第十七話:第四戦線襲撃事件
時を遡ること二年前。
凍てつく寒さが身を強張らせる、ある冬の日。
場所は寒冷気候の第四戦線。
その日ヴァイゼンは、世界中から重鎮たちが集められた作戦本部に居た。
戦団組合と世界各国から集められた精兵達から成る”第四戦線連合軍”と、第四戦線に集結しつつあった幻魔軍との戦いの結末を、兵士を派遣した立場であるアリシア王国の代表として見届ける為である。
各国の重鎮が円卓を囲む巨大な会議室の中央には、今まさに任地に集結した各部隊から送られてくる映像が映し出されていた。ヴァイゼンを含めた各国の代表はそれを熱心に見上げ、経過を見守っていた。
ホログラムから放たれる青白い光が暗い室内に僅かな灯りを落とし、戦団組合幹部の声が静かな室内に響く。
「お集りのようですので、作戦概要を今一度ご説明させていただきます。今回我々”連合軍”が標的とするのは、第四戦線中央部に集結しつつある幻魔の大軍です。飛空艇から確認した限りでは、その数は二十万を超えます。かつて人類が観測したことのない程の大軍です」
ホログラムが切り替わって、空中からの映像が映し出される。
針葉樹林が生育する第四戦線馴染みの景色を、真っ黒い軍隊が覆いつくしていた。その膨大さ故に、ぱっと見ではそれらが幻魔であることに気が付けなかったらしい代表達のざわめきが遅れて広がる。
ヴァイゼンも内心舌を巻いていた。
幻魔がこれだけの大軍を起こすというのは、幻魔が戦略を立てないという今までの常識からは考えられないことだ。何か異常な事態が起こっているのかもしれない。
そう思いながらも、ヴァイゼンはただホログラムを見上げることしかできない。彼にはこの作戦に口出しする権限が与えられていないからだ。彼に与えられたのは、アリシア王国の代表として作戦の結末を見届けるという任務だけだった。
静かにため息をついていると、説明が続く。
「…対する我が軍は、各国から選抜された精兵五万人と、戦団組合から五十を超える戦団、総数は同じく五万人。計十万人の軍であります。通常は幻魔一体に対して人類は複数で対処することが求められる為、二倍以上の数的開きがある現状を難しくお考えの方もいらっしゃるかとは思います。しかし我々連合軍を構成するのは、一人一人が戦歴を積み上げて来た優秀な人材ばかりです。複数の幻魔に同時対処できる猛者も多く参加して頂いているため、戦力的には問題無いと我々は判断しています」
戦団組合幹部がそう頷くと、各国の代表も同じように頷き、納得した表情を浮かべた。
各国が選抜したのは、その国でも選りすぐりの兵士達だ。
国際的な立場を誇示する為にも、各国はこの作戦に優秀な人材を多数投入している。それが戦団組合側の狙いだった可能性も否定できないが、二十万を超える幻魔軍は、どの道捨ておくことはできない脅威だ。今この場で精兵達によって叩くのは戦力上正しい選択であり、作戦遂行に戦力的問題が無いと判断できる根拠に関しても、ヴァイゼンは十分に理解できている。
逆に言えばそれを分かっているからこそ、ヴァイゼンは国王からこの役割を任されているのだ。
反対の声も上がらなかったので、幹部は話を進めていく。
「本作戦では既に集結しつつある幻魔軍に、総攻撃をもって奇襲を仕掛けます。その為軍を円状に展開し、幻魔を囲む形で配置しています。後方予備軍を任せた幾つかの戦団は現在最終確認を行っている最中ですが、現場には既に作戦開始に支障がないだけの部隊が配置についております。、今から皆さんに作戦開始に関する同意を行っていただき、それを確認した現場指揮官が速やかに作戦を開始いたします。説明は以上ですが、何か質問はございますか?」
肯定を含んだ沈黙が返り、幹部は控えていた部下に命令して書類を配らせる。
ヴァイゼンの目前にも置かれた書類は、様々な事項が記載してあり、最終的な同意を示すサインを記入するものだった。
「…それでは、作戦開始に同頂けましたら、そちらの書類に記入をお願いしたいします」
体裁を整える為のパフォーマンスかと、書類に書かれた確認事項を読み流して、ヴァイゼンはスラスラとサインを書き記す。そしてそれを回収に来た戦団組合職員に手渡して、再び幹部の声を待った。
各国代表のサインが記された全ての書類を受け取って、記入欄を確認し終えた幹部が、再び口を開いた。
「皆様ご同意頂けたようですので、その意を指揮官へと伝えます。そちらのホログラムに各中継地点からの映像を投影しておきますので、何か気になる点がございましたらお近くの戦団組合職員までお尋ねください」
背後の部下に何やら命令を下した幹部は、改めて声を張った。
「…それでは、作戦を開始します」
その言葉と共に動き出した全軍に、各国の代表は釘付けになった。
彼らの顔にあったのは、自国が他国よりも優れた人材を登用しているという自負から来る愉悦、それぞれの戦力分析の為の沈黙、そして作戦後にどれだけ他国を威圧できる戦力を誇示できるかについての緊張。
だからだろうか、彼らは想像もできなかった。各国の精鋭を集めた連合軍が、たった一体の幻魔に壊滅させられることなど。
「…ん?」
その場にいる全ての者が注視していたホログラム。ヴァイゼンはその中に不自然な光が生じた事を確認する。何か誤作動でも起きているのだろうかと思わず目を細めてそれを注視するが、どうやらそういう訳でも無いらしいということは、戦団組合職員達の表情で理解できた。
幻魔軍の中心にあったのは、見渡す限り暗闇の空に、ただ一つ強烈な光を放つ星のような輝きだった。
会議に参加していた各国の代表は後に語る。あれが全ての元凶だったと。
ヴァイゼンの思考、そして最悪の事態への予想よりも早く、それは起こった。
「…なんだ!?」
一際明るい光を放ち、幻魔軍の中央に数秒存在を示したその輝きは、まるで時間を戻すかのように収縮する。光が一点に集まり、それは漆黒へと消えた。そして、それが破壊の前段階に過ぎなかったのだと、その場にいる全ての者が知ることになる。
「……」
穏やかな水面に水一滴を垂らした様な波紋が広がって、辺りに不気味な風を吹かせる。
全ての者が固唾をのんでその光景を見守る中、ついに破壊の光が放たれた。
巨大な爆発と共に拡散された爆炎と衝撃波。それらが大地、幻魔、そして連合軍全てを飲み込み、破壊していく。
「な、なんだあれは!? 職員殿! なんなんだあれは!」
「わ、私にも分かりません! あんなものは見たことが…!」
辺りに恐怖に取りつかれた様な声が響いて、それは全ての者に連鎖していく。
そして誰もが予想していなかった事態が起こった。
突如この本部を、凄まじい轟音と衝撃波が走り抜けたのである。
建物をガタガタと大きく揺らす、まるで巨大地震の様な衝撃によって窓ガラスが割れる。建物の一部が倒壊する。
反射的に防御魔法を展開しなかった人間達が吹き飛ばされ、それが数十秒間も続いた。
「…まさか」
防御魔法を展開していたヴァイゼンは、ようやく収まった揺れと轟音に、依然としてクラクラとする頭を押さえて立ち上がる。そしてその惨状を目撃した。
ヴァイゼンは幸いにも円卓の壁側に座っていたので問題無かったが、窓側では負傷者が相次いで見受けられた。特に窓際にいた戦団組合職員はほぼ全滅だ。轟音によって三半規管を麻痺させられ、動けなくなったところに衝撃波と、それによって崩れたガラスやら壁やらに押しつぶされていた。あれでは即死だろう。
目を眇めるヴァイゼンの頬を、まるで嵐が過ぎ去った後のような冷たい風が撫ぜる。それは窓側の壁が崩れ去ったことによって室内に入り込んできていた。
壁が崩壊したのは北西方向で、それは作戦行動が行われている方向だった。
現地から数十キロは離れているこの場所に、先程の衝撃波が届いたという事は、現地ではどれだけの力が吹き荒れたのだろうか。
「…こんなのも、もはや生き残れるわけがない」
ヴァイゼンにはまざまざと連合軍の壊滅が想像できて、現実もその通りとなった。
しばらくして復旧したホログラムに映し出された定点景色に、生き残った者達は言葉を失う。
「なんだこれは……」
幻魔達が集結し、それを連合軍が取り囲んでいたであろう森は、もはや形も残っていなかった。
そこにあるのは、まるで抉り取られたかのように消え去った大地と、燃え盛る大森林。見渡す限りの灼熱の地獄に、それはまるで君臨するかのように浮かんでいた。
百メートルを悠々と超す巨体でありながらも朧げな姿は、まさに形無き概念。人類の恐怖がそのまま顕現した様な存在に、状況を楽観視していた訳では無かったヴァイゼンも、ただただ驚愕することしかできなかった。
自然と口元にあったのは乾いた笑み。
腹の底から恐怖がこみ上げてきて、心の中に一つの言葉が浮かび上がる。
「…破壊の神」
絶望と諦めの感情が込められた、ヴァイゼンでは無い誰かの呟きが、自然と辺りに響き渡った。
そしてその存在を、誰もがそう呼ぶようになった。文字だけが変容し、その本質は変わらない、破壊ノ幻魔と。




