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滅尽のイオ~災厄の力と鍵の少女たち〜  作者: るなーるべると
王国邂逅編:第五章『予想外の強敵』
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第四十三話:月光

 曇天の下、鬱蒼と生い茂った木々によって僅かな光も遮られた、薄暗い林道を撤退部隊が駆け抜けていく。


「はっ…はっ……」


 部隊最後尾で二度三度、強く息を吐いて乱れた呼吸を無理やり整えたナユタは、凄まじい速度で過ぎ去っていく左右の景色に見向きもせず、後方から迫りくる幻魔達に視線を送ってそう呟いた。

 

 イオが囮となって不死鳥型幻魔の攻撃から部隊を守り、撤退のための時間稼ぎをしてくれた甲斐あって、部隊はなんとか森の中を進むことができている。それに、なんと昏倒状態にあった指揮官フッキが意識を取り戻して戦闘復帰を果たしたのだ。彼は復活後すぐに部隊の指揮を執り、勇猛果敢に幻魔を打ち破り続けていた。さすがに軍の大将というだけあって、それなりに倒しているつもりのナユタよりも早い速度で幻魔を倒し続けていた。彼の行動によって士気が上がり、部隊はぎりぎり幻魔の攻撃を耐えつつ森の中間地点付近まで進むことができている。

 イオの奮闘が無ければ部隊はすでに幻魔に壊滅させられていただろう。そう考えると彼のもたらした戦果は非常に大きい。

 しかしナユタはわずかに目を眇めて、撤退部隊の誰もが感じていた想定外の現状を分析する。


「……イオくんが時間を作り、フッキ指揮官が本調子に戻ったとはいえ、幻魔の追い上げが凄まじいですね」


 そう、イオがもたらした戦果が帳消しにされかけるほどに、幻魔の追撃が予想以上に素早かったのだ。それに幻魔を倒せど倒せど、次から次へと似た様な幻魔が部隊を後方から襲い続けている。

 ナユタは後方を見据えて、つい先ほど撃退したものと同じに見える、スピードに特化した幻魔達が森を駆け抜けてくるの視界の端に捉える。それから必死に撤退する部隊に目を向けて一つの決断を下した。


 走りながら、ナユタは再度大きく息を吸い込んで、部隊最前線にいるフッキに届くように声を張り上げた。


「フッキ指揮官! 私は後方支援をしてから合流します! 部隊を任せます!」


 森に入ってからなんとか追撃を逃れることができているとはいっても、幻魔はジリジリとその距離を詰めてきている。とにかく時間を稼がなくては、この部隊の撤退は難しくなる。

 そう判断したナユタの言葉にすぐさま反応したのは、フッキではなかった。


「ナユタ君ダメです! ここでは精神武器ガイズが使えない! 一人で残っても先は無いとわかるでしょう! 今は一度引かないと!」


 比較的ナユタの近くにいたリンカーンが、走りながらナユタに近づいてきて極めて真剣な顔で告げる。

 ナユタとしても、リンカーンの言い分は良く分かる。一人で残っても何ができるかは分からない。だがナユタはきっぱりと首を横に振った。


「それはできません。リンカーンさんも分かっているはずです。統率のとれた幻魔の群れがすぐそこまで迫っています。このまま背を向けて逃げているだけでは、拠点に辿り着いて軍を再編する前に全滅です。誰かがやらなきゃいけないんです」


 先ほどイオが彼に述べたものと同じ台詞にしたのは、彼がイオの声を受け入れた前例があるからだ。ここで彼が合理的な判断を下せるように、ナユタはイオの前例でリンカーンの逃げ道を塞いだのだ。


「しかしっ…それではナユタ君が……」


 それでもナユタを死地へは送り出せぬと押し黙るリンカーンに、ナユタは撤退に手一杯の兵士達を見やって続ける。


「万全な体制で戦えるのは、正直言って私くらいですから。私が適任なんです」


 ナユタは自惚れでも悲観でもなく、ただ客観的に告げた。

 事実としてその事を正しく認識しているからか、リンカーンが再び押し黙っていると、ナユタの隣に、走る速度を若干落とした一人の少年が並んだ。

 ナユタは少年の横顔を見上げて、首を傾げる。


「どうしたんですかイオくん? みなさんと一緒に避難を…」


 隣に並んだのは、誰あろうイオであった。魔力を殆ど失いながらも、残された力で幻魔を圧倒する彼が居れば、部隊は絶対に守り切れるという自信があっただけに、ナユタはイオの突然の行動に驚いた。

 そんなナユタに、イオは大きくため息を付いてからデコピンを喰らわせくる。ぺしっという音がして、僅かな痛覚と共に赤くなった額を抑えながら、ナユタは抗議の声を上げた。


「痛っ! い、いきなり何するんですか!」


 あまりに突然の暴力に困惑していると、イオがぐいっと顔を近づけてきて言う。


「なに言い出してんだナユタ。あんな幻魔の群れに一人で突っ込んでたって何もできねえだろうが」


 びしっと指を指されて、ナユタは一瞬だけ怯む。それは先ほどリンカーンにも言われたことで、実際のところは正しい。自分の力と現状を客観的に分析すれば、実戦経験が浅いナユタにもそれは理解できる。だが、状況を客観的に見ているからこそ、ナユタはここで誰かが残る必要性を強く主張した。


「でも! このまま背を向けて走っていては、いつか絶対に追いつかれます! イオくんだってそれは分かってるでしょう?」


 自分よりも明らかに実戦経験があり、ここに至るまでに最適解の行動をとり続けたイオだ。自分程度に理解できることが解らないはずがない、そう思いを込めた瞳でじっとその紺碧の双眸を見据えると、ややあってイオはその目を部隊に向けて静かに頷いた。


「…ああ。まぁな」

「それなら…」


 どうして認めてくれないのか、そう言おうとしたナユタを、イオは淡い笑みを含んだ声音で遮った。 


「勘違いしないで欲しいんだが、別にナユタの行動が間違ってるって言いたい訳じゃねえよ。どうせ止めたってナユタは止まらねえだろうしな」

「え?」


 戦場に似つかわしくない爽やかな声に、ナユタの口から素っ頓狂な声が漏れる。

 その反応が面白かったのか、イオは僅かに肩を震わせて笑った後で続けた。


「俺が言いたいのは、それなら一人で残ろうとするなって話だ。俺も部隊を守るためには殿が必要だって思ってるけど、ナユタが一人でその役を担う必要はねえだろ?」


 イオの目が優し気に揺れて、ナユタは彼の言わんとしていることを直感的に理解した。

 彼はナユタが一人で残ることを良しとしていない、つまりもう一人の者とナユタ、合計二人で殿を務めることを提案しているのだ。


「それは、つまり……」


 驚きと共に放たれた声に、イオはやれやれと頭を掻きながら淡く笑った。


「ああ、俺も一緒に残る。それならまだ希望も見えるってもんだろ」


 イオの口から放たれた言葉を、ナユタはすぐに理解できなかった。やがて口から放たれたのは、無礼がながらも本来あるべき感謝ではなく、胸の内に湧き上がってきた疑問だった。


「ど、どうして。だってイオくんはちゃんと……」


 イオは十分に役割を果たした。だから今度はナユタの番であり、今まで彼に頼った分働きで返さなくてはならない。そう思っていたから、ナユタはイオの言葉に疑問を抱いた。

 だがその言葉を聞いたイオは、むしろ驚きと困惑をもってナユタの言葉を迎えていた。そして彼は、苦笑と共にゆっくりとその答えを口にした。


「どうしてって……ナユタ、おまえが俺に頼んだんだろ? 自分が無茶や馬鹿やった時は助けてくれって。まさか忘れてたとは言わせねえぞ?」


 意地悪気にそう告げるイオだったが、ナユタを馬鹿にしている訳では無いということが、ナユタには分かった。

 

「あ…」


 ナユタの脳裏に、まだ学院の筆記試験対策を行っていた頃にした、イオとの約束が浮かぶ。

 そうだ、夕日の中二人で歩いた道の上で、自分から彼に頼んだではないか。あまりに追い詰められてそんなことも忘れてしまっていた自分に、ナユタは苦笑する。そしてそういえばそんなこともあったなと、こんな状況にも関わらず穏やかな笑みを浮かべながら、ナユタは彼の言葉にしっかりと頷いた。


「そうでしたね。あの時、イオくんは約束してくれたんでしたね」

「ああ」


 イオが頷いたのを見て、ナユタは胸のつかえがとれたことに気が付く。そういうことであれば、彼がそう言うのなら、ナユタにそれを断る理由はなかった。

 かくしてナユタは、かつてと同じ言葉をイオに贈る。


「頼りにしてますよ。イオくん」

「ま、やれるだけはやるさ」


 そう言いながらも、イオは走りながら装備を確認し、着々と準備を進める。そんな彼となら何でもできる気がした。だから、ナユタもただ黙々と準備を整える。しかし、ナユタとイオの間で決定的な合意があったことを知らないリンカーンは、そこに割って入ってくる。


「二人とも何を訳の分からないことを!…とにかく今は拠点への帰還が最優先で……」


 さて、彼をどう納得させたものかとナユタが言葉を選ぼうとしたその時、今度はリンカーンの声を遮る者がいた。


「まて、リンカーン」


 少し離れた所で会話を聞いていたであろうフッキが、速度を落としてナユタ達に合流してきた。どこか非難めいた、あるいは救いを求めるような目をしたリンカーンを手で制してフッキは言葉を続ける。


「ナユタ嬢の言う通り、どの道誰かが殿を務める必要があるのは事実だ。それに……」


 彼はナユタの目を見て言葉を続ける。


「…ナユタ嬢の瞳には、私も見覚えがある。覚悟を決めた人の眼だ。我々がどのような手段を用いても、もうナユタ嬢を引き留めることはできんよ」


 ナユタの意思を肯定するフッキ。

 その言葉にナユタは小さく息を吐く。だがそれを見ていたフッキは、わずかに間を開けたあとでナユタが残る上で発生する一番の問題点を指摘した。


「しかしナユタ嬢。残るからには、戦う手段を持っているのだろうな? リンカーンも先程言ったが、ここは遺跡。精神武器ガイズは使えんよ」


 彼の言葉を聞いたナユタは、再び装備をきっちりと締めると、彼の瞳を見据え返して首を縦に振る。


「はい。秘策がありますので」

「ほう、秘策とな」


 フッキの目に興味の色が浮かぶ。


「その内容を聞くことはできるかな?」

「ダメです」


 即答したナユタに、リンカーンは目を丸くした。しかしこればかりは譲ることができないナユタは、非礼を承知で言葉を続ける。


「これは私の切り札です。情報の拡散は最小限に留めたいのです。もしフッキ指揮官が私の考えを尊重してくださるのなら、私は喜んでこの力を振るいます」

「ふむ。進化聖剣フェードの使い手たるナユタ嬢の切り札か、それは確かに情報統制が敷かれて然るべきだな」


 フッキは大いに頷き、敬礼の姿勢をとった。


「…固い決意と意思か……良いだろう。君の秘策については他言無用としよう。そしてナユタ嬢、君に撤退の殿と、後方支援の一翼を任せる」

「はい!」


 フッキはナユタの碧眼を真っすぐに見据えて、口元を綻ばせた。

 そして次は、その隣で普段通りの表情で棒付飴を取り出し、それを頬張ったイオに視線を向けて口を開く。


「…一応聞いておくが、イオ君は大丈夫なのかね?」

「できることなら撤退したいですけど、”パーティーリーダー”のナユタが帰りそうもないので」


 イオはやれやれと首を振って剣を掲げた。そこに確かな意思を感じたフッキは、少しだけ口元を綻ばせて頷く。


「そうか。まぁ君なら問題なかろう。というよりも、我々が心配する方が失礼というものか」


 イオの言葉に、フッキは獰猛な笑みを浮かべる。彼ほどの実力者であれば心配が無用であることはナユタにも何となくだが理解できるが、やはり軍の大将クラスとなると人の実力を見抜く力は顕著なものがあるのだろう。イオはフッキから見ても信頼に足る人物だったに違いない。

 ややあって、フッキはイオとナユタを交互に見やって頷く。


「ナユタ嬢、イオ君。好きにやりたまえ」


 殿を務めることを良しとしてくれた指揮官に、ナユタは頭を下げる。


「フッキ指揮官、ありがとうございます」

「なに、礼を言うのはこちらのほうだ。殿、後方支援は本来我々軍の者が務めるべきなのだがな。我々よりも、君達二人に託すほうが、よっぽど成功する可能性が高い。恥ずかし話だ」


 フッキはそう言うと、改めて敬礼した。


「勇敢な二人に感謝しよう。では、ナユタ嬢、イオ君。私からの最優先命令を言い渡す。どんな状況になっても必ず生き延びよ。殿とは犠牲者につく役名では無い。英雄につく役名だ」


 彼の言葉に、ナユタは一瞬だけ間を置いて答える。


「はい。必ず」

「ふむ。では殿と後方支援を任せる」


 そして、踵を返して呟く。


「頼んだぞ」


 それだけ言うと、フッキは身体強化魔法を自らに付与し、身体能力を根本から塗り替えて、あっという間に最前線へと戻った。


「…お二人とも、お気をつけて。拠点でお待ちしてます」


 リンカーンもそれだけ言うと、フッキの後を追って行く。

 彼らを見送ったイオが、ニヤリと口角を突き上げて口を開いた。


「さて。それじゃ、やるか」

「はい。頑張りましょう」


 ナユタはそう呟くと、深呼吸して笑みをかき消す。

 それと同時に、それまで楽観的な笑みを浮かべていたイオの纏う雰囲気が、ピリッと変化した。

 彼は戦闘時に見せる独特のリラックスしたような表情で、再度呟く。


「…スリーカウントで行くぞ」

「了解です」


 何が、とは言わない。辺りに嫌な静けさが満ち、後方から大量の殺気が溢れている。それだけで幻魔が攻撃を仕掛けてくる前兆だと理解できた。

 イオの静謐な声が、ナユタの耳に届く。


「1」


 ナユタは両手に魔力を高める。


「2」


 イオが腰からスラリと深紅の長剣を抜き放つ。


「3!」


 イオの動きに合わせて、ナユタもまた体を百八十度回転させる。部隊がみるみるうちに遠ざかり、地面を抉りながら停止したナユタの目に、幻魔の群れが木々抜けて超速で走ってくる様が写った。幻魔達は細い一本道を封じるようにして立ち止まっているイオとナユタを攻撃目標と定めたようで、二人の狙い通り撤退する部隊を無視しして集団で襲い掛かってきた。

 (カーテナ)を構えてそれを迎え撃とうとしたイオを、ナユタは手で制止する。


「イオくん。ここは私に任せてください」

「んじゃ頼む」


 イオはただそう言うと、空中へ飛び出した幻魔達をしげしげと見据えた。


「任せてください。足は引っ張りません」


 そう呟きつつ、ナユタは幻魔達を見上げる。

 爛々と赤く滾る目、鋭い牙が覗く異形の口、鋭利な爪、剛角、それらが鮮明に瞼に映る。


 その光景を、ナユタは脳裏に浮かんだ幼き日の情景と重ねる。

 自分を逃がすために犠牲になった数々の人々、そして大切な人。

 血塗られた過去に対する後悔なら、何度もした。だからナユタはそれに贖う為に戦う。


 幻魔達をキッと見据えて、ナユタは吠えた。


進化聖剣フェード、能力第二段階解放!」


 その声に答えるようにして、手中に出現したナユタの精神武器ガイズが、望む形に変化する。薄れゆく剣から放たれた一際眩い光は、その全てが時間を逆行する様に進化聖剣フェードへと吸収され、静かに鼓動した。


「…おいおい、マジかよ」


 精神武器ガイズの常識を超越したナユタの技に、珍しくイオが息を呑んだ声が聞こえる。

 ナユタが手中に顕現した聖剣を一閃させると、空間そのものが切り裂かれたように揺らぐ。そして数瞬の時を置いて、襲いかかってきた幻魔全てが両断された。

 空中で崩れ落ちる幻魔達を見据えて、ナユタは荒い息を沈める。


「…魔素が無い場所では精神武器ガイズを展開できないという話でしたね。でも、私ならそれができるんです。私の魔力を牧に、進化聖剣フェードに火を灯します!」


 自身の魔力を噛み砕いて糧とし、精神武器ガイズを展開する荒業にして神業。ナユタの進化聖剣フェードは、その願いに応じてその姿を獰猛で美しいものへと変えた。

 静かに息を吐いて、ナユタは淡く金色に鼓動する剣の名を呼ぶ。


進化聖剣フェード第二段階、月光ルーナ


 再び息を吸って、覚悟を決める。


「時間にして五分。今の私にできる全力で、みんなを守ります! もう誰も、失わない為に!!」

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