第四十一話:不死鳥
体から青色の可視光線が発せられる程の魔力を制御して、上空に広範囲の防御魔法を展開したイオは、膨大な魔力の消費から来る疲労と喪失感に襲われる。それを意地で制したイオの口から、ぎりっと音が鳴るほど強く噛み締めた歯の隙間から震える声が漏れた。
「…やっと来たか。幻魔のくせにずいぶん我慢したもんだな、この鳥野郎」
展開した防御魔法の先にいるのは、炎を纏った天空の支配者。
イオはリスティア大森林の中で孵った幻魔の姿が消えた瞬間から、その存在に気を配っていた。そして部隊を壊滅させた攻撃が、魔力を元にした超高密度の物体や光を照射するものであることも、先ほど氷瀑要塞を展開した際の魔力消費量と、ナユタに兵士の誘導を頼んだ際に調査した魔力残滓から突き止めている。
だから、イオはいついかなる時でも”この幻魔”の攻撃を感知できるように、魔力探知を最大距離で行い、魔力防御に比重を置いた防御魔法を展開する準備をしていたのだ。
「天翔星々。魔法耐性最高峰の防御魔法、破れるもんなら破ってみろ」
イオは獰猛に笑いながら、自らの防御魔法と拮抗している幻魔の攻撃を睨みつける。
硬質な破片が超高速で飛来しては、イオの展開した防御魔法に衝突して消えていく。それはその物質が魔力で生み出されたものであるという証拠だった。
イオは防御魔法の安全性を確認すると、唖然とした様子のリンカーンに声をかける。
「リンカーンさん、今のうちに森へ入ってください。森に入ってしまえばアイツは俺達を見失います。魔力消費量的に見ても、この攻撃はそう何度も打てるもんじゃないですからね」
イオの言葉ではっとしたリンカーンは、すぐさま動いた。
「え、ええ! 皆、隊列を組みなおせ! リスティア湖外縁へ入るぞ! ナユタ君は周囲の警戒を続行、部隊の先頭はマイルズが引き継げ! 行動開始!」
「了解!!」
彼の部下もさすがに軍人と言うだけあって、上官の命令にすぐさま従う。
皆が即座に離脱していき、最後にリンカーンとナユタが残った。防御魔法に魔力を供給し続けながら、イオは横目で二人に視線を送る。
「二人も早く行ってください」
「…君はどうするんだい」
少しだけ間を開け、リンカーンがわずかに目を眇めて問うてくる。
魔力制御に意識の大半を割いているため丁寧に応対できる自信はない。それでも可能な範囲でイオは言葉を選び、余裕を示すために意地で笑みを浮かべて答えた。
「…アイツを野放しにしてたら部隊の撤退もままならなそうですからね。俺は少しだけ足止めしときますよ」
「しかし…」
「誰かが残らなきゃいけない。そうでしょう? それに、あいつは俺じゃなきゃ足止めできない」
イオが残り、不死鳥を足止めしなければ、部隊は間違いなく壊滅する。そもそも現状、あの幻魔の攻撃を凌げるのはイオだけだ。不遜も謙遜もなく、生存のための適材適所という意味でイオはここに残ることを選ぶ。
その思いが通じだのだろうか、リンカーンはどこか申し訳なさげな表情をした後、決意を固めた瞳で頷きを返してくれた。
「…了解しました。ナユタ君、行きましょう」
そう言ってリンカーンは走り出す。いつまでも自分がここにいては、かえって迷惑が掛かると理解したのだろう。それは正しい判断であり、今行ってくれなければそれこそイオの行動が無駄になる。
そして、それを誰に言われずとも理解できているであろうナユタも、何かを言わんと開きかけていた口をゆっくりと閉じて頷いた。
「……分かりました。でもイオくん、一つだけ約束してください」
「なに」
もはやナユタを見てやる余裕もなくなったイオは、魔力を再度大放出しながら彼女の言葉を待つ。ややあって、ナユタはどこか寂し気な声で呟いた。
「……絶対生きて帰ってきてください。私は、もう二度と誰かを身代わりに生き残りたくはないんです」
その言葉に込められた、あまりに悲痛な感情が嫌でもイオには理解できた。
いつだったか、夕日に照らされた帰り道で過去を語りかけた彼女が見せたものと同じ雰囲気を、今の彼女は身に纏っている。彼女の過去は知らないが、相当の経験をしているとその一言で分かる。こんな状況でなければ、過去について彼女に尋ねていたかもしれないが、残念と言うべきか幸運と言うべきか、そんな時間は無かった。
イオは頬を伝る汗を拭い、口の端をニヤリと吊り上げて、自分を鼓舞するためにも声を張り上げて答えた。
「当たり前だ! こんな所で死ぬ気はねえよ! しっかり生きて帰ってやるから、ナユタも早く行ってくれ!」
そうだ、こんな所で死ぬわけにはいかない。イオにはやり残したことが多すぎる。その第一歩として、ナユタに自らの秘密を明かすまでは死ぬ気など毛頭ない。
自然と漲ってきたイオの闘志を感じ取ったか、ナユタもこの戦場にはあまりに似つかわしくない笑顔で頷いた。
「……はい! 分かりました! 約束ですからね!」
「ああ!」
もはやナユタとの約束が何度目のものかすら分からない。しかしそれでも、イオはもう二度と約束を違えないと決めたのだ。
笑みを浮かべて去っていったナユタを見送って、イオは再び上空を見上げる。そこには変わらず燃え盛る爆炎を纏った不死鳥がいた。展開された防御魔法越しにこちらを睨みつけている不死鳥の幻魔を見返して、イオはふてぶてしい笑みを浮かべる
「…とは言ったものの魔力残量は半分を切ってる。これでどこまで足止めできるか…」
イオは額を伝った汗が目に入る事も気にせずに、幻魔を睨みつける。
「そういえば、なんだかお前からは懐かしさを感じるな。その現実離れした攻撃方法も、幻魔にしちゃ珍しい。”災厄ノ幻魔”によく似てる」
炎で象られた幻魔は、言葉を返さない。
代わりに再び数多の発行体を生み出して、それをイオに向かって射出した。
それは天翔星々と衝突し、再び轟音を響かせる。
魔術によって吸収されなかった物体は防御魔法の外で地面に激突し、激しい砂煙を立ち昇らせた。
作戦開始前から太陽を覆い隠してきた分厚い曇天に、砂煙が立ち昇っていく。辺りに満ちていた静けさの中を、嵐のような暴風が吹き抜けた。
冷たい風が、イオの薄桃色の短髪をバサバサと揺らし、高揚した頬を撫でる。
上空でも同様に吹き荒れた風は、不死鳥の炎に更なる力を与えた。爆発的なまでに燃え上った幻魔は翼を広げて、まるで太陽の如き輝きを放つ。
徐々に晴れつつある砂煙の中、イオは再び、天に鎮座する不死鳥を見据えて剣を抜いた。そして静かに息を吸って呟く。
「…行かせるかよ。おまえの相手は俺だ」
キィーン、という金属音と共に、すらりと抜き放たれた剣に、静観していた不死鳥が吠える。
『キュエエエエエエエエ!!!』
おおよそ生物が出すとは想像もつかない程の鳴き声に、イオはニヤリと笑みを深める。
そして再び青い光を噴出しながら、魔術を行使した。
「自己加速、筋力増強、火炎耐性、大気圧縮」
魔術の展開を終え、強化された肉体で地面を蹴ったイオは、高速で空中へと飛び出した。一瞬の時を置いて、辺りに衝撃波が走り、地面が大きく粉砕される。
イオは一瞬にして、展開している防御術式『天翔星々』を通過する。そして彼を見下ろす不死鳥へと急接近した。
『キュエエエ!』
これには流石の不死鳥も驚いたようで、焦りを感じさせる動きで巨大な翼を振るった。
辺りに炎の暴風が吹き荒れ、その中から再び巨大な炎が生み出される。
産み落とされた炎は高速回転しながら巨大槍を象り、空中を駆けるイオに向かって射出された。
轟音と共に迫る無数の炎の槍。イオはそれをじっと見据える。
「ほとんど同時か」
イオに降り注ぐ炎の槍は、恐らく殆ど同時に着弾する。厳密にいえば同時ではないが、人間に知覚できる差異ではないだろう。
イオは四本の炎槍の軌道を見極めると、剣に魔力を纏わせて呟いた。
「上位付与:氷晶」
剣に這った魔力が、音声認識を通して事象へと変換される。魔力の束が剣を中心に三つに分裂し、そのそれぞれが氷剣を象った。イオはそれを携えて、炎槍の群れに正面から向かっていく。そして、タイミングを見極めて、
「…おらよっと!」
迫りくる炎槍に向かって剣を振るい、氷剣の一本を正面から迫りくる炎槍に向かって超速で射出した。
氷剣は寸分たがわぬ正確さで炎槍を捉え、着弾による爆発音と暴風を辺りに巻き起こした。
イオはそれを気にも留めずに、二回、三回と剣を振るう。それぞれが炎槍に着弾し、その攻撃を無力化させる。それを視認したイオは、最後に向かって来た一本に向かって手中の剣を一閃させた。
パキン、という硬質な音と共に真っ二つに折れた炎の槍は、イオの頬を掠めるようにして通過して背後で爆散する。その風を受けてイオの髪と装備がバサバサと揺れた。
一呼吸おいて、イオは冷えた頭で状況を認識しながら、冷徹な瞳で不死鳥を見上げる。
「…こんなもんか? そんな訳ねぇと思うんだけどな」
その瞳に恐怖を覚えたか、はたまた別の作戦があるのか、一瞬動きを止めていた不死鳥は翼をはためかせて更に上空へと向かった。その動きにイオは僅かに目を細める。
不死鳥に作戦があろうがなかろうが、もしかしたらイオの近距離攻撃を本能的に嫌ったがゆえの行動かもしれないが、実際イオと距離を取ることは不死鳥にとって正解だ。現状では不死鳥の遠距離攻撃はイオの攻撃力を遥かに凌駕しているし、先程と同じ攻撃を繰り出されても厄介だ。
つまり現状を軽く分析すると、このまま上空に逃げられてはまた後手に回る可能性が高い。そして不死鳥は決定的な弱点を晒した。
「…どっちにしても、戦いの最中に背を向けて逃げるのは、幻魔の世界でもご法度だろうが」
そう叫びながら両足に魔力を込めて、イオは圧縮した大気を足場に空を駆けた。そして一瞬の内に幻魔の背後へと文字通り出現する。
「これでも喰らいやがれっ!!」
そして剣を勢いよく振り落ろした。
一瞬の内に不死鳥の頭頂部に剣が吸い込まれ、辺りに衝撃波が生じる。イオは強化された肉体能力を持って、そのまま不死鳥を叩き落とした。
『ギュエエエエエ!!』
残像を残すほどの速さで、不死鳥はブレながら空を落ちていく。そして超高速で天翔星々に叩きつけられた不死鳥は、ダメージに悶えながら叫び声を発した。
イオはその隙を逃さない。
即座に再び大気を圧縮、空を蹴って急降下し、そのまま不死鳥に向かって剣を突き立てる。轟音と衝撃波と共に不死鳥へと突撃したイオだったが、剣の先に不死鳥はいなかった。不死鳥はすぐさま態勢を立て直した追撃を回避していたのだ。
その、まるでダメージを受けていないような回避行動に、イオは思考を巡らせる。そして無意識の内にそう呼んでいた”幻魔”が、ついに名実共に”不死鳥”であることを証明した事実に思わず呟く。
「…おいおい、マジかよ」
空中へと飛び立って様子を伺っている不死鳥の傷は、跡形もなく消え去っていた。
「やっぱりお前、普通じゃないな」
その普通の幻魔では有り得ない超回復に、イオはまた一段階警戒心を強めた。




