第三十一話:イオの実力
精神武器を展開した兵士と、小型から中型の幻魔達が、すれ違い様の刹那の時間で苛烈な攻防を演じる。一瞬にして決着が着く勝負だが、実際に戦っている兵士には何倍にも時が引き延ばされている様に感じられるだろう。
幻魔との戦いは一瞬たりとも気が抜けない。集中状態を維持することが基本だ。
だから、そういう意味でもこの戦いは人類にとって不利である。何故なら、人が極限の集中を維持できる時間には限りがあるからだ。
幻魔は疲れもしなければ、魔力切れもしない。
ちょっとやそっとの傷では動きも鈍らないし、力尽きる最後の瞬間まで力を維持する。それに加えて近年では、疲弊したら後方へ下がるという、なんとも戦術染みた戦い方もするようになってきた。
これが幻魔の生物としての進化なのか、情報の鹵獲と拡散に伴う成長なのかは不明だが、いずれにしても幻魔はその数が増えるだけで、単純に戦力を増強させることができる。
しかし人間はそうもいかない。
戦闘が長引けば集中力は落ち、疲弊し、戦えなくなる。兵士一人が戦えなくなれば、当然として人類の兵力は低下し、それが長時間続けば、数でも力でも勝る幻魔の大群に蹂躙される。
だから、人類は幻魔に敗北する。
それが積み重なった結果が、人類が幻魔に幾つもの国や地域を奪わて続けている現状だ。
そう考えれば、この軍が幻魔の群れに勝つことは難しい。しかし、幻魔の中にも力を持つものがいるように、人類にも時折顕著な力を示す存在が出現することがある。それこそが、この戦いの勝機だろう。
「…すまん! 四体通過した!!」
異常に回転する頭であれこれ考えていると、兵士の声が前方から飛んでくる。
ナユタは意識を戦いへと戻した。
丁度、前線の兵士を搔い潜った幻魔がイオとナユタに向かって突撃してくるところだった。
その数は四体。二体は爪と牙が以上に発達した細身の幻魔だ。作戦会議でも名前の挙がった豹型の幻魔≪レオパルド≫。そしてその後ろに追随する、角が発達した牛型の幻魔≪ヴァロー≫が二体。
両者ともにC難度の幻魔であり、それが四体となると、正直二人では仕留めきれないだろう。
どうするか、そう問うより早く、隣を走っていたイオから魔力の高まりを感じた。
彼はナユタの隣から爆発的な加速で飛び出しながら、視線を向けてくる。
彼の口が動いた。
「んじゃとりあえず、肩慣らしがてら四体倒してくる。ここは頼んだ」
「はい……って! ええぇ!?」
反射的に答えてから、自分のことながらあまりに素っ頓狂な声を出す。
しかし、そうこうしている内にイオはあっという間に遠くまで行ってしまった。
何とか追いつこうとするが、緊張もあってか普段通りの力が出せていないナユタでは、イオの背中を見送ることしかできない。
必死に走りながら、ナユタははじめて、イオが剣を構えたのを見た。
イオは更に魔力を高めて、上段で構えた剣に魔力を送り込んでいく。そして同時に地面を強く蹴って、一番前を走ってくる一体の豹型に目を付けた。
それを視認した豹型も、イオが自らに狙いを定めていることを理解した様だった。
それは低く唸ると迎撃の構えを見せる。そして強靭な四肢で大きく前進してからグッと沈みこんで力を貯めると、イオに向かって大きく跳躍した。
鋭い牙を剥き出し、剛爪を立ててイオに襲いかかる豹型。
その姿は、対峙したものを恐怖に誘う。
しかし、イオは不敵に笑っていた。
それは、これまでナユタが見たことも無い、獰猛な獣の様な笑みだった。
「下位付与:風刃」
彼の声に反応して、魔力を纏った剣が光る。そして、それは唸る風を纏う風剣へと変化した。
それを目撃したナユタは驚愕する。
「音声認識!? でも、魔力を纏わせたのは剣のはず!?」
ナユタの驚愕をものともせず、イオは豹型との戦いの火蓋を切って落とす。
イオは豹型の攻撃を見極めると、繰り出された爪を剣でいなし、左足を軸に回転する。そして噛みつかんとする豹型に右足の蹴りをお見舞した。
「…おらよっと!」
イオに噛みつきかけた豹型だったが、それは、まるで時を戻すようにして自然落下してきた方向へと吹き飛ばされた。牙はぼろぼろに折れ、先程まで獰猛な笑みに満ちていた顔は、イオの靴後が刻まれている。
虎型の幻魔はそのまま数秒間宙を舞い、そして地面に叩きつけられて絶命した。
イオはそれを一瞥するだけで、動きを止めない。それどころか更に加速していく。
背後に残像を引っ提げたイオは、間髪を入れずにもう一体の豹型へと突撃した。
先程の戦闘を見て学習したか、今度の豹型は空中へは飛ばず、剛爪での斬撃を選択する。紅の瞳が細められ、イオの動きの動線上めがけて、左右の爪が振るわれた。
しかし、その剛爪が切り裂いたのは、イオの残像だった。
不敵に笑う残像が消え去り、豹型は完全にイオを見失う。
豹型が必死に左右に視線を向け、その影を探す。
しかし、豹型が空中から迫りくる脅威に気が付いた時には、もはや手遅れだった。
「…残念! 外れだ!」
そんな声と共に空中から飛来したイオの剣が、豹型の脳天を貫く。
いかに強靭な肉体を持つ幻魔といえど、脳を破壊されれば絶命する。
これで、二体目。
豹型を仕留め、地面に降り立つ。
その刹那の時間で、イオは逡巡することなく、残り二体の牛型に狙いを定めている。
再び、イオの姿が歪む。剣をだらりと構えながら呟かれたイオの言葉が、風に乗ってナユタの耳に届く。
「下位付与:雷刃」
再びイオの剣が変質する。
刀身を覆っていた暴風は、眩い光りを放つ雷へと変化した。
高速で駆けるイオの動線に、雷光が迸る。
そして、それだけが彼の動きを示す唯一のものだった。
牛型が突進の為に、地面を踏み込む。
その瞬間、イオは左方へ飛んだ。かと思えば、今度は右下へと移動する。
幻魔ならではの動体視力の高さ故に、二体の牛型の双眸が、そろって左右に振られる。そしてそれは、突撃のタイミングを見失うには、十分すぎる衝撃だった。
二体の間を、雷光が走る。
牛型の先でイオの残像が一点に収束する。そして彼の背後で、二体の牛型は眩い光に焼かれて、頽れた。
「…よし、これで終わり」
刀身に纏った雷を払ったイオはひとつ息を吐くと、ただそれだけ呟いた。




