悔恨の過去1
イオは、物心ついた時というものを知らない。
記憶はある一時点からのものしかなく、その頃には身も心もある程度は成長していた。自分がどこの誰なのかも分からず、世界に関するある程度の理解と飛び抜けた魔法と剣技だけが、彼に残された全てだった。
記憶のはじめにあるのは、身を蝕むほどの冷たさと果てしない白銀の世界。
崩壊した建物の外で吹雪の中倒れていたイオは、霞む視界で迫りくる幻魔を見た。ただの小鬼型だった。しかしそれでも、動けないイオ程度ならば容易に仕留められる。
紅の双眸がイオに向けられ、剣が振りかぶられる。しかし無慈悲に振り下ろされたそれは、イオの頭上ギリギリのところで止まっていた。直後に幻魔が倒れ、その奥から人が歩いてくる気配。
フードを被っていて濁ったイオの視界では顔も分からないが、その人はイオの前に屈むと、驚いた様な声を上げた。
「大丈夫?」
何も答えられないが、何とか首を動かして目に力を入れると、その人の顔が少しだけ見えた。
雪にも負けない美しい白銀の髪。ルビーのような輝きを放つ赤い瞳が印象的な、十代の少女だった。
「私の名前はカレンよ」
イオを助けてくれたカレンと名乗った少女は、近くに待機させていたオオカミが引くそりに、防寒具に包まらせたイオを乗せると、すぐに走り出した。
イオはすぐに気絶するように眠って、次に目が覚めた時にはベッドの上だった。温かさに包まれ、ついに死んでしまったかとも思ったがそうではなかった。
カレンは改めてイオに名乗って、自分の事について話した。彼女はルーア大陸中央部のこの地に派遣されていた戦団員で、どうやら任務の為に留まっているようだった。
「あなたの名前は? どうしてあそこに倒れてたの?」
カレンはイオの容態が落ち着いた頃にそう問うてきたが、イオは名前以外について何も答えられなかった。カレンから見てもイオは異常に写ったはずだが、カレンはイオを気味悪がったりはしなかった。
ただ優し気な笑みを浮かべて、ベッドに横たわるイオの頭を、その温かな手で撫でてくれた。
「そう。良い名前ね」
その温かさを、優しさを、イオは絶対に忘れない。




