第四十七話:無鉄砲
洞窟はイオの見立て通り、奥はかなり広い。
縦横十メートルほどの広さがあり、酸素が無くなる心配も無い。それに加えて水源があり、休息にはもってこいの立地であった。
光響石の灯りに照らされながら、空になった浄水フィルター付ボトルに水を汲んでいたナユタは、横になっているイオを見やる。
先ほどから声も出さず、静かに目を閉じている彼の傷は、ナユタの回復魔法と応急処置の甲斐あって、ある程度まで塞がっていた。
しかし、失われた体力と血液までは戻らない。そんな状態の彼にはもちろん、ナユタにも休息が必要だ。
二人分のボトルに水を入れ終えて、ナユタは安堵から一つ息を吐いた。
ここならば幻魔に見つかる心配もない。体力と魔力が回復するまでは大人しくしておこうと決めたナユタの背後から、声が掛かる。
「なあ、ナユタ」
「…なんですか?」
唇を結んでから、ナユタは振り返らずに呟いた。
自分の弱さで、彼を危険に晒してしまった。ナユタは改めで自分の行動を振り返り、その責任を感じていたのである。
何があっても、振り返る事はできない。彼にどのような顔で接したら良いのか、ナユタは分からなかった。
「俺なりに考えてみたんだけど。おまえってさ、やっぱり無鉄砲だよな」
「ななな!」
しかし、突然繰り出されたイオの罵倒に、状況も忘れてナユタは憤慨して振り返る。
「いきなりなんです……か」
そして一言物申そうとしたが、こちらを向いていたイオの力強い瞳に押されて、感情が霧散した。
寝ころんだままのイオの口が、ゆっくりと動く。
「あの状況で殿を務めようなんて考えるなんて、そう言われても仕方ねえだろ」
彼はそう言うと起き上がって、近くにあった上着を羽織った。ナユタは彼の一連の動作を眺める。
確かにそれはそうだが…。彼に何と言おうか思案するナユタの返答を待たずに、イオは言葉を続けた。
「ここまで一緒に過ごしてきて、俺はナユタの色んな所を見て来た。怒ったり、喜んだり、悲しんだり、それできるナユタは、俺から見たらやっぱり普通の女の子なんだよ」
そう言われると何故だか自分も、イオという人間を、今一度見つめ直してみたくなった。彼と出会ってから約一か月近くが経つが、ナユタはイオをどこまで理解できているのだろうか。
精神武器は使えないが戦闘には長けていて、歴史は苦手だったが何かと物知りで、軍の作戦会議でも自分の意見を真っ向から主張できる豪胆な男性。自分が彼に関して分かっているのは、その程度の事だ。履歴書を見れば分かる様な、そんな上っ面なことだけ。
結局、自分は彼の上辺しか見えていなかったのかもしれない。いや、見ようとしていなかったのかもしれない。彼がどんな人間なのか、自分は知ろうとしていただろうか。
ずいぶんと散漫になった思考は、イオの続く言葉で収束する。彼は、ナユタの核心に迫る言葉をただ淡々と言い放った。
「それなのに、その実俺以上に人の死に敏感なのは、なんでかなって思ってな」
「人の死に敏感? 私がですか?」
思いもよらない彼の言葉に首を傾げると、イオは苦笑して告げる。
「だってそうだろ。さっきだって中央軍が撤退するだけなら、後方支援まで回らなくて良かったはずだ」
正論だ。あの後方支援は、中央軍撤退のためではない。後に森へ逃げて来るであろう左右の軍の援護だ。他の部隊の撤退を支援できる状況ではなかったあの場において、ナユタの判断はイオからすれば不思議と思われても仕方ないだろう。
ナユタはイオの鋭い指摘に、ぐっと喉を鳴らしながら答える。
「それは…後方支援が二次作戦の成功率を上げると…」
「ああ、それな。確かに正論。けどそれだけじゃないだろ」
ナユタの反論を、イオは大きく頷きながらもバサッと切り捨てる。その後で、余りに真摯な声音と、真っ直ぐな瞳で続けた。
「ナユタ、おまえ俺に何か隠し事しようとしてる時、絶対険しい顔して反撃してくるからな」
その言葉に、ナユタは目を丸くする。
「そ、そうですか?」
「これだけ一緒に居れば、少しは癖も見えてくる。それにな…」
イオは得意げに鼻を鳴らして、それから少しだけ溜息が混ざった声音で続けた。
「…誰かが困っていたら迷わず助ける。助けられる命があるなら、無茶だと分かっていても突っ込む。勝てない相手でも、誰かを守る為なら絶対に戦う。ナユタはあの時、そう言ってただろ。そんなの、人の死を誰よりも嫌ってなきゃ言ええねえよ」
その言葉に、ナユタは目を見開いた。
それはかつてナユタがイオに告げた言葉であり、イオがナユタの無茶な行動についてきてくれる理由でもあった。
呟いたイオは、少しだけ過去を、数週間前のあの頃を思い出しているような雰囲気を纏って、水面に映る光に目を向けた。
「…私は自己犠牲の塊。そう言ったのはナユタだろ?」
そう言いながら、彼は何かを思い出すように目を閉じ、そしてゆっくりと開く。そうしてナユタに向けられたその瞳には、確かな意志が宿っていた。
「…はい、そうですね」
ナユタは手に持っていたボトルのキャップを締めながら頷く。
イオの紺碧の目には、何故だか抗えない。
「俺は、ナユタがそうまで言う理由が知りたいんだ」
ナユタはボトルを置いて、真っ直ぐに彼女を見据えてくるイオを見返す。
「俺はナユタを守るって決めた。だから、俺は知っておきたいんだ。ナユタが、何のために命を使おうとしてるのかをな」
その瞳にあるのは、相手をより深く知りたいと思う、純粋な感情だった。
そんな瞳を見てしまっては、彼を巻き込んでしまった身であるナユタは、沈黙を保つことはできなかった。
「…そうですね、もう、こんな状況になってしまいましたけど、今、言うべきなのかもしれません」
彼女は心の中で、ある一つの決心をした。自らの過去を、彼に打ち明ける決心だ。
だから、ナユタは言う。
「イオくんには、あなたには知っておいて欲しいから、伝えておきます。私にどんな過去があるのかを」
それから深呼吸をして、ナユタは自らに秘められた過去を語り始めた。
「…私の本当の名前は、ナユタ・レーベルテ。かつて世界有数の強国として栄えた、レーテ王国最後の王女です」
天井から落ちて来た水滴が水面に落ちて、今度はナユタが懐かしい情景を思い出した。




