第四十二話:強敵
天翔星々の上に立ち、ずいぶんと人間臭い怒りを見せる不死鳥を見上げていたイオは、わずかな思考の末にチラリと背後を見やった。
撤退している部隊は、時間稼ぎの甲斐あって既に大半が森の中へと入っていた。そして今、最後尾にいたナユタ達が精神武器から魔術へと身体強化の方法を切り替えて森へと入って行く。
イオは小さく息を吐きながら、それを見送った。
「…魔力も殆ど残ってねえ。流石に打ち止めだな」
そう呟くと、イオは最後の魔術を展開する。
「閃光」
掲げられた右手から、眩い閃光が放たれた。それは周囲に一瞬にして広がり、不死鳥は翼を畳んで目を潰されないように対処する。だが、それこそがイオの狙いだった。
「またな、化け鳥」
不死鳥が自分から目を逸らすその一瞬を見逃さず、辺りが一面白に包まれた瞬間、イオは再び空を蹴ってその場を離脱した。
空を高速で蹴って森の中へと着地し、先程まで激闘を繰り広げていた場所を見上げると、そこには翼をばたつかせる不死鳥がいた。イオにしてやられたと気が付いたのか、不死鳥は不満げに嘶いている。
「ま、こんなもんか……アイツも流石に俺を見失ったみたいだし。さて、また部隊と合流を……」
足止めとしての役割を無事に終えたことに安堵しながら一度視線を切り進路を決定、そして走り出す前に再び不死鳥の様子を確かめようとして、その違和感にイオは立ち止まる。チリチリと静電気が後頭部を掠めるような、独特の感覚に目を細めながら、イオは違和感の原因である不死鳥に目を向けて呟いた。
「…なんだ?」
不死鳥は妙な動きをしていた。赤から緑色に変わった瞳でイオ達が居る森林へと目を向け、そしてゆっくりとその体を回転させている。それはまるで、獲物を見定め、攻撃の準備にでも入ったかの様な泰然とした動きだった。
「っ!?」
それを視認した刹那、イオの肌が泡だつ。体が最大限のアラート発し、筋肉を硬直させることでより強い力を発揮させようとしている。
イオが再度振り返って空を見上げると、不死鳥は再び攻撃態勢に入っていた。不死鳥の周囲に出現する光の弾丸。その瞬間に、イオは自らの予感が的中している事を確信した。
「…やっぱりか!」
不死鳥はイオの先を見ていたのだ。直接倒すことのできない可能性があるイオではなく、無防備に背を向けて森の中を走っている撤退部隊、つまり確実に仕留められる大きな得物に狙いを定めていたのだ。
「魔力感知が可能な幻魔だと!? ヤバい、認識が甘かった!!」
冷や汗が止まらないが、イオには滝の様に流れ落ちるそれを拭う暇すらない。イオは残り少ない魔力を全力投資して、再び爆発的な速度で駆ける。
魔力感知とは本来、魔力波と同じだけの高度な魔力制御が必要とされる。だから本来、超大質量の魔力を使うだけの幻魔には不可能な芸当なのだ。しかし不死鳥は幻魔であってもその枠に収まらない存在であることをイオは知っていた。イオが放った魔力波を即座に相殺できるほど高度な魔力操作の技量を持っていることを、イオは完全に失念していた。
前線で戦い続けてきたからこそわかる幻魔の特性、その知識は間違いなくイオの武器だが、今回に限ってはその知識が不死鳥の力を過小評価する一因となってしまった。
「これはマジでやばい…」
ナユタ達は幻魔に感知されていることを知らない。魔力もフルで活用しているとなると、不死鳥にしてみれば格好の的だ。
自らの失態を取り戻すために、イオは走る。
「…俺もずいぶん鈍ったもんだ。さすがに二年のブランクは大きいかもな。……だがっ!」
一人心地に呟いたイオは、背後からこちらに向かって攻撃を飛ばしてきた幻魔を見据える。
そして攻撃の軌道を見切って、反転しつつしゃがみこむと、バネの様に空中へと飛び出した。
「天翔星々ッ!!」
先程同様、次々と飛来する攻撃。
幻魔の攻撃と天翔星々が正面から衝突する。
辺りに眩い閃光と衝撃波が走る。
衝突によって生じた轟音は、間違いなくリスティア湖全域に響いた。
走った衝撃が、イオの桃色の髪をバサバサと激しく揺らす。
しかし急ぎ展開された天翔星々は万全ではなく、攻撃の力を吸収しきない。
イオは数秒の拮抗の末に、幻魔の最後の攻撃を受けると同時に弾き飛ばされ、撤退部隊の最後尾付近の地面へと激しい轟音を立てながら墜落した。
それによってイオの存在に気がついたナユタが、撤退部隊の最後尾であんぐりと口を開けた。
「イオくん!? 良かった、無事だったんですね!」
天翔星々を使用したことで、身を削るように減っていく魔力に目眩を覚えながら立ち上がったイオ。
イオはふらつきながら、肩を貸してくれたナユタに寄りかかって苦笑する。
「…まぁ何とかな」
これが無事に見えるのか、という僅かな疑問を胸の内に留め、イオは息を切らしながら続ける。
「……ナユタ、とにかく魔術の出力を最小限に抑えろ。あいつは俺たちの魔力を探知できる。何度でもあの攻撃をピンポイントでやれるんだ」
「魔力探知ですか!? しかし、幻魔にそんなことが…」
「できるわけがない、俺もそう思って失敗した。あいつは俺の魔力波も相殺できるくらい魔術の腕に長けているんだ。これくらいはできるとみて行動するべきだ。それにあいつは、撤退中のお前らを狙うくらい賢さもある」
「本来幻魔に備わっていないはずの繊細な魔力操作と知性ですか。これは骨が折れそうですね」
「ああ。アイツは普通の幻魔の枠には絶対に収まらない存在だ」
本当に参ったことだ、とイオは舌打ちをしたい気分になる。
通常の幻魔だけでも厄介だというのに、超級に面倒な幻魔もいるとなると、もはやイオが立案した二次作戦ですら成功率は絶望的だ。そもそも、あの不死鳥一体だけでも、万全の態勢の軍が挑んで勝てるかどうかという化け物だ。現状、イオがどうこうできる相手でもない。
イオがやれやれと首を振ると、先ほどの轟音に反応したフッキとリンカーンが駆け寄ってきた。
「イオ君、大丈夫かい? 顔がいつにも増して真っ白だよ」
イオ自身、そうだろうと思っていたので苦笑する。
経験則から加えて言えば、恐らく目の下に隈もできてるし、唇は真っ青だろう。
「ちょっと魔力を使いすぎました。でも貧血みたいなもんですから、大丈夫ですよ」
「いやいや、貧血だって相当しんどいですって」
イオの発言に、ナユタはこんな状況にも関わらずツッコみを入れてくる。やはり彼女は覚悟が違うというか、肝が据わっているのかもしれない。
「あ、すみません」
周囲の視線が彼女に集まり、彼女はハッとしたように口を閉ざした。
それを見て苦笑したイオは、先ほどナユタに知らせた情報をフッキ達にも知らせる。
話を聞いたフッキとリンカーン。二人とも反応は違えど、双方驚きの感情が強く浮かんでいた。
「幻魔に繊細な魔力操作と知性ですか。これはいよいよただの幻魔ではありませんね」
「…もしかするとアレは、我々を敢えて森へと誘導し、油断したところを魔力探知と例の攻撃で全滅に追い込もうとしたのかもしれないな」
フッキの何気ない発言に、リンカーンはげんなりした様子だった。
「…まさか。ただでさえ厄介な存在に心理戦まで仕掛けられては、もう参ってしまいますよ」
全くもってその通りだ。そんな存在を野放しにしていてはリディアなど簡単に滅びるし、最悪国が幾つか滅びる。ここに来てリディア市長のヴァイゼンや国王がフッキに不死鳥が眠っていた殻の調査を依頼した理由がはっきりした。
それを直感的に理解したであろうフッキは、さらに険しくなった表情で頷く。
「そうだな、同感だ。だが、仮にそうでなかったとしても、アレの先ほどの攻撃は起点が効きすぎている。やはりアレには相応の思考力が備わっているようだ」
「まぁそれは確定ですよね」
今度こそガックリと肩を落としたリンカーンは問う。
「それではどうしますか、フッキさん? 立て直しを図ったところで、これだけの兵力でヤツに太刀打ちするのは難しいと思いますが」
「そうだな。だがまずは撤退してからの話だ。見ろ、アレだけではない。付近には幻魔が蔓延っているのだ」
フッキが黒色の目を細めて森の奥を見据える。木々の暗がりの向こうで、複数の赤色の目が光った。
それが幻魔の群れだと認識した撤退部隊は、ゴクリと唾を飲んだ。




