第二十四話:物騒な挨拶
機内放送から五分ほどで、飛空艇は目的地へと到着した。
「それじゃ、これがお兄さんの、こっちが君のね」
「は、はい。ありがとうございます」
水や生命維持に必要な物資が詰め込まれた支給品を受け取って、二人は着陸した飛空挺から降りる。
曇天が空全体を覆い、今にも雨が降りだしそうな空模様だった。
支給品をポーチに詰め込み終えたナユタが、それを背負いながら言う。
「拠点というだけあって、随分と大きな荷物がありますね」
ナユタが視線を向けた先では、飛空艇から幾つもの資材が運び出されていた。
イオはその特殊な形状をした荷物に言及する。
「敵がリスティア湖に入り込んだ時用の大砲だろうなな。精神武器が使えないって情報は、軍の中でも共有されているっぽいし」
「あれならダメージを与えられそうですね。もちろん魔法や精神武器の方が火力は出そうですけど」
「ま、そうだろうな」
二人は会話も程々にして拠点へと入った。
拠点とは言っても、決して堅牢な造りでは無い。今回の作戦のために急造された、テントが幾つも貼られ、支給された物資と会議用の机や資料などが乱雑に置かれている程度の仮拠点だ。
イオは拠点内を歩いて、支給されている装備を探しながら、ナユタに声を掛けた。
「そういえば今回の現場指揮官が誰か、ナユタ知ってるか?」
ちなみにイオはその辺りの話を全く知らない。
ナユタに話を振ったのは、彼女が出発前にヴァイゼンと言葉を交わしていた為、何か知っているのではないかと思ったからだ。別段答えを期待していた訳では無いのだが、ナユタから答えが返ってきた。
「話を聞いたとこによると、どうやら軍人の方らしいですよ。国軍の中でも相当の実力者だとか」
「へぇ。指揮の腕は?」
指揮の腕は重要だ。今回の侵攻に対しては軍は幻魔と同数の兵士を集められていない。つまり指揮官がそれ相応の力を持っていなければ、この数的不利を覆す事はできない。
もし指揮の腕に関して良くない情報があれば、イオとしてもそれなりに考えがあった。
しかし今度は、ナユタから明確な答えは返ってこなかった。彼女は首を傾げると、申し訳なさそうに言う。
「どうでしょう? そこまではお話では聞けませんでしたので分かりません。すみません」
「ああ、試しに聞いてみただけだから気にすんな」
イオが頷くと、辺りが騒がしくなり、拠点入り口に人だかりができる。
何事かとそちらに目を向けると、片目に眼帯を嵌めた白髪の老兵が、隣に静々と歩む中青年を連れて現れた所だった。その空気感に、イオは呟く。
「あれが、俺達の現場指揮官みたいだな」
その人物が放つ独特の雰囲気に汗を伝わせながら、ナユタも頷く。
「そうですね。あれ? こちらに向かってきていますね」
「目的は、俺達か」
その言葉通り、その人物は二人の前にやってくると、胸を張って腰の後ろで手を組む軍人特有の待機姿勢のまま、よく通る声を発した。
「はじめまして。私が今回リスティア湖防衛戦の指揮官を任命されたフッキ・ファイディンガル大将だ。こちらは副官のリンカーン・カイラル。……諸君らが、今回の厳しい戦いに勇敢にも参戦してくれた、学院受験生の二人かな?」
厳しい表情のまま問うてきたフッキと名乗る指揮官に、ナユタは少し萎縮気味になる。その代わりにイオが名乗る。
「ええ。俺はイオ、こっちはナユタです」
「ほほう。これはまた随分と頼もしい援軍が来てくれたものだが…」
フッキはそう呟くと、二人にもう一歩近づく。
刹那、衝撃波が辺りに走る。
金属同士が衝突し、鬩ぎ合う不快な音が辺りに響く中で、剣で首に対する攻撃を防いだイオは、口の端を吊り上げた。
「随分と物騒な挨拶ですね」
進化聖剣と、輝きを反射する碧眼をフッキに向けて、ナユタも口を開く。
「…もし本気なら、私達も全力でお応えしますが」
彼女の呟きに、フッキは剣を引いて両手を上げる。
「いいや交戦の意思はない。確かに軍は実力主義なところがあるがな」
そういうとフッキは満足そうに自らの剣の精神武器を解除した。最後まで彼の行動を注視していたイオが剣を収めると、ようやく辺りにざわめきが走る。
「何て鮮やかな反撃、それに反応速度」
「あの桁違いの輝き、あれが進化聖剣か」
「あの少年も相当やり手だぞ。精神武器と通常の武器でやり合うなんて」
「それもただの精神武器じゃねえ。指揮官の精神武器だ。あれが受験生ってマジかよ」
「自信なくなってきたわ」
口々に感想を吐き出す兵士達を、フッキは一喝する。
「貴様らも騒いでいないで、これくらいはできるようになれ」
「「「「絶対ムリです」」」」
「…全く貴様らは…」
揃って首を横に振った兵士達にに溜息をついて、フッキは改めて二人に向き直る。
そして険しい顔つきではあるが、目元に柔らかな笑みを浮かべた。
「…失礼した。少々強引ではあるが、お二人の実力を測らせて頂きたく、このような行動をした。見事な対応であった」
フッキに自分達を傷つけるつもりが無い事は、彼の剣筋と力の入れ方から理解できた。
彼はイオとナユタの力を測ると同時に、周囲にただの受験生では無い事を知らしめたかったのだろう。
イオはフッキが用意した茶番に乗る。
「合格ですか、俺達は」
イオの口から放たれた言葉が予想外なものだったのか、フッキは「ほう」と呟くと、口の端に笑みを浮かべて頷いた。
「ああ。もちろんだ。君達のような優秀な人材を、我々は心から歓迎する。本作戦に参加してくれてありがとう。改めて、よろしく頼むよ」
そうして差し出された手を、二人はしっかりと握った。
ごつごつとした、鍛錬に鍛錬を重ねて来たであろう彼の手を握って、ナユタが良く通る声で応じる。
「こちらこそよろしくお願いします。最善を尽くします」
「ああ。そうしてくれると助かるよ、ナユタ嬢」
指揮官フッキは二人と固い握手を交わすと、辺りを見回して首を傾げる。
「…ところで。招集令に伴って、学院受験生も例外を除いて全てが戦地に向かったと聞いたが、ここには君達しかいないようだな?」
先ほどから辺りにいるのは国軍兵士や探索者ばかりで、ナユタやイオと同じような若者はいない。
そのことを不思議に思ったのであろうフッキの言葉に、ナユタが応じた。
「殆どの受験生は後方支援と中衛に回っています。私達のように前線に出ている受験生は少ないと聞きました」
ちなみに、その選定は先着順で行われた様だ。
早めに本部に行った者達は、イオやナユタの様に前衛部隊に組み込まれている。もしかしたら、強制的に戦場に駆り出される生徒達に対するせめてもの情けだったのかもしれない。
ナユタの言葉に、フッキは理解を示しているようだった。そして、この場に駆り出されてしまったイオとナユタに少しだけ同情する様な目を向ける。しかし彼は小さく嘆息すると、余計な思考を払うように頭を振った。
「そうか。……君達は強いな」
「そうでしょうか?」
「ああ、そうだとも」
それが実力を指すのか、心の部分を指すのか、ナユタは理解できていないようだった。
続いているフッキの言葉を半分聞き流して、イオは曇天に覆われた空を見上げる。黒い雲は今にも雨を降らせそうで空気も淀んでいた。
戦いの前にしては縁起の悪い天気だが、イオは悪くないと感じる。雨が降れば幻魔の侵攻速度の緩まるし、平原での戦闘においても幻魔に対抗できる策が増える。それに万が一の際には、もう一つの選択肢が取れるようになる。
イオは、隣でフッキと言葉を交わして緊張を笑みで隠そうとしているナユタに目を向けた。二人の会話に意識を戻す。
フッキは左腕に嵌めた頑丈そうな腕時計を見やって、再び険しい顔つきに戻った。
「…そろそろ作戦会議の時間だな」
「わかりました。それでは私達は準備に…」
「いや、それは後でいい。せっかくの機会だ。君達二人も後学の為と思って作戦会議に参加したまえ」
フッキの提案に、隣でナユタが目を丸くする。
「私たちにそのような情報を伝えてしまって、大丈夫なんですか?」
軍隊は国の機密情報を扱う組織だ。その作戦会議は当然として、長い間蓄積してきた国の機密情報をもとにして行われる。そんな会議に一般人を参加させれば、各方面から批判されるのは目に見えている。
この非常事態に何を言っているのかとイオは思うが、実際にそういう輩は存在するのだ。
しかしフッキは、低く笑うと自虐的な笑みを浮かべた。
「将来を期待され、国の未来を担う役割につくかもしれない君達とはいえ、年端もいかない子供を招集したのだ。この位の情報開示、許容してもらわねば困ってしまうよ」
軍は市民や貴族の税金で成り立っている。それらは守るべき第一優先だが、今の状況でその事を優先するほどフッキは堅物ではないらしい。軍人の規範たる態度をとっているが、その実は心根の優しい人間なのだろう。
その事を、彼の態度から感じ取ったらしいナユタは、ある種では頑固な姿勢に苦笑した。
「では、お言葉に甘えて」




