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滅尽のイオ~災厄の力と鍵の少女たち〜  作者: るなーるべると
王国邂逅編:第一章『少女、名をナユタ』
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第四話:和解

「…私は自分の正義を、決して疑いません」

「は?」


 素っ頓狂な声を上げる男。

 しかしイオは、彼とは違う角度からの驚きで店を出る足を止めた。

 知っている。イオはその言葉を知っている。

 思わず振り返って少女を見ると、彼女は再度息を吸って、毅然とした態度のまま続けた。


「私の正義とあなたにとっての正義、それが違う以上話は平行線です。しかし私は、人類の心の中には絶対の正義があると信じています。でも、それはきっと誰にも理解されないでしょう。ですから…」


 ナユタは静かに腰を落とした。明らかな戦闘態勢。男が低く嗤う声。


「…良く分からねえが、俺達と戦うってことでいいんだな」

「…」


 無言を貫く少女の態度が、その白銀に近い髪が、そして優しさの中に確かな意志を感じさせるその面立ちが、自らが良く知る人物と重なってイオは目を丸くした。


「…似てる」


 そして一人心地に呟く。


「…まさかな」


 イオの脳内を過去の記憶が駆け巡りかけたが、それは形となる前に霧散した。


「んじゃ、さっさと落とし前つけさせてもらおうか」


 男の邪な声音が、店に響く。

 それを聞いたイオは、どうしても少女を見捨てる気にはなれず、静かにため息を吐いて男達の背後から歩み寄った。

 そしてふわりとその場に現れたイオは、驚愕に喘ぐ仲間達を無視して、今にも剣を振りかぶりそうな男の肩を叩いた。


「あぁ? なんだぁ?」


 気だるそうな声を上げた男は、困惑と驚きを内包した表情を浮かべた少女から視線を切って振り返る。

 そしてイオを視界に留めると、訝し気に目を細めた。


「どうした坊主? 俺は見ての通り今忙しいんだが、何か用か?」


 男の言葉に、イオは再度小さく嘆息して、その肩から手を離して答える。


「あんたが失った商品ってのは、具体的にはどのくらいの値段だったんだ?」

「あ? んでてめぇにそんなこと…」

「いいから」


 イオはそう言って魔力を昂らせる。常にイオの魔力回路を巡っている莫大な量の魔力、その片鱗が解き放たれる。

 やがてそれを知覚したらしい男は、瞳孔を見開きながら、だらっと汗を滝の様に流しつつ答えた。


「…五百万リアだ。移民系のガキどもだったから、それなりの値段が」

「分かった。もう良い」


 イオは皆まで言わせずに、静かに男の言葉を遮ってポケットに手を突っ込む。

 彼にも事情があることは理解しているし、奴隷売買という商売が世界中に莫大な利益をもたらしていることから、その必要性もある程度は理解している。しかし貧しい環境で育ったイオにとって、弱者を支配する構図の奴隷売買の話は聞いていて心地の良いものでは無い。彼が失った財産、それがいかほどかを知れればそれで十分だった。

 イオは魔力を霧散させると、ポケットから一つの勲章を取り出して、それを弾いて男に渡した。銀製で、中央に複雑な紋章が刻まれたメダルを手に取った男は、眉を潜めて首を傾げる。


「これは、なんだ?」

「戦団組合発行の討伐手形だ。それを組合に持っていって、現金に交換してもらってくれ。最前線の強力な幻魔の討伐手形、きっと六百万はいく筈だ」


 訝し気な視線を向けてくる男に、イオは肩を竦めて驚愕したままの少女に目を向ける。


「だから、彼女をこれ以上困らせないでくれ。あんたらの商売を邪魔した事は、俺が代わりに謝るよ。…手数料としての百万リア。決して悪い話じゃねぇだろ?」


 その言葉に、男は熟考する様にメダルを見つめた。

 それからしばらくして、男はメダルを無造作にポケットへ放り込むと、剣を鞘に戻して部下達に合図を出す。

 一斉に得物を収納した部下を引き連れて店を後にしようと歩き出した男は、すれ違い様にイオに視線を向けて来た。


「…もしこれが偽物だったら、そん時は覚悟しとけよ」

「まぁ、その状況も見てみたいけどな」


 最後の最後まで一切の恐怖を滲ませなかったイオ。そんな態度を感じ取ったか、男は舌打ちして再び歩き出した。


「…ちっ、こんな所に化け物がいたとはな」


 最後の最後に放たれた言葉はしっかりとイオの耳に届いていたが、もはや聞きなれたその言葉に、イオは一々反応しない。

 ぎぃっと鳴くような音を立てる店の扉から出ていった男達を見送って、イオはすっからかんになってしまったポケットに手を突っ込んだ。

 勢いで渡してしまったが、あれが前線から持ってきた最後の討伐手形、つまりイオの全財産だった。これでは酒場で飲み食いすることも、宿に泊まることもできない。

 どうしたものかと考えていると、今まで唖然と口を開けたまま立ち尽くしていた少女が、我に返った様にイオに近づいてきた。


「な、何してるんですかあなた! いきなり出てきて、危ないじゃないですか!」


 開口一番そう言って唇を尖らせている少女に、イオは無言でデコピンを喰らわせた。


「な、何するんですか!」


 額を抑えて少女は抗議するが、イオはただ目を細める。


「…せっかく助けてやったのに、一言目がそれか?」

「私は別に助けて欲しいなんて…」

「ああ、はいはい。分かったよ。余計なことして悪かったな」


 そう突っかかってくる少女を軽くあしらいつつ、しかしイオは事実を述べる。


「でも、あのまま戦いになってたら、この店巻き込んでただろうが」


 イオにはそう言い切れる。

 というかそもそも、事態が急転した時点で客が逃げており、その際に商品の代金など置いていく余裕がある人間などいない為、当然大赤字だ。その点に関して言えば、店は既にこの騒動に巻き込まれたと言える。

 がらがらになった店内を見回して、そのことにようやく思い至ったのか少女はぐっと喉を鳴らして頷いた。


「…それは、確かにそうですね……」


 現状を認識した事で、ようやく落ち着きを取り戻したらしい少女を、イオはやれやれと肩を竦めて見据えた。


「あんたはここの常連なんだろ。だったらもう少し、身の振り方ってのを考えた方が良かったんじゃないか?」

「…」

「別にあんたの正義を否定するわけじゃねえけどな。あんた一人にできる事には限界がある。たった一人で、奴隷商人全てを敵に回すつもりかよ」

「でも私は、やっぱり許せないです。あんな商売」


 相変わらず頑なな少女に、イオはとうとう苦笑した。

 彼女の強情さに自分が折れたのか、それとも別の理由があったのかは分からない。しかしイオの彼女に対する印象は随分と変わっていた。

 彼女の言葉には、イオも同意できる部分がある。


「まぁ、見ていて気分が良いもんじゃないのは確かだよな」


 イオは静かにそう言うと、ポーチから毒々しい赤色の棒付飴を取り出して、口に含んだ。

 そしてカウンターの向こうから、驚いた様子でこちらを見ていたユリナに向き直って、軽く頭を下げる。


「…すみません。お騒がせしました。今日は大変そうなんで、また明日来ます」


 イオの声でようやく我に返ったらしいユリナは、はっとした様子で頷きを返してきた。


「分かったわ。せっかく来てくれたのに悪かったわね」

「いえ、それじゃ」


 イオはそれだけ言って店を後にしようとする。

 結局金は全て渡してしまったし、もはや滞在した所で飲み食いできないという理由もあった。

 これからどうしたものか。イオが再度静かにため息をつくと、その背後から、とことこと誰かが追いかけてくる気配があった。

 店の扉に手を掛ける直前に、イオに声が掛かる。


「…待ってください」


 振り返ると、そこには複雑そうな表情をした少女がいた。

 随分と大人しくなった彼女を見て、普通にしていれば可愛いい女の子なんだけどな、とイオは肩を竦める。

 引き留めた割には、いつまで経っても少女が何も言わないので、イオは痺れを切らしたように頭をガリガリと掻いた。


「なんだ? まだ何か用か?」


 先ほどの口喧嘩から得た教訓からイオが精一杯感情をコントロールした声音でそう言うと、少女は意を決した様にイオを見据えて来た。

 頬は高揚し、目は朝陽を受けた大海の様にキラキラと輝いている。見つめていたらそのまま吸い込まれてしまいそうな瞳に、イオが思わずぎょっとすると、少女は意外な行動に出た。

 彼女は美しい所作で深々と頭を下げると、


「…ご迷惑おかけしてしまってすみませんでした。それにあなたを侮辱するようなことを沢山言ってしまって、本当にごめんなさい」


 先程の軽い謝罪からは想像もできないほど真摯な声音で言った。

 正直驚いた。イオの中で彼女の印象が、また一つ大きく変わった。しっかりと謝ることができる人間は珍しい。皆何かと自分の非は認めたがらないものだ。恥ずかしいことではあるが、イオ自身もまだまだ子供なのでそういう気持ちは強い。

 だからこそ、イオは自分と大して歳も変わらないであろう彼女が、自分の非を認めて心からの謝罪を述べることができる姿に驚いたのだ。

 イオが僅かに目を見開いていると、少女は頭を上げて続ける。それもとびきりの笑顔で。


「それと、騒ぎを収めてくれてありがとうございました。お店には既に迷惑が掛かっちゃいましたけど、これ以上の騒ぎにならなかったのは、あなたのおかげです……ですからその、お金については……今は持ち合わせは無いんですけど、絶対に返しますから、少しだけ待ってください。すみません…」


 最後に申し訳無さそうにはにかんだ少女の声に、もう先ほどの様な敵対心は感じられなかった。

 思えばイオにも謝らなければならない事は多くある。そもそも彼女を最初に挑発したのはイオだった。それにも関わらず、少女は謝ってくれたのである。いつまでも意地を張っている訳にはいかないだろう。

 そのことに気が付いたイオは、少女に右手を差し出して微笑を浮かべた。きょとんとしたまま首を傾げている少女に、イオは静かに名乗った。


「俺の方こそ感情的になって悪かった。……俺はイオ。あんたの見た通り、学院合格を目指して勉強中の十五歳。あんたの正義、俺も嫌いじゃないよ」


 そこでようやくイオの行動の意味が分かったらしい彼女は、「あ!」と嬉しそうにその手を取りながら、その瞳の様に透き通った声で答える。


「ナユタです! イオくん、これからよろしくお願いします!」

 

 ナユタの手から伝わる体温は心地良いものだったが、いつまでもそうしている訳にもいかないので、イオは丁度良いタイミングを見計らってその手を離した。


「ま、しばらくの間よろしくな。ナユタさんはいつもここにいるんだろ?」

「はい。勉強はここでやらせてもらってます。それと、ナユタでいいですよ。さん付けされると、何だかこそばゆいので…」


 そう言った少女は、会った時と同じようにえへへと笑う。しかし、イオはもうその姿に苛立ちを覚える事は無かった。

 「分かったよ」と自然な笑みを返したイオは、それから踵を返しつつ横目で答えた。


「正直金については、まぁもう気にしなくて良いんだけど……ナユタはそういう訳にもいかないんだよな?」


 イオであれば、あの討伐手形は前線に戻ればまたすぐに入手できる。だからもう気にしてすらいないのだが、生真面目そうな彼女からすればそうはいかないだろう。

 そう思って視線を送ると、案の定ナユタは決意の籠った表情で何度も頷いていた。


「はい! 六百万リア…すごい大金ですけど、お金は絶対に返しますから!」

「…相変わらず自分の意志は曲げないんだな」

「もちろんです! 私は受けた恩はしっかりと返しますから!」


 健在の強情さにイオが苦笑すると、少女、ナユタは満面の笑みを浮かべてイオに拳を突き出してきた。

 イオは彼女と自分の拳を合わせながら、久方ぶりに穏やかな声で答えた。


「…そうかよ。まぁ、じゃあ気長に返してくれ」


 第一印象は最悪、第二印象はそれを大きく塗り替えるほどの好感。

 これがナユタとの出会いだった。

 しかしイオは知らなかった。彼女との出会いが、彼の人生を大きく変えていくことになることを。

ひと悶着ありましたが、何とか和解しましたね。良かった良かった。

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