第三十七話:優先順位
イオは腹の底から湧き上がる様々な感情を押し殺しながら思考を巡らせる。
敵の攻撃の性質が分からない以上、広域防御魔法では全滅する可能性が高い。かと言って氷瀑要塞では、全員分を展開するには時間が足りな過ぎる。
しっかりしろ、と地面を殴りつけ、焦りで碌に回らなくなった頭に喝を入れる。
他に何かできることがないか。ナユタと自身を守りつつ、ゆっくりになり始めた視界で状況を確認するイオ。
焦る彼の脳裏に、イラスに師事して間もない頃の記憶が蘇った。
『イオ。戦場で負傷しない為には、何が重要だい?』
机に座ったイオに、師イラスは問うてきた。
イオはこう答える。
『敵の攻撃を避けることだよね』
『そう。基本的には避けてしまえば問題ない。だけどね、戦場にいると、どうしてもそういう訳にもいかない。時には敵の攻撃を受ける必要が出てくるんだ』
『ふーん』
あまり想像がつかないといった様子のイオに、イラスは苦笑しながら続ける。
『これは大事な話だからね、そんな興味無さそうにしないでくれ』
『わかった』
『それじゃあ。もし、敵の未知の攻撃を受けざるを得なくなった時、もっとも有効な防御魔法は何だい?』
『物理耐性、魔法耐性、両方が高い単体防御魔法、氷瀑要塞』
イオがそう言うと、イラスは彼の頭を撫でながら頷く。
『その通り。それじゃあイオ、問題だよ』
『うん』
彼は瞳から静かに笑みを消し去って、ひどく冷徹な目をした。
『君を含めた不特定多数の人間が、回避不能な未知の攻撃に晒される状況だとしよう。物理的な攻撃なのか、魔法的な攻撃なのかは一切不明だ。そういう状況なら、イオは氷瀑要塞を使うよね。でも、氷瀑要塞では全員を助けることはできない。だから、その時はきっと選択する事になる。誰を選んで、誰を切り捨てるか。イオ、君はそれをどうやって決断する?』
その時のイラスの問いが、幼いながらに大変恐ろしかった事を、イオは今でも覚えている。
だが、自分はその時正解の答えを出した。
そしてそれは偶然にも、先程フッキから、改めて教えられた事実と、同一のものだった。
「…氷瀑要塞」
記憶に基づいて、機械的にイオの腕が動く。
彼は、自身とナユタに展開した氷瀑要塞を、幸いにも近くにいた指揮官フッキにかける。そしてその魔法の展開を待たずして、目に入った指揮官クラスの兵士達に片っ端から防御魔法を付与していった。
しかし、それも数秒間の間だけ。
ゆっくりになった視界で、イオは巨大な卵から、光に包まれながら幻魔の雛が孵るのを目にした。
「イオくん!」
反射的に自分にしがみついてきたナユタを、抱き留めてやる余裕すら残っていなかった。
最後まで、絶望的な状況から退避する兵士達に防御魔法を展開しようと、イオは手を伸ばす。
「くそがっ」
視界は無慈悲にも白色の光に塗りつぶされる。その最期、こちらに向かって来た兵士の一人と目が合った。彼は、がくがくと震える口元で最後に小さく呟く。
「た、たすけ、て……」
その瞬間彼は無意識に、自らにしがみついてきたナユタの顔を自らの胸に押し付け、両手でその耳を塞いだ。これから起こる惨劇をナユタに見聞きさせたく無かったからだ。
イオは、自身も何かに耐えるように、ぐっと目を瞑って衝撃に備える。
「すまない…」
イオの呟きと同時に、光は放たれた。
辺りに、まるで幾千もの雷が落ちた様な衝撃波が走り、無防備に衝撃波と熱波を喰らった兵士達の断末魔が響き渡った。




