先に進める。
「とにかく、それから数か月を過ごして、私は何とか気持ちに整理をつけました。そして私の洗脳を解いたおじさんは、私を今のお母さんの元へと託したんです」
「里親ってやつか」
そう腕を組んだイオに、ナユタも懐かしい思いで頷く。
「はい。お母さんはおじさんと交流がある人で、どうしても私を引き取りたいと言ってくれたんです。キャンプにいた時の荒れた私を見ていたので、それもあるかもしれませんね」
当時のナユタは、今の穏やかさの欠片も無かったと聞いている。荒んだ目で、全てを恨んでさえいる様だったと、叔父と母は語っていた。
ナユタは静かに息を吐いて、目を閉じた。
「お母さんは、いつも私に言ってくれました。”あなたのせいじゃない”って」
思い出すのは、抱きかかえられて眠った最初の夜。
感情が擦り切れてしまって、泣く事すらできなかったナユタの目に、初めて光が戻ったあの日を、ナユタは決して忘れないだろう。
「そうやって、リディアで生活してく内に、私はどんどんと人間らしさを取り戻していきました」
次第に、目に見える景色が色づき、匂いを感じるようになり、手足から伝わる感覚は自分が生きている事を実感させるには、十分だった。
「もう辛い過去は忘れて幸せになりなさいって、リディアの人達はみんなそう言ってくれました。実際、そうできたら良いなって思いました。そうしたいなって思いました」
ナユタは、イオに瞳を向ける。心の内から湧き上がってくる強烈な使命感がナユタの瞳に炎を宿した。
「でも、やっぱり、零層都市で穏やかな時を過ごしていても、忘れられないんです」
幻魔に向かっていった母の笑顔、自らに後を託して逝ってしまった兵士の言葉、そして襲い掛かる強大な力。
ナユタは顔を抱え込んだに顔を僅かに埋めて、脳裏にあの日の光景を鮮明に思い浮かべる。
「母の最期の姿、死にゆく兵士の表情と言葉を。それを思い出すたびに、最後の王たる私は、戦わないきゃいけないんだって、逃げちゃダメなんだって、そんな事ばっかり考えてしまって」
王の子を守る、そのために散っていった兵士や母。ナユタは自分にそれに報いる責務があると、全てを背負う覚悟で生きて来た。
「私のために亡くなった人達の魂は、きっと私を見ています。私、分からなかったんです。そんな人達に、どうやって贖えばいいのか。でも、みんなと同じ行動をすれば、赦してくれるんじゃないかって、みんな報われるんじゃないかって思ったんです」
それだけが、ナユタにとっての正解だった。
イオはナユタの言葉に、半ば納得した様子で頷いた。
「なるほどな。だから、ああ言い切れたのか」
それが、ナユタを守る為に、彼女の愛する者達がした行動だったから。
「はい。もう私は、そうやって自分だけ生き残って、後悔したくない。だからその時撤退部隊の支援に行きたいと思ったんです」
そうやって生き残ってしまう苦しみを誰よりも知ってしまったが故に。ナユタ自身が自分をこれ以上責めないためにとった防衛行動、それがこの無鉄砲さだったという訳だ。
全てを語り終えたナユタはようやく長く息を吐く。様々な感情が浮かび、胸の中にふわふわと停滞するが、その殆どが言葉となる前に霧散した。しかしその中で一際強く光を放った、ふと浮かんできた疑問をナユタは口にした。
「……あの、この際だからお聞きしておきたいんですが、どうしてイオくんはここまでして私を守ってくれたんですか?」
現状における最大の疑問に、イオは眉間に皺を作りながら答える。
「…何でって、それは戦いが始まる前にも言っただろ? ナユタと約束したからだって」
意外そうに肩眉を吊り上げるイオに、ナユタは撤退部隊の支援に入る前の記憶を辿る。確かにイオはフッキの部隊を一緒に離れる前に、ナユタと交わした約束について言及していた。しかし今のナユタはそれだけで納得できるほど追い込まれてはいない。
正直に言えば、あの時はイオにも一緒に来て欲しいという思いがあったのだ。それは戦力的な意味でも、精神的な意味でも、彼の存在はナユタの中で大きすぎた。だが彼を負傷に追いやってしまった現状、ナユタにははっきりわかっていることが一つだけあった。
「約束って言っても限度がありますよ」
それはイオとナユタの間で交わされた約束が、明らかに効力を発揮しすぎているという点だ。
「私がお願いしたこととは言っても、あれはあまりにも危険な行動でした。あの時は正直興奮していたのでそこまで疑問には思わなかったんですけど、イオくんならあの行動がどれだけ危険であるかは分かっていたはずですよね? ただの約束だけで自分の命を賭けるなんて、普通の人ならできませんよ」
あの状況はどうみても命を賭ける必要があった場面だ。何年も前から戦場を生き抜いてきたイオがその判断を誤るはずがない。彼がなぜ自分と共に来てくれたのか。何が彼にそこまでさせたのか。それだけがナユタには分からなかった。
ナユタの問いに、イオは少しだけ驚いたように目を見開いて、それから珍しく過去を追想する様な眼差しになって答えた。
「…ちょっと、思うところがあってな」
「思うところ?」
「…まぁな」
彼の言葉に含まれる意味が分からずに聞き返すと、イオはしばらく思案してからバリバリと頭を掻いた。
「まぁナユタも話してくれたからな。今度は俺の番か………俺に姉さんがいたってことは、さっき話したよな」
「はい。お姉さんの仇を討つ為に、イオくんは力を求めていると…」
ナユタは肯定の言葉を返す。それは、つい数時間前にイオから聞いたばかりの話だ。
イオはナユタを真っ直ぐと見据えて、どこか遠くを見据えながら続けた。
「姉さんの名前はカレン。……姉さんは本当に優しい人だったんだ。『誰かの役に立ちたい』っていうのが口癖なくらいお人好しでな。それに、どうしてかは分からないけどナユタに良く似てる」




