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滅尽のイオ~災厄の力と鍵の少女たち〜  作者: るなーるべると
王国邂逅編:第四章『崩壊の足音』
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第三十八話:負傷と覚悟

 キーン、という耳鳴りが鳴り止まない程の轟音と共に発せられた衝撃波は、辺りの地形を大きく塗り替えた。木々が群生していた筈のその場所は、イオ達を除いてクレーターの様に抉れている。

 しかし、この惨状を引き起こした張本人である幻魔は、既にこの場にはいなかった。この場にあるのは幻魔が包まっていた抜け殻のみで、イオの魔力探知にもそれらしき影は引っかからない。幻魔が既にこの場を去ったと考えるには十分な条件が揃っている。しかし、それで安堵するのは早計だということをイオは理解していた。 


「…幻魔の動きが分からない上に、この被害か。本当にシャレにならねぇ状況だな」


 イオはすぐさま立ち上がろうとする。しかし、魔力消費量の多い防御魔法である氷瀑要塞ファランクスを複数人に対して同時展開した事で、想像以上に魔力を消費した喪失感から思わず片膝をついてしまった。


「イオくん! 大丈夫ですか!」

 

 聴覚異常によってこもったように聞こえるナユタの声に、イオは視線をチラリとそちらに向ける。

 腕の中にいた彼女が慌てた様子で懐から出ようとしていたため、イオはそれを止めつつ笑みを浮かべる。


「ああ。ちょっと魔法使い過ぎて疲れただけだ」

「そうですか、無事なら良いんですけど…?」


 ナユタが首を傾げたが、イオにはそれに答えてやれるだけの余裕が無い。

 イオは周囲を見渡す。指揮官のフッキと数名の兵士が、倒れてはいるが氷瀑要塞ファランクスの中にいる事を確認して、彼は静かに息を吐いた。


「とりあえずフッキ指揮官は無事か。だが…」


 イオは再び辺りに目を走らせて、唇を噛む。


「それ以外は、全滅か」


 最後に手を伸ばしてきた兵士も、跡形もなく消失してしまった。それを心苦しく思う一方で、イオは兵士達の遺体が残らなった事に安堵していた。決して見ていて気分の良いものではない。それが今日が初めての戦場であるナユタであれば尚のことだ。

 イオは静かに息を吐いて、腕の中で不思議そうな顔をしているナユタに目を向けた。


「ナユタ。ちょっと指揮官達の様子を見てくれないか?」

「え?」


 突然の話に困惑した様子の彼女に、イオは説明を続ける。


「フッキさんに現状をすぐに説明できるようにしておきたいんだ。生存している兵士の人数、状態、他に何か気がついたことがあれば見てきてくれ」


 そう言うとナユタは納得顔で頷いてくれる。


「そういうことであれば、私にお任せください」

「よし、頼んだ」


 イオはゆっくりと頷いてナユタを解放すると、全ての氷瀑要塞ファランクスを解除した。

 ナユタはすぐに飛び出して、ぐったりと横たわっているフッキ達の元へと駆けて行く。いつも通りの様子の彼女を眺めながら、イオは独り言を漏らす。


「…あれだけの熱量と衝撃波だ。死体が残っても、ろくな状況じゃないだろうし、ナユタには良かったかもな…」


 最後の名も知らぬ兵士の、人が最期を迎えることを確信したときの表情が、瞼の裏にちらつく。

 イオは首を振ってそれを振り払うと、伝ってくる鼻血を手の甲で拭きとってから再び立ち上がる。そして魔力残滓の分析を始めた。


 しばらくして、こちらに戻ってきたナユタが声をかけてくる。どうやらようやく耳が通常通り音を拾い始めたらしく、先ほどよりも鮮明に彼女の声が聞こえた。


「イオくん。みなさん轟音と閃光で意識が朦朧としていただけの様です。何人かは既に回復しています」

「そっか、ありがとう。全部で何人だ?」

「私達二人を除けば、生き残ったのは十人。そのうち動けるのはその半分の五人です」


 彼女の報告にイオは眉をじっと中央に寄せる。彼女の報告によれば、フッキが調査のために集めた二百人の殆どが今の攻撃で滅びたということになる。もはや作戦続行などという状況ではないということは、誰の目にも明らかな状況だった。

 一度緩く瞑目して呼吸を整え、頭の中を整理したイオは、あくまで立案された作戦の通りに行動することを決めた。

 瞼を上げ、現状を理解してか若干顔色の悪いナユタに頷きつつ、イオは告げる。


「了解だ。ナユタ、すぐにここを離脱するぞ。もう一次作戦は失敗したと考えるべきだ。二次作戦の為に、一度リスティア湖付近まで撤退しよう。道中で副官のリンカーンさんと合流して、部隊の立て直しも図る」

「了解しました」


 イオとナユタはそれから、ただ黙々と撤退の準備を始めた。

 

「…一体、あれはなんなんですかね」


 その途中でナユタの口から溢れた言葉が、イオの耳にも届いてくる。普段なら美しい桜色を湛えている彼女の唇は、少しだけ薄くなっていた。

 そんな彼女ほどではないにせよ、少しだけ疲れたような笑みを向けながらイオは答える。


「さぁな。俺もあんな攻撃は見たことないが、さっき魔力残滓を調べてみてわかったことがあった」

「わかったことですか?」

「ああ。あいつが幻魔だってことは間違いなさそうだ」


 魔力残滓には種族ごとに特徴がある。例えば人類であれば規模は小さいが様々な属性の痕跡があり、龍種であれば炎属性に特化した痕跡が残る。そして今回の魔力残滓はただただ膨大な魔力が炸裂した痕跡だった。あれだけ膨大な量の魔力を操れる存在など、長年戦場を渡り歩いたイオでさえ一つしか知らない。

 

「アイツが幻魔である以上、結局放置するわけにもいかない。だから今はやるべきことをやらなきゃならないって訳だ。後々アイツと戦えるようになるためにな」 


 イオの言葉に、ナユタは決意を感じさせる瞳で拳を握った。


「ええ、そうですね。まずはこの場所から負傷者を連れて撤退しましょう。特にフッキ指揮官は部隊の立て直しに必要不可欠ですから、何としても連れて帰らないと」

「ああ。それじゃあ、俺はフッキ指揮官を連れていくから、ナユタは兵士達に撤退するって声かけてきてくれるか? その後で出発するってことで」

「わかりました」


 ナユタは首肯すると、すぐさま行動を開始する。

 再び去っていく彼女を見送りながら、イオはナユタの心の強さに驚いていた。

 彼女は戦場に出るのは今日が初めてと言っていた。つまり、人が戦って死ぬ様子を見るのも、先程まで喋っていた人物の死を認識するのも、今日が初めてだろう。にも関わらず、彼女は自らの感情を制御して、今はああして行動できている。それは並大抵の精神力では不可能だ。

 イオは彼女が語っていた彼女の夢を思い出す。そこにどれだけ壮絶な思いがあるのかを感じ取るには、十分だった。悲壮な覚悟をもってそれを口にした、彼女の声音が、碧眼の奥に揺らめく決意の炎が、脳裏に蘇る。


「…今から何年も前に故郷の奪還を誓ったんなら、その覚悟が並大抵な訳無いわな」


 当然、その精神力も同様に、並大抵では無いだろう。

 彼女の決意に溢れた、整った横顔を見たイオは、ふと自分の夢は何だろうかと思い返してみた。思い出すには随分と苦労したが、かつて一度だけ、夢を語ったことがあった。その内容は詳しくは覚えていないが、その事実だけは覚えている。

 語った相手が誰かは、すぐに思い出すことができた。それはイオにとって大切であり、(あがな)わなければならない人物だった。


「…カレン姉さん」


 穏やかに風が吹く丘陵になびく美しい白銀の長髪を思い出しながら、イオは心の内に湧き上がる僅かな懐かしさと共に、そう呟いた。

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