第二十二話:嫌な予感
しばらく歩いた二人は、学院がある中央区に設置された対策本部に到着した。
受付を済ませた二人は配属先を聞くために、本部窓口でそのまま現状の説明を受ける。
「今回幻魔達が出現したのは、都市南東にあるモンテスク大森林周辺に三か所。西方面のボログナ教会跡周辺、広域に四か所。そして都市北東部に存在する巨大湖畔、リスティア湖周辺に三か所。計十か所です」
職員の話に納得するナユタの隣で、イオは相槌を打ちながら口を開く。
「それぞれの規模は?」
「駐屯地からの報告によると、それぞれに差異はあるにせよ、概ね三千といったところですね」
「少なくても九千、おおけりゃ一万越えの幻魔を相手にするってことですか」
「そうなりますね」
「現状でのこちらの戦力は?」
「今も続々と義勇兵の方々が集まってきてくださっているので、七千から八千にはなるかと」
「幻魔達の半分強……」
イオの苦い表情に、担当者は笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。強敵と思われる幻魔は発見されていませんし、こちらには数々の猛者がいますから」
「…まぁ、そうだといいですね」
楽観的な姿勢の担当者をちらりと見やったイオは、小さく息を吐きながら視線をそらした。
対策本部は既に大勢の義勇兵や兵士でごった返しており、慌ただしい雰囲気に包まれている。
それを静かに眺めていたイオに首を傾げながら、担当者は説明の最後に、この街の周囲の地図を取り出して、手元の資料と照らし合わせながら、一箇所を指さす。
「それでは、お二人はこちらの区域に向かってください」
この辺りの地形に詳しくないイオの代わりに、これにはナユタが答える。
「リスティア湖ですね」
零層都市北東に記された巨大な湖に、イオは少し不思議そうに眼を細めるが、職員は気に留めることなく会話を進める。
「はい。地図は必要ですか?」
「念のためお願いします」
「かしこまりました。それではそちらに向かってもらい、現場指揮官の指示を仰いでください。現地での作戦会議は今から一時間後に行われます。それまでに合流するようにお願いします」
「わかりました。行きましょうイオくん」
「ああ」
ナユタはそそくさと、対策本部から出ていく。
それを追いかけるようにして本部を後にしたイオは、早速決まった配置に向かう彼女に声をかける。
「連中ずいぶんと落ち着いてるが、襲撃には慣れてるんだな」
彼の言葉に、若干早歩きになったナユタは、冷や汗を浮かべながら首を縦に振る。
「はい。幻魔の襲撃自体は今までも何度かありました。その度にしっかり迎撃してきたので、みなさん対応にも慣れています。でも…」
言葉に詰まった彼女の思考を、イオは引き継ぐ。
「今回は状況が違うか」
「…はい。十か所に三千を超える幻魔が出現、それが一斉に零層都市を目指して進軍しているなんて。私が知る限り、これ程まで大規模な侵攻は初めてです」
「そもそもどうやってそんなに大量に沸いたのかは謎だよな」
「ええ。幻魔の出現メカニズムが未だ解明されていないとはいえ、これはあまりにも非現実的な数です」
「だな。しかし、まぁ出現しちまった以上、俺たちはやれることをやるだけ、か」
考えられる原因を探りながら、イオは先の事に目を向ける。配属先で幻魔たちとどう戦うかだ。
「さっきのの地図を見た感じだと、リスティア湖ってのは相当デカいみたいだな」
いきなり話題を転換したイオに戸惑いつつも、ナユタは頷きを返す。
「え、ええ。かつての大戦時代に誕生した湖ですが、国内でもトップクラスの大きさです」
「形は?」
「ほぼ完璧な円に近いですね。クレーターみたいな感じです」
「なるほどな。幻魔が湖周辺に均等に出現してるなら、俺らが互いに援護し合うのは難しいかもしれないな」
「湖を渡れないからですね」
ナユタの同意に小さく頷いたイオは、腰に提げていた愛剣カーテナを抜き放つと、それを太陽を覆い隠した曇天に掲げた。
「ああ。周辺の地形はどんな感じか分かるか?」
「そうですね…左右を断崖絶壁の山に囲まれた地形をしています。リスティア湖周辺には少しだけ森が広がっていますが、それ以外のところは基本的に平原です。ただ、今回幻魔達が進軍してきた北側には、リスティア大森林が広がってますね。街道はリスティア湖を中心にYの字に伸びています」
「なるほどな。左右の山を迂回される可能性は?」
山を迂回されてしまえば、リスティア湖周辺で構えていても何ら意味がない。イオの尤もな問いにナユタは首を即座に横に振った。
「極めて低いと思います。左右の山はまさに断崖絶壁ですから、登るのすら困難です。ましてや大軍勢となると、とても迂回に活用できるとは思えません。それに、幻魔はそういう作戦を立てることはありませんし…」
幻魔は作戦を立てない。規律も存在しない。ただ単一の思考性のもと、みな同一の目標を目指して進行する。いわば単純な数の暴力と力押しが幻魔達の基本戦術だ。もっとも、だからこそ人類が幻魔達から身を守ることができている、とも捉えらるが。
ナユタの予想に、イオは納得した表情で剣をしまう。
「…となると、やっぱり平地か森での集団戦闘か。幻魔相手に数で負けてる状況で平地でやり合うのには限界があるから、とにかく森に戦場を移したいかもな」
イオは無意識の内に自らの内に浮かんできた戦い方を口にしながら、配属先への移動用に用意された飛空艇へ乗り込む。
その背中をじっと見ていたナユタ。なかなか飛空艇に入ってこない彼女を不思議に思ったイオは、振り返って立ち止まったままの彼女に声をかける。
「どうした?」
「い、いえ。先程からイオくんを見ていると、すごく慣れてるなと思いまして。都市崩壊の危機的状況なのに、そんなに冷静な状況分析ができるなんて、正直驚きです」
ナユタからすれば、現在の状況は焦って然るべきものなのだろう。その事は、彼女の上ずった声と、緊張に震える手足を見れば分かる。
しかしそんな状況にあって、イオには年不相応な落ち着きと戦略的思考があった。それを見抜いたナユタの感嘆に、イオは小さく首を傾げて答える。
「そうか? ただ割り切ってるだけじゃねーかな」
自分自身でも、自分がどのような精神状態なのかは、意外にも分からないものだ。
イオも例に漏れずにそんな事を口にするが、ナユタはそれに答えない。彼女は街を振り返ると、独り言の様に呟いた。
「……もし私たちが失敗したら、この都市にいる人は…」
一度飛空艇から戻ってきたイオは、彼女の肩に手を置いて言う。
「死ぬ。だから、やるしかないんだよ。守りたいなら、すべての時間を使ってできる事をやるんだ。たらればの話は、戦場では考えてるだけ時間が勿体ないだろ?」
イオの極めて冷静かつ論理的な考えに、ナユタは面食らったような表情をしてから、ぱちんと両手でほほを叩いて覚悟を決める。
「はい。全力を尽くすだけですね」
「そういうことだな」
イオがナユタに笑いかけると、あたりに声が響く。
「こちらはリスティア湖行きの飛空艇になります! 当機は間もなく出発します!」
職員がそう言って飛空艇から降りていくと、飛空艇の駆動音が大きくなる。エンジンが回転を始めたのだろう。
エンジンが巻き起こす風に吹かれながら、ナユタは震える声で呟く。
「…イオくん、行きましょう」
「……分かった」
彼女の声音に、イオはチラリと彼女を見やってから飛空艇へと入っていく。
それから数十秒。ハッチが閉じた飛空艇がふわりと浮かび上がり、地面が見る見るうちに離れていった。
最後になるかもしれない都市の全景を眺めながら、イオは静かに息を吐いた。




