第二十五話:作戦会議
それからしばらくして、作戦会議の招集が掛かった。
会議場所である仮設テントに、数十名の各部隊の隊長達が集まった。
イオとナユタは最後列の椅子に並んで腰かけ、その前には軍や探索者の代表、つまり各部隊を指揮する部隊長達がずらりと並ぶ。
テント内は仮設されて間もないにも関わらず、たばこやらコーヒーやら、いかにも軍隊と言った香りに包まれていた。双方に馴染みのないナユタからすれば慣れない匂いでそわそわとしてしまうが、隣で椅子に深く腰掛けたイオは対照的に落ち着いている。
そんなイオの横顔をじっと見つめていると、テントの入り口の垂れ幕が乱雑に開かれて、見知った人物が入ってきた。辺りに厳しさを纏った声が響く。
「全員揃っているな。装備は十全に整えたか」
「「「はっ」」」
「よろしい。では状況を説明する」
後方のテント入り口から入ってきたフッキが、巨大な地図が展開されている前方に急ぎ足で躍り出る。
「先程、幻魔の群れが出現、リスティア湖方面に向けて進軍を続けていると、零層都市北部駐屯地から報告があった。時間稼ぎの為にこれと交戦した駐屯地は消失、幻魔の更なる侵攻を許している。リスティア湖周辺では、我々も満足に戦えない。その為、湖に入られる前に幻魔を掃討する必要がある。これを見てくれ」
フッキは皆の前に立つと同時に、地図を叩く。
地図に描かれたリスティア湖周辺の地形はナユタも良く知っているが、幻魔の侵攻で何が変わったか分からない。彼女はフッキの声に耳を傾けながら、巨大な地図に目を向けた。
「先ほど飛空艇から見た者もいるだろうが、現在幻魔が確認されているのは、左右の平原、そしてその中央にあるリスティア大森林だ」
フッキは地図上の三か所に、あかいマーカーで印をつけた。それが幻魔を指しているという事は、誰の目にも明らかだった。
彼は一呼吸おいて、二手に分かれた街道に付けた印を、殴りつける様に叩きながら言葉を続ける。
「その総数は凡そ九〇〇〇。左右の群れはそれぞれ四〇〇〇ずつだが、構成幻魔の”平均難度”、侵攻速度、共に低い。問題はリスティア大森林を侵攻中の群れだ。観測班の報告では、『猿型』、『蛇型』、『牛型』、『豹型』、『蝙蝠型』、『熊型』。これだけの種類の幻魔が確認されている」
地図の余白部分に幻魔の種類を示した紙切れが張り付けられ、その隣にはアルファベットが記されていた。
フッキは一際巨大な点を記した、リスティア大森林に張り付けられた紙を示す。
「最低でも”D難度”の幻魔、上は”A難度”だ。A難度は単体でも相当の被害を出す幻魔、これを通すわけにはいかない」
その言葉に、辺りに少しだけざわめきが走る。
「難度Aだと? そんなものがリスティア湖周辺で確認されたのは、もう何年も前の事だろう」
「最低でもD難度となると、新米にはキツイ戦場になりそうだな」
幻魔には討伐難度が設けられている。これは幻魔単体の強さだけでは無く、その生態から人類にどれだけの被害をもたらすかも加味して導き出される、幻魔の危険度を示したものだ。最低何度のFと次のEが”低難度”。続くD、C、Bが”中難度”。そしてAが”高難度”である。低難度であればこの国の平兵士一人、二人で事足りるが、中難度となると班から小隊規模、高難度ともなれば中隊から大体規模の兵士が必要と考えられている。その為、一体でもA難度の幻魔が出現した戦場は、人間にとって厳しいものとなるのだ。
フッキは周囲のざわめきを、地図を殴りつける音で静める。
「いいかっ。我々は一六〇〇人で、この全てに対処しなければならない。幻魔達に十倍近い数的不利を作られてしまっている状況だ」
地図上に示された幻魔の出現地を見据えるナユタの握り拳に、自然と汗が滲む。
最低でもD難度、ましてやA難度の幻魔が確認されている現状では、個々の強さの平均は幻魔に軍配があがると言える。それに加えてこの数的不利だ。戦力では人類側が圧倒的に不利ということが、戦場での経験が無いナユタにもよく分かった。イオがこの作戦に前向きでない理由も、この戦力差を見れば明らかになってくる。
しかしここで誰かが幻魔に立ち向かわなければ、リディアは崩壊するだろう。それだけは絶対に嫌だ。
焦る気持ちを落ち着かせていると、フッキが今度は青色のペンで、幻魔を示す赤色の印の傍に円を描いて塗りつぶしていく。彼は真剣な面持ちで地図を見上げる兵士達に告げる。
「これらの情報をもとに我々は、部隊を三つに分けて幻魔に対応する事を決定した。まず、敵の主力部隊である大森林に潜む幻魔達に対処する中央軍六○○。幻魔達は真っ直ぐにリスティア湖を目指している為、作戦開始時には既に幻魔達の先陣が平原に現れている可能性が高い。我々はこれに対処しつつ、まっすぐに我々に有利に働く森を目指す。戦い方は全軍共通として……」
フッキの言葉に、ナユタは思わず「へぇ」と感心した。
「森が私達に有利に働くんですね」
「まあ俺達は数的に不利だからな。ゲリラ的な戦いができる森林は不利を若干覆せるかもって感じじゃねえかな」
一人心地で放たれたナユタの言葉に、イオが応じてくれた。
そんな知識をどこから持ってきたのか、相変わらず不思議な彼だが、ナユタとしても腑に落ちる意見だ。
「なるほど。そういうことでしたか」
頷くナユタに、イオは更に続ける。
「それに、木とか構造物とか多い方が機動力も増すしな」
「あ、それは確かにそうですね」
彼の言葉は正しい。戦いのプロフェッショナル達はそこに存在する物体をより効果的に使って、立体的な戦闘を展開する。幻魔の攻撃を回避しつつ、幻魔の急所に攻撃を打ち込むためだ。
疑問が解消された所で、ナユタは再びフッキの説明に耳を傾ける。
「…戦い方に関しては以上だ。話を戻すが、中央軍に加え、湖の左右を迂回しようとする幻魔に対処する必要がある。レール少佐」
「はっ」
「レール大隊は左の群れに対処しろ。レリック中佐」
「はっ」
「レリック大隊は右の群れに対処せよ」
「「了解」」
ゆらゆらと煙を立ち昇らせるタバコを咥えた二人の屈強な男が頷くと、フッキは後ろで腕を組む何時もの姿勢に戻った。
「各部隊に関しての人員振り分けは既に済んでいる。装備の支給と同じく、各自確認しておくように。何か質問があるものは?」
辺りを見回して、一人が手を上げているのを確認したフッキは、その人物を指さして名を呼んだ。
「イオ君」
「はい」




