第四十話:破格の戦力
撤退する部隊は、幻魔達の激しい攻撃に晒されながら平原を駆け抜けていく。
左右から襲い来る幻魔をナユタとリンカーンがそれぞれ倒し、それでも抜けていった幻魔はイオが対処することで何とか隊列は守られているが、状況は刻一刻と厳しさを増している。
「…どうしたものか」
フッキが行動不能である現状、部隊の撤退指揮を執っていたリンカーンは、チラリと背後を見やって呟いた。
負傷者を大勢抱えたこの隊の撤退速度は、ただでさえ遅い。それに加えて、兵士達の疲労も色濃く表れ始めていた。それに、右翼軍と左翼軍もあてにできない。中央軍同様に、左右の軍にもそれぞれ被害が出ているようで、中央軍の撤退を掩護できるだけの戦力も余裕も無いことは口頭伝達で明らかになっていた。
現状を冷静に分析すれば、この部隊が犠牲を出さずに撤退できるだけでも奇跡だ。いくつもの幸運が重なっていることに感謝せずにはいられないが、中でも幸運だったのはナユタとイオが並の兵士よりも遥かに強いことだ。特にイオはフッキを背負っているにも関わらず最終防衛ラインとしての役割も担っている。はっきり言って彼の戦闘技術は軍でも幹部の地位にある自分を凌ぐが、それでも現状を楽観視することはできない。
「イオ君が一騎当千であったとしても、流石に守り手が足りない。それに…」
リンカーンは状況を客観的に整理するために一人呟くき、左右に視線を向ける。
見渡す限りの平原は、既に侵攻した幻魔が闊歩している。例の巨大物体の調査に人数を割いた副作用が、ここにきて部隊に牙を剥いていた。
「いくら倒してもキリがない。このまま戦っていては、先に私とナユタ君の限界が来て終わる」
リンカーンは状況を把握すると、静かに目を閉じて深呼吸をして冷静さを保つ。
「かと言って負傷者を置いていくのは、無理だ」
一番現実的に逃げ切れる選択肢があるとすれば、それは負傷者を置いていく事だろう。しかし、それは撤退では無く敗走だ。二次作戦の為に戦力を少しでも残しておきたいという合理的な判断もあるが、寝食を共にしてきた部下達の命を切り捨てられる程、リンカーンは非情にはなれない。それに、負傷者の中にはフッキも含まれているのだ。現場指揮官である彼を置いていくという選択肢は、最初からない。
しかし、このままの速度で撤退していれば、背後からの攻撃で少しずつ戦力が減らされるだけだ。
リンカーンは目を開いて、前方に迫ったリスティア湖外縁の森を眺めて、頭を回転させる。
「このままリスティア湖を抜けられればいいが、周辺の森にも幻魔は進入してるだろうな」
しかし、迂回している余裕も無い。前方には既にリスティア湖外縁部の森が見えている。もはやこうなっては、一か八か、森を通り抜けなければならない。
そう結論付けたリンカーンは、隊列に襲い掛かってきた三体の幻魔に槍の精神武器を構える。そしてそれぞれに優先順位を付けた。
最初に襲い掛かってきた猿型の幻魔の脳天を突きで貫くと、引き抜きざまに体を捻って二体目の首筋に刃を滑らせる。首筋を深く抉られ血が噴き出すが、それをものともせず最後に押しかかってきた三体目の胴体に刃を突き立てた。
一瞬の内に三体の幻魔は絶命し、その場に崩れ落ちる。
「おお! 流石はリンカーン副官だ!」
「三体の幻魔を同時に仕留めらるとは!」
「流石の槍捌きだ!」
兵士達がその見事な技に関心の声を上げるが、リンカーンは周囲から新たな幻魔が迫っている事を把握していたため、隊列に速度を上げるように指示を出す。
「新手が来る前に、ここを離脱するぞ! 一か八かでリスティア湖を抜ける! なお事前情報で確認していると思うが、リスティア湖では精神武器が使えない。身体強化も解除されるため、各自身体強化の魔術を構築しておけ!」
「「「了解です!」」」
軍隊らしい乱れの無い返事の後で、兵士達は近づいてきた森に目を向けて口を開く。
「リスティア湖か。助かったな」
「精神武器を使えないにしても、あそこなら平原よりも撤退しやすいぞ」
森に入りさえすれば、木々を活用して幻魔を撹乱するのも容易だ。戦闘の回数も平原に比べて格段に少なくなるだろう。それが少ない戦力での撤退において、どれだけ重要な事かは言わずもがな。
兵士達が次々と口にした言葉に、心なしかリンカーンの緊張もほぐれていく。
だからであろうか。リンカーンは気が付かなかった。
部隊の上空から超音速で飛来する、何かに。
「上空から大規模な魔力反応! 攻撃来るぞ!」
神速と共に辺りに墜ちて来たそれに、リンカーンが気が付く事ができたのは、部隊の撤退経路を最前線で見極めていたイオの叫びを聞いた直後だった。
全員が一斉に上空を見上げると、そこには巨大な不死鳥がいた。
燃え盛る爆炎の翼を携えて、一度羽ばたけば空気すら灰燼に帰すほどの圧倒的な熱量。狂気的な深紅の瞳は理性を感じさせず、獰猛に叫び続けるその姿には、本来付随するはずの神々しさは存在しない。
不死鳥を象った幻魔が翼をはためかせると、幻魔の周囲に無数の光が生み出された。そしてそれは巨大な物体へと姿を変え、視認する事すら難しい速さで降り注いでくる。
空を見上げたリンカーンは、これがフッキの部隊を壊滅させた幻魔の攻撃であると直感的に理解した。
「しまっ…」
まるで絨毯爆撃の様に激しい攻撃に、大半の兵士が反応すらできずに攻撃を喰らわんとしている。そして、それはリンカーンも同じであり、ただ茫然と空を見上げることしかできなかった。
光の柱が一瞬の内に迫る。
リンカーンは自分はここで死ぬということを確信した。
しかし次の瞬間に、彼の視界に一杯に広がったのは、火の玉では無かった。
彼らの上空に、幻想的なまでに美しい光景が広がる。
頭上を煌めく星々が流れたかと思えば、その後ろを半透明になった巨大な金色の帯が幾重にも走っていく。そしてそれは折り重なって傘の様に広がると、上空から飛来した物体と衝突して、地面を揺らすほどの激しい轟音を立てた。
誰もがあっけにとられ、金色の輝きに恍惚とした表情を浮かべていると、辺りに一人の少年の声が響き渡る。
「そう何度も同じ手を喰らうかよ。この化け鳥が」
声がした方向に目を向けると、そこでには冷や汗を流しつつ口の端を釣り上げて、獰猛な笑みを浮かべた少年、イオがいた。




