第二十三話:リスティア湖
しばらく空を飛んだ飛空艇は、ついに決戦の地に到達する。
「あれが、リスティア湖か?」
眼下に広がる、直径五キロを超える巨大な円形の湖を眺めて、イオはいつになく真剣な面持ちでつぶやく。隣で同じように窓から湖を見下ろしていたナユタも同様に緊張感のある表情で頷いた。
「はい。かつて起こった幻魔と人類との戦いの爪痕、大戦時の遺跡です」
一般的に呼称されている呼び名へと改めたナユタ。彼女の口から重々しく放たれた言葉に、イオは思うところがあって無意識の内に顔を顰める。
「遺跡だったのか。俺も何個か見たことあるが、相変わらず大戦時の遺跡ってのはどいつもこいつもイカれた破壊のされ方してるよな」
「ええ。人智を超えてますよね」
これほど巨大な湖を戦いによって生み出してしまうとは、どれほど強力な力同士の衝突だったのかは想像に難くない。
そんな湖の上を暫く旋回するように飛んだ飛空艇は、偵察もかねて弦間が出現した地方へと飛んでいく。湖の北東、北西に伸びる平原からどんどんと押し寄せる幻魔の群れに、機内は騒然とした。
「あの群れが襲撃してきた幻魔達か」
「かなり数が多いな。人数的にどこまで対応できるか」
「だが援軍なんてあてにできないぞ? どの道俺らだけで対処するしかないだろう」
「この湖の地形をどう生かせるかが勝負だな」
ゆっくりではあるが、だからこそ迫力がある幻魔の進軍。
イオは、忌々し気に呟く。
「…リスティア湖に入られたら、相当厳しい戦いになるな」
イオの口から飛び出した言葉に、ナユタは首を傾げる。
「どうしてですか?」
「…遺跡では精神武器が使えないからな。対面する幻魔は少なくなるけど、その分こっちも弱体化する」
イオの言葉を聞いたナユタは、信じられないといった様子だった。
「そんなことがあるんですか?」
ナユタの疑問は当然だ。
リスティア湖が遺跡である事と精神武器には、一見して何の関係も無い様に思える。しかしイオは戦団活動の経験から双方の因果関係を知っていた。もっと言えば、精神武器の展開に関する詳しい情報も。
イオは窓から視線を外すと、腕を組んで答える。
「ある。遺跡は膨大な力で無理やり書き換えられた場所だからな。その場所に存在していたはずの魔素が、力によって吹き飛ばされた状態なんだ」
これは戦団組合内で共有された情報によって明らかにされたものだ。
そして、彼が次に言わんとする情報も、遺跡における実験の結果明らかになったものである。
「そして魔素が存在しない場所では精神武器は使えない。これは二年前に戦団組合が発見した事実だ」
イオの疑いの無い言葉に、ナユタは目を見開く。
「遺跡での作戦成功率と団員の帰還率が低い事は知っていましたが、そういった事情があったとは。良くそんな情報を知っていましたね。私もそれなりに調査報告書は読んでいるつもりでしたが、そこまでは知りませんでした」
ナユタはイオの博識さに驚きを隠せない様だった。
彼女は様々な情報を収集するタイプの人間だ。戦団組合の調査報告にも、しっかりと目を通して知識を養っているのだろう。それでも、彼女はこの事実を知らなった。
しかしイオは、それも当然だろうと思う。何故なら、これは世に出回っていない、戦団組合内の高い階級を持つ者のみに共有されている情報だからだ。イオがこの情報を知っているのは、戦場での知識を何よりも重要視する、師匠イラスがその情報を伝えてくれたからだ。
戦団員である事を極力隠すよう依頼されているイオは、欠伸をして情報の出所を誤魔化す。
「俺もどこで見たのか忘れたけど、どうも正しい情報らしい。…まぁとにかく、そういう理由で戦団組合は遺跡での戦闘を推奨してない」
幸いな事に、ナユタはイオの誤魔化しに気がつかなかったようだ。
彼女は再び窓の外に目を向けながら頷くと、眉間に皺を寄せる。
「なるほど。為になります。あ、だからリスティア湖に進入されると私達が不利になる訳ですね」
彼女はこの戦場にある根本的な問題に気が付いた様だ。
イオは頭を後ろで腕を組んで、大きな欠伸をしながら彼女の言葉を肯定した。
「そういうこと。だからこの配属はできれば避けたかったが……なぁ、ナユタ」
イオの言葉に、ナユタは彼を見上げるようにして反応する。
「はい?」
イオはチラリとナユタを見やると、少しだけ思考を巡らせて口を開こうとする。
しかし、それを機内放送が遮った。
『間もなく、リスティア湖に到着します。到着次第、皆さんは支給品を受け取って、先遣隊が作成した仮説拠点へ向かってください』
それを聞いたイオは、そう長々と話している時間も無い事を悟る。
そしてしっかりとベルトを締めると、ポケットから棒付飴を取り出して、それを咥えてかぶりを振った。
「…やっぱ、何でもない。忘れてくれ」
「そうですか? それなら良いんですけど、何かあれば言ってくださいね」
イオが何を言わんとしていたのか気になっている様子だったナユタも、結局は放送に釣られてベルトを締めた。




