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滅尽のイオ~災厄の力と鍵の少女たち〜  作者: るなーるべると
王国邂逅編:第五章『予想外の強敵』
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第四十五話:異常事態

 押し寄せる幻魔の群れ。想像を遥かに凌駕する暴力の濁流に、一般兵達は成す術がなかった。幻魔の群れは続々とリスティア湖に進入し、その最後尾で咆哮する不死鳥の幻魔の攻撃は一撃で小隊を壊滅させる。

 左右の戦場から逃げてきた者達が合流するリスティア湖北部は、まさに阿鼻叫喚の地獄だった。


「なんだよあの幻魔! あんなの見たことねぇぞ!!」

「俺らの敵う相手じゃねぇ! 指揮官だって撤退してんだ! 俺らがここに残る意味なんてねぇだろ!」

「だからって逃げられるかよ! ここで幻魔を食い止められねえなら、零層都市リディアは間違いなく滅びる!」

「じゃあてめぇはあれに勝つ作戦を考えられるのかよ!」

「…それは!」

「ここは一度撤退するんだ! こんなとこで命落としても仕方ねぇだろ!!」

「…だが、俺は戦うぞ!」

「あっ! おいっ! 待てって!!」


 一人の兵士が飛び出し、幻魔に向かっていく。


「うおおぉ!」


 叫んだ兵士は腰に差した剣を抜き放ち、袈裟切りを繰り出す。しかし、それは牛型の幻魔の薄皮一枚を切り裂くに終わった。兵士の顔が絶望に染まる。


「嘘だろ…」


 精神武器(ガイズ)であれば間違いなく幻魔を両断しえた一撃だろう。精神武器(ガイズ)はそれ自体が幻魔の肉体を容易く切り裂く武器であると同時に、使用者の身体能力を格段に引き上げる能力がある。端的に言えば、精神武器(ガイズ)を使用すれば本人の技量関係なしに、力だけで幻魔の鋼のような肉体を破壊できる。これが通常の武具と精神武器(ガイズ)決定的な差であり、各国が精神武器(ガイズ)使いの育成に取り組んでいる理由だ。熟練の兵士一人を育てる間に、精神武器(ガイズ)使いを数人育てた方が、遥かに費用対効果が良いに決まっている。

 しかし、精神武器(ガイズ)が使えないこの場においては、それは逆効果となった。技を磨くことを忘れた兵士が、生身で幻魔に適うはずもない。

 幻魔の突撃が兵士に繰り出される。


「うわああぁぁ! 来るなぁ!!」


 兵士は必死に剣を振るが、それで幻魔の突撃が止まるはずもない。

 ついに幻魔の猛突撃が兵士に突き刺さる、かと思われたその時。

 尻もちを着いて後ずさる兵士の背後から、紫白色の閃光が走った。


「イオくん! 援護しますので頼みます!」


 彼女はそう言いながら、襲いかかる幻魔の突撃を進化聖剣(フェード)の剣腹で受け流して、幻魔の体勢を崩させる。


 しかし、それだけだ。

 彼女は攻撃を受け流す事に注力したため、攻撃できていない。だが彼女は全く問題ないことを知っているかのように、その場を離脱した。


「任せろ」


 そんな声と共に、イオは魔力を大量に放出する。

 体が軋み、悲鳴を上げ、全身を神経が焼かれるような痛みが走る。しかし、イオはそれを止めない。それどころか、更に多くの魔力を放出し、青白い光を全身から放った。


風神剣アペリオス


 そう口にすると、放出していた魔力が魔術へと変化する。そして、それはイオの体を”規定通り”に突き動かした。


 辺りの木々を激しく揺らす程の突風が吹く。


 風の如くその場を駆け抜けたイオは、圧倒的な密度の風を纏った剣で、幻魔を綺麗に八等分した。

 尻もちを着いて唖然としたままの兵士の仲間達が次々に駆け寄ってきて、華麗に危機を救った二人に目を見開いた。


「なんて速さだ…」

「二人目なんて視認できなかったぞ。何者だ?」

「兵士じゃないってことは探索者か? いやしかし、支給品の装備着ているしな……」


 口々に二人の観察結果を報告し合う兵士達。イオはそんな彼らに目もくれず、魔力探知に集中する。


「…とりあえず、これでこの群れは全滅だな」


 肩で激しく息をしつつ呟いたイオに、ナユタが駆け寄る。

 彼女は口の端から血を零すイオの背中を擦った。


「大丈夫ですか? イオくん、さっきから魔力を使いすぎですよ」


 魔力を一気に使いすぎると、その放出に体が耐えきれずに破壊される。本来魔力というものは、体内から体外へ放出される際に、その変換過程で不可視の光線を発する。それがあまりにも多いと可視光を伴うのだが、それは間違いなく体へ負担を強いるもので、イオは先程から何度か可視光を発生させる程の魔力の大出力をもって幻魔の攻撃を防ぎ、攻撃にも転用してきた。

 ナユタはそう言って苦い顔をする。常識に照らし合わせれば異常とも言えるイオの戦い方を脳裏に思い浮かべているのだろう。


「一度ですら神経を焼かれるような痛みを伴う、魔力の大放出。それを何回もやるなんて、正気の沙汰とは思えません」


 ナユタには、そのダメージが少ないはずがないということが、容易に想像ができているようだった。

 実際、あまりに多用しすぎると皮膚下にある魔力変換組織が破壊されてしまうが、この技を多用しているイオにとってはまだ許容範囲内である。

 口から血が出たのは、ただ単に皮膚が薄いからだ。大したダメージでは無いと言い自分に言い聞かせて、イオは冷や汗を流しながらも、平然と言葉を返す。


「こっちの方が、消費量の多い魔術を短時間で使えるからな」

「そうでしょうが、それにしたって…」


 言葉はすぼみに消える。

 きっとイオに何を言っても仕方ないと悟ったと見える彼女に、今度はイオが目を向けた。


「それに…それはナユタも同じだろ。戦闘開始時から、ずっと魔力削ってんじゃねぇか」

「それはそうですけど、私のは継続的に少しずつですからね。イオくんみたいに一気に大放出はしてませんから、大丈夫です」


 恐らく嘘だろうとイオは思う。

 彼女は五分が力を振るえる限界だと言っていた。既に戦闘が開始してから、四分を経過している今、彼女は魔力の大量消費に伴う喪失感を味わっているはずだ。しかし、ナユタ自身にそう言われては、同じように強がっているイオも頷かない訳にはいかない。

 

「…まぁ、そういう事にしとくさ」


 汗を流すナユタに、イオも額に脂汗を滲ませる。そして万全とは言い難い表情で、含んだ棒付き飴を口の中で転がしながら、小さくそう答えた。

 数秒の時を置いて、どうすれば良いか困っている兵士たちに、ナユタが声を飛ばす。


「幻魔はあらかた片付けました。みなさんは森の南西方向へと撤退してください! フッキ指揮官は拠点で、”あの幻魔”に対抗するための軍を再編成するつもりです!」


 ”あの幻魔”が指し示す所を理解したのだろう。兵士達は瞳に僅かながら生気を取り戻したようだった。

 イオは納得する。先程からナユタは何度か同じように兵士を助けてはその一点を強調していたが、それは兵士達の士気を少しでも上げようとしての行動だったのだろう。既に人を導く才能を開花させているナユタを、イオは驚きをこめて見据える。しかし帰ってきたのは、そんな事を全く自覚していないような、純粋な澄んだ青色の瞳だった。

 兵士達がぞろぞろと動きだす。


「り、了解です!」


 そして彼等は何故か、次々にナユタへ敬礼すると、その場を去っていった。

 その背中を見送っていたナユタは、ゆっくりと振り返ってイオに手を差し伸べる。


「さて、私達も戻りましょう、イオくん。これで後方支援も終わりですからね」


 ナユタは事前に部隊のあらかたの配置を把握していた。その彼女が言うならば間違いないだろう。

 イオはわずかに緊張を解いて呟く。


「ああ、そうだな。ずいぶんと振り回されたもんだが、やっと戻れる」


 そして、意地の悪い笑み浮かべて彼女の手を取ろうとした、その時だった。

 ナユタの背後で倒れていた、二体の小鬼型の幻魔が、ガバっと立ち上がり、同時に彼女に斬りかかった。


 それを正面で見ていたイオは悟る。

 ナユタの速さでは、幻魔達の決死の一撃を迎え撃つことは難しい。

 イオは瞬時に動く。


「後ろだ!」

「しまっ……」


 イオの叫びに、ナユタは焦った様に剣を持ち上げる。しかし、それでは間に合わない。イオは彼女の背後に立ち塞がりながら、幻魔の攻撃を迎え撃つ構えをとった。そのまま即座に一閃した剣は、不気味な紅の光を放ちながら左の幻魔に向かっていく。そしてそれは間違いなく幻魔よりも素早い一撃だった。


 イオの剣が、幻魔の首を跳ねる。首から上が無くなった幻魔は、一瞬の硬直の末に血を吹き出しながら崩れ落ちた。

 しかし、幻魔が二体同時に行動したという事実が、イオに重くのしかかる。二体目の幻魔を視認したナユタは、悲鳴のような声を上げた。

  

「もう一体!?」

「ナユタ、避けろ!」

「あっ…」


 イオの声がナユタに届くと同時に、幻魔の剣が無慈悲に、そして無造作に振り下ろされた。

あけましておめでとうございます。元旦から慌ただしい日々が続いている本年ですが、本作品が少しでも皆様に寄り添えることを願っています。本年もよろしくお願いいたします。

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