第二十一話:幻魔侵攻
「イオくん! こちらに来たということは」
「ああ。学院長の言ってた通り、作戦に参加しようと思ってな」
実技試験会場である実技棟の入り口付近でナユタと合流した二人。
ナユタはイオの言葉に目を輝かせて頷く。
「本当ですか! イオくんが加わってくれるなら、百人力ですよ」
「それは言いすぎだろ…それに、仮に百人力だったとしても、この穴が埋まるとも思えねえし」
イオはそう言って、辺りを見回す。
実技棟入り口付近には、様々な受験生がいた。
落ち着いた動きで対策本部へと向かう者。アドレナリンが大量放出され、やけにハイテンションになっている者。学院と国から約束された報酬に目を爛々と輝かせる者。しかし、それは一部だけだ。彼らの大半を占めているのは、突然の招集に困惑している者や、絶望に身を震わせている者だった。
ナユタは道の脇で座り込んでしまったり、すすり泣いている者達を見据えて言う。
「…学院へ入学しようと思っている人でも、実際に命を賭して戦った経験があるのは珍しいことなんです。そんな状況ですから、彼らを強制的に戦いに向かわせればどうなるか、国も分かっていたはずですが…」
とはいえ、精神武器使いが大半を占める受験生が、この事態において貴重な戦力である事には変わりない。
イオは副学院長の言葉を思い出して、ナユタに問う。
「特殊な事情があれば、別に応じなくてもいいんだろ? 脇で固まってる連中は、なんでそうしない?」
戦いたくないのであれば、逃げれば良い。実際この作戦は極めて厳しい状況に置かれている。イオもできることなら、戦わない方が良いと思っていた。
しかしナユタは、苦笑して首を横に振った。
「国が言う特殊な事情は、本当に特殊な場合に限るんです。例えば、この国の王族とか、他国の重鎮とか、留学生とか。だから、いかに貴族であってもこの戦いからは逃げられないんです」
「あー、なるほどな」
イオは戦場へは強制的に出なければならないという事を理解すると、彼らを気の毒に思うと同時に、自らの退路も断たれてしまった事を理解した。
少しだけ陰鬱な気持ちになりながら、イオは溜息を吐く。
「こりゃ参ったな」
「みんな、やっぱり戦いたくないんでしょうか?」
「そりゃ、こんな状況じゃそうだろうな。おまえはどうなんだよ、ナユタ?」
ナユタはこの戦いに迷いなく参加するだろうことは、イオには容易に理解できた。しかしその理由が分からない。
イオの問いに、ナユタは曇天に覆われつつある南西方向の空を見上げて答えた。
「…私は、力ある私達が、みんなを守らなければいけないと思います。それに…」
ナユタは儚さを含んだ碧眼をイオに向けて、穏やかな笑みを浮かべた。
「あの時こうしておけば良かった。…なんて後悔は、もう二度としたくありませんから」
ナユタの碧眼が揺れる。
その奥にあるのは、深い悲しみと後悔。
ナユタは一度目を閉じてそれをかき消すと、わざとらしい明るすぎる声でイオに笑いかけた。
「どうせやるしかないんです! 理由はどうあれ、全力を尽くすしかありませんから! それでは本部に行きましょう!」
そう歩き出したナユタの背中は、いつもより小さく見えた。ただ意地を張って、自らの心に蓋をしている様な態度に違和感を覚える。
しかしイオはそれに特に言及しなかった。
小走りでナユタの隣に並ぶと、ぐっと伸びをして言う。
「ああ。そうだな」
不吉な予感を運ぶ曇天と冷たい風は、ものの数十分でリディア周辺を覆いつくした。




