第二十七話:イオの作戦
露になったイオの意外な一面。
目の奥に確かな意志を滾らせた彼が吐露した、秘めていた思いにナユタは驚く。
少しだけ、彼という人間が分かった気がする。
彼はもとよりレール少佐を怒らせるつもりはなかったのだ。ただ自分も含めて誰一人、無意味な犠牲者を出さない為により良い作戦を作るべきだと、心からそう思って行動したに過ぎないのだ。
結果的にレールを激怒させる事態にはなったが、彼の言葉に納得した軍人は多い様子だった。当事者であるレールも席に戻り、不貞腐れながらもイオの言葉の正しさを理解している様子だ。
珍しく感情的になったイオに、フッキは笑みを浮かべた。
「そうだな。我々はこの場にいない兵士達の命を預かる立場にある。そして、我々がしっかりとした計画を練らなければ、彼らが無駄に死ぬことになる。それは絶対に避けねばならないことだ。だから君は、ああいったのだな」
笑いかけられて、どこか申し訳なさを覚えた様な表情でイオが言う。
「ええ。昔同じような状況で上層部の作戦立案が甘かったばかりに……俺の、大事な人が死んだんです。それが今の状況と重なって……すみません、冷静さを欠いていました。レール少佐も申し訳なかったです」
最後にイオが少し大きめの声で謝罪すると、レールは前を向いたまま、片手を上げて左右に振った。気にするな、という事だろう。とにかくこの場はひと段落した。
しかしナユタはそれよりも、イオの発言が気になった。昔同じような状況があったという事は、イオには実戦経験があるのだろうか。ヴァイゼンの話では破壊ノ幻魔の襲撃によって姉を失ったということなので、恐らく戦線にはいたのだろう。となれば実戦経験があるのも頷ける。
とはいえこれ以上推察できる要素も無いので、ナユタはイオには実戦経験があるのだろうという仮定だけして、思考を打ち切った。
「さて、これで一件落着だな。作戦会議を続けよう。お前達も席につけ」
彼女の前方に立っていたフッキは事態を収拾すると、兵士達に着席を促す。
そして、再び皆の前に戻りながら口を開いた。
「イオ君の言葉、そして心持は我々も見習わなくてはならない。兵士一人一人に帰りを待つ友人が、家族がいる。我々は彼らの命を預かる立場にあるのだ。それを決して忘れるな」
軍に所属する者も、兵士である前に一人の人間だ。誰かに愛されて生まれて来た、たった一人の。そう思うから、ナユタはフッキの言葉に深く頷く。
それはこの場にいる全ての者に共通した。最前列の席に腰を下ろしたレール少佐も部下達を思い出して複雑そうな顔をしていた。彼らは改めて、兵士の代表としてこの場にいる事を理解した様だった。
地図の前に辿り着いたフッキが、巨大なそれを見上げたまま言う。
「さて、話を戻そう。イオ君、我々も作戦は幾つか考えた。しかし多くは、それを確実に実行できる保証がないのだよ」
突然の話題の転換だが、兵士達は気持ちを切り替えて会議に集中する。
「なぜでしょう?」
「将校の数が足りないのだ。部隊を指揮できるのはこの場にいる三十名だけ。将校一人あたりが預かる兵士の数は、最低でも十数名、多ければ百名を超える。そんな状況で細かい作戦を実行できる保証はない。考え得る中で、最も安全に、高い成功率を誇る案が、先ほどの作戦だったのだよ」
ナユタは状況を想像してみて、納得した。
戦闘しつつ十数名の部下の状態も確認し、作戦遂行の為に細かな修正指示を出すことは、頭の中だけでも難しいと分かる。それに加えて戦場では判断力も幾分かは鈍るだろうし、部下の動きばかりに思考を割いてもいられない。刻一刻と移り変わる戦場の状況、敵の動き、部隊全体の動きを把握することが隊長には求められる。ナユタは、それをこの場にいる将校だけで実行できるとはとても思えなかった。
「…イオ君は、反対のようだったな」
フッキは、先ほどイオが見せた訝し気な態度を掘り返した。
イオは少しだけ間を開けて唸る。
「反対という訳では…ただ、疑問が残ります」
「なにかね」
「この作戦では幻魔の群れの数に応じて、こちらも軍を三つに分けますよね」
「それがどうかしたのか?」
「…幻魔が出現した場所は、左右の街道、そして中央のリスティア大森林です。つまり三軍は、それぞれが独立して戦うということになります。そしてこの場合、幻魔による壊滅的な被害が出た際には、撤退は各軍の指揮官の判断に委ねられると?」
イオの問いに、フッキは地図を見上げて答える。
「そうだ。各部隊が、一次作戦が続行不可能な痛手を負ったと判断された場合は、各部隊長が他の部隊に対して伝令を送る」
彼は自分が指揮する中央部隊の主戦場であるリスティア大森林から、まっすぐに指を下ろす。そしてリスティア湖を飛び越えて、その手前に設置された現在位置たる仮拠点を指さした。
「それを受けた各部隊長は、直ちに部隊をこの拠点まで撤退させる。残った部隊はこの段階で再編成する手はずだ」
フッキは現在地である仮拠点を指で数回叩いて、それを丸で囲った。
「指揮官も不足、”ホークアイ”が近くにいては、魔術を用いた情報伝達”メッセージ”も行えない。より効率的な同時撤退の方法があるのなら、教えて欲しいくらいだ」
”メッセージ”は、思念を用いた情報伝達魔術だ。術者の能力にもよるが、平時なら数百キロメートル離れた場所との情報交換が可能である。しかし、魔術を使用した情報伝達はその仕様上、魔術に情報を思念として封印して放つ。これを「魔力情報体」と呼ぶのだが、幻魔は魔力を察知すること、そして魔力操作に長ける。放たれた魔力情報体が幻魔に掴まれば、重要な情報が思念を通して、つまり言語を介さずして完全に理解されてしまうのだ。これほど厄介な事は無い。そして、今回攻めて来た幻魔の中には、それに長けた幻魔がいる。先程フッキが口にした「ホークアイ」という幻魔がそれだ。単体性能は高くないが、ホークアイは魔力情報体を察知する能力に長け、そして幻魔達に同じ情報を伝達する厄介な幻魔だ。
フッキは忌々し気に、リスティア大森林付近に張られた”難度Bの幻魔ホークアイ”を見た。
「…イオ君、何かいい方法は思いつくか?」
「いえ。情報伝達に関してはこれ以上できることはないでしょう」
「そうか。ならば他の作戦はどうだ? 例えば、軍を三つに分けなければ、情報伝達の壁は破壊できる」
「それは…」
言うべきか悩んでいるのだろうか、黙り込んだイオを見やって、フッキが目元に優し気な笑みを浮かべる。
「これはあくまで会議だ。意見があるのなら出してみよ。最終的な決定と責任は、指揮官である私が持つ」
その言葉には、確かな器の大きさが感じられた。なるほど、確かにこの激戦区の指揮官を任命される訳だとナユタは思った。
数秒の時を置いて、イオが腕を組んで言う。
「大量の幻魔に先手を打たれた時点で、もともと詰んでいる状況です。まだ考えが纏まっている訳ではありませんが、ただ一つだけ、この数的不利を覆すことができる可能性があります」
「ほう? 聞かせてもらおうか」
フッキの目が不敵に光る。
イオは椅子の間に設けられた通路を進んでフッキの隣に立つと、地図を見上げる。そしてリスティア湖を指さした。
フッキは訝し気に目を細める。
「リスティア湖か? それがどうかしたのか?」
「リスティア湖は、”大戦”時代に生まれた遺跡です。遺跡には魔素が存在しない為、周囲の魔素を利用した魔道具も魔法も、そして精神武器も使えません。これは知ってますよね」
「ああ。軍でも最新の情報だ」
「…これは、あくまで情報に基づく予想なんですか、恐らく遺跡の中では幻魔の動きも鈍くなります」
「なに?」
イオは一つ指を鳴らすと、空中にホログラムを映し出した。そこには一枚の報告書が、ジジっとぶれて見にくいながらに映っている。
「これは、俺の記憶から投射した、戦団組合の報告書です。まだ公にはなっていない情報なので、軍部には報告しないで頂けると助かります」
その言葉に、ナユタだけは無く、その場にいた全ての者が首を傾げる。
彼らの思いを代表して、フッキが言った。
「その情報の信憑性は? そもそもそんな情報を、何故君がもっているのだ?」
「…詳しくは言えませんが、俺を信じられないのであれば、この作戦は絶対に成功しません」
「…最後まで聞かせてもらおうか。情報と作戦はそれから精査する」
「わかりました」
イオは気を取り直して、青白く輝くホログラムを見上げる。




