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滅尽のイオ~災厄の力と鍵の少女たち〜  作者: るなーるべると
王国邂逅編:第二章『第三任務を果たすには』
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第十九話:実力発揮

 筆記試験を必死の努力で突破し、迎えた三次試験。

 その会場となるリングにイオは立っていた。


 ここはある意味兵器としての存在価値を示す場であり、そしてイオが最も自信がある戦闘力を測る場でもある。精神武器ガイズが使えないという一点を除けば、イオには他の受験生には劣らないという確信があった。


 先程の筆記試験の振り返り、入学後のこと、様々な情報が頭を巡っていく。

 イオは支給された実試験用の服装を改めてチェックすると、腰に提げた深紅の長剣を掴んで、今は目の前の戦いに集中しようと息を吸った。


 リングはイオが立っているもの以外にも複数あって、他のリングの受験生は既に精神武器ガイズ展開を始めている。


 彼らの手中に集った光は、誰に命じられずともその形態を変化させ、長剣、或いは槍、或いは弓となって各々の手中に収まった。その芯からは淡い光が放たれ、その体には不可視の力が宿る。

 幻魔という強大な力に対抗する為に人類が身につけた神秘の武具、それが精神武器ガイズである。


「…君は精神武器ガイズを展開しなくて良いのですか?」


 辺りを見渡していたイオに、ある程度近い位置にいた試験総監督がそう告げる。

 これはいわば最終勧告だ。だからイオは無言でその腰に携えた長剣を抜き放つ。そしてそれをだらりと構える独特の姿勢をとって、しかし芯の通った声で応じた。


「俺は精神武器ガイズ使えないんで。いつでも大丈夫ですよ」

 

 イオは体内を絶えず循環する魔力を、僅かながらに解放する。そしてそれは試験官を黙らせるだけの力があった。イオの魔力操作に関する技量を理解してか、試験総監督は意外そうに目を見開くだけでそれ以上何も追求しない。

 やがて彼は、静かに襟を正してイオから視線を逸らした。


「そうですか。分かりました…それでは試験を始めます。副学院長お願いします」

『ほっほっほ。あい分かった。それでは始めるぞい。諸君らの健闘を祈る』


 好々爺然とした副学院長が放送を終えるとリングが淀んだ光に包まれる。そして各受験生の正面に、これまでと同じ仮想幻魔が出現した。あれは猪の形を模したD難度の幻魔『猪型ボアー』に間違いない。


 イオは剣を握る手に少しだけ力を込めて、紺碧の瞳で猪型ボアーの全身をじっと観察した。


 猪型ボアーは人の背丈を悠々と超す化け物だが、警戒すべき武器はその巨躯に似合わない突進という、意外に簡単に倒すことができる幻魔だ。油断すれば一瞬の内に殺されるのは他の幻魔と何ら変わりは無いが、それを喰らわない限りは基本的に問題無い。


 そしてイオは、D難度の幻魔など幼少期から数えきれないほど相手にしてきた。

 猪型ボアーの対処については体に染み込んでいる。はっきり言って負ける気もしない。


 情報を整理したイオがスッと目を細めると、試験監督が掲げていた腕を振り下ろして叫んだ。


「はじめっ!」


 走り出す幻魔とそれに立ち向かう受験生達の雄叫びがイオの耳に届いてくるが、彼の思考は目の前の敵に注がれる。


 ドドドというけたたましい足音と共に突撃してきた猪型ボアー自慢の突進をじっと見据えると、回避しやすい様に敢えてギリギリで横に飛ぶ。


 それまで立っていた場所を凄まじい轟音と共に猪型ボアーが横切って地面が大きく揺れた。

 猪型ボアーはイオの回避に対応できずにそのまま仮想壁に激突して横転するが、即座に立ち上がって頭を振りながら再び彼に向き直る。


 簡単に回避した様に見せたが、今の突進も実はかなり高度な誘導の末に成り立っている。

 幻魔というのはただの突撃であっても果てしない精神力が必要になる存在だ。普通であれば精神武器ガイズ無しに戦える相手ではないだろう。

 しかし生憎イオにそんな奇跡の力は無い。イオにあるのは人類が脈々と受け継いできた魔術と戦い方、そしてもはや役にも立たない不確定な力だけだ。


 だからイオはいつも通り剣に魔力を浸透させて呟く。


「…移動上昇スピード筋力増加ストレングス耐性レジスタンス


 イオの声に応じて剣が三回、それぞれ青色、赤色、橙色に光ると、イオの肉体が魔術によって一時的に作り直される。


 準備を整えたイオは猪の突進を魔力を纏わせた剣腹で受けると、ふっと力を抜いてそれを受け流した。


 イオが実践した技術自体は非常にシンプルだ。

 幻魔の突撃の勢いを剣と肉体運動を用いて相殺した。

 言葉にするだけであれば非常に単純な動作である。しかし事実とそれに対する受験生達の認識は異なる。


 その一連の流れに会場は大きく騒めいた。


「おいおい…あいつマジかよ」

「誰かアイツを知っている奴はいないのか!?」

「…王女殿下に匹敵する技量、もしかしたらそれ以上か?」


 そんな声が、ようやく周りの状況を獲得できるようになってきたイオの耳にも届いてくる。


 精神武器ガイズを使用せず、その付随能力である身体強化も享受する事無く、純粋に己の腕だけで幻魔と渡り合う。人類三人分を裕に超える身体能力を宿す目の前の怪物を、魔力強化されただけの肉体と通常の剣一本のみで圧倒する。


 そんな気の遠くなるような絶技を眼前で披露されたのだ。

 彼らの驚きが如何ほどであるかは、自分など足元にも及ばない存在を多く見て来たイオだからこそ理解できる。


 だが羨望と喝采を浴び、会場中の視線をその身に受けてもイオの表情は笑顔ではなかった。むしろその対極に位置するものに近い。視線はどこまでも冷ややかに幻魔を観察し、棒付飴を咥える口元は一切の綻びを見せない。


 冷静に冷徹に、頭はどこまでも冴え渡り、幻魔の動きに対する最善の行動を瞬時に導き出す。戦場で戦い続けて来たものだけに許された、もはや反射の領域まで落とし込まれた状況判断と行動だけがイオの意識を支配していた。


 今も力任せに前足を叩きつけてきた猪型ボアーの攻撃を危なげなく回避して、イオは逆手に持ち替えた剣で反撃を繰り出す。それに溜まらず叫び声を上げた猪型ボアーの後ろ蹴りを舞う様な動きで回避して正面へと戻る。そうして再開される猪型ボアーとイオの攻防に、再び会場が湧いた。

 

 静かに、それでいて残像が幾つも見える程の高速攻撃を繰り出しながら、会場の盛り上がりを感じたイオは呟く。


「…そろそろ、いいか」


 この試験では、精神武器ガイズが無くとも幻魔と戦えるという力を証明する必要があった。

 ただ早く勝つだけでは意味がない。誰もが技量の高さを認める剣技と魔術を披露し、尚且つこれ以上の成長の余地があることを認識させて、はじめてイオは実技試験で他者よりも優位に立つことができる。


 そしてそれが証明されたことは会場中の歓声で理解できた。


「んじゃ、サクッと片付けるか」


 イオは猪型ボアーと繰り広げていた攻防を、猪型ボアーの前足を跳ね上げることで中断する。

 上方に打ち上げられかけた猪型ボアーが体勢を大きく崩した。

 イオは静かに息を吸い込むと、再度地面を強く蹴る。


 まさに一瞬。

 姿が消えたかと思えば、イオは残像を引っ提げて空気を切り裂く。

 そして猪型ボアーの後方に文字通り出現した。


 猪型ボアーに状況の認識をさせる隙すら与えずに、イオは剣を逆手に持って背後に突き立てる。そして剣を力任せに薙ぐことで猪型ボアーを切り裂いた。


 赤い閃光が走って、イオと猪型ボアー二つの影が停止する。


 イオは息を吐きつつ慣れた動きで剣を鞘に差し込むと、パチンという良い音を立ててそれを収めた。 

 一瞬遅れて、ようやく切られた事に気が付いたらしい仮想幻魔がジジっと音を立てて消失する。

 

「…ふぅ」


 戦闘が終了すると、イオは静かに止めていた息を吐いた。


 全力戦闘で無くとも、相手が仮想の存在であっても、幻魔との戦いは常に精神を圧迫するものだ。

 特に今回は派遣任務の達成の為に、無意識の内に気合いが入っていたこともあってか、戦闘終了時に感じる疲れがいつもの二倍増しに感じた。もっとも、この二週間幻魔とまともに戦闘する機会がなかったことによるブランクが一番の要因だとは思うが。 


 イオは一度緩く瞑目して呼吸を整えると、再びざわめきに包まれた会場中を見渡す。 

 誰もが驚いた目でイオを見据えており、彼を評価する立場である講師達もそれは同じだったので、これは高得点が期待できそうだ。学院入学という難題もこれでクリアできるだろう。


 そう思うと自然と力が抜けて来た。

 イオは何とか両足を踏ん張って、こちらを真っ直ぐに見つめてくるナユタに視線を合わせる。視線に気が付いたらしい彼女は、微笑を浮かべて拍手をするヴァイゼンに負けじと、興奮した表情でブンブンと右手を振ってきた。

 イオはそれに軽く右手を上げて答えると、視線を他のリングへと移す。


 どの場所にあっても、受験生達は必死の表情で猪型ボアーに立ち向かっていた。

 イオは思う。きっと彼らはこれから更に己の力を磨き上げて、精神武器ガイズの力を頼りに人類を守る存在になっていくのだろうと。

 戦団組合という人類守護を謡う組織に属していることもあって、それは非常に喜ばしいことだ。しかし同時に、自分には無い力を持っている彼らを少しだけ羨ましく思って、イオは魔術が解除されたリングを後にする。


 歩き出した彼は、自分の中に浮かんだ感情にやれやれと首を振った。

 前線にいた時は精神武器ガイズを使う人々にそんな感情を抱いたことは無かった。

 前線では他人に嫉妬する余裕など無い。


「…平和なもんだな。人の力に嫉妬できるなんて」


 静かに呟いたイオは、一度立ち止まって、改めてこの場所を見渡す。


 他者の動きから自分の合否の結末を予想して一喜一憂する受験生。

 受験生以上に緊張した面持ちの親。

 入学後の為に見学に来ていた学院の生徒。 

 そして敗北しても死ぬことはない安堵感からか、娯楽感覚で戦いを見物する全ての者。


 幻魔との戦いが娯楽になるというのは、本当に平和である証拠だろう。

 前線でそんなことをしても、喜ぶ者は誰も無い。イオ自身もそれを娯楽にしようとは思えない。

 そんな自分にとっては非日常的な幸せを目にしたイオは、静かに呟く。


「…こんな平和な場所に俺を派遣して、アリシア王国は何がしたかったんだ?」

 

 それは、派遣が決まってからこれまでずっと胸中に抱き続けて、誰に問うても答えが返らなかった疑問だ。ナユタとの試験勉強の日々で忘れかけていた巨大な違和感。それが今になってイオの心の奥底で再び燻りだす。


 時刻は十二時半。

 巨大な円形のコロシアムから覗く空の半分を厚い雲が覆い、その半分をスカイブルーの空が鮮やかに彩る。

 

 その対照的な空模様は、試験を無事突破したことに安堵しつつも、余裕が出た事で強まる疑問に曇るイオの心を現しているかのようだった。

 辺りを吹き抜けた風が、細められた紺碧の瞳に被ったイオの桃髪を揺らす。


 直後。

 幸か不幸か、まるで運命の神が図ったかのように、イオの胸中に秘めていた疑問に対する答えが示された。

事件発生!?

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