第十五話:進化聖剣
第二グループの試験も恙無く終わり、間もなく第三試験が始まろうとしていた。
イオは一人客席で、既にリングで準備を完了したナユタを見据えている。
「もうそんなところに隠れてなくてもいいですよ。学院長先生」
イオはリングを気にしつつ、後方の柱へと声をかける。
小さな笑い声が届くと同時に、その陰から一人の長身の男が姿を現した。
まだ若いがその髪は老人の様に白く染まり、その掴み所のない態度はどこかミステリアスな雰囲気を醸し出す。
周囲が彼の登場に慌てる中で、イオは面倒そうな表情で溜息をついた。
彼は自らの気配に気付いたイオに称賛を送ると共に、その隣へと腰を落ち着けた。
「いやぁ流石はイオ君、いつから気がついていたんだい?」
「第二試合が終わった辺りから。厄介な隠蔽魔法使わないでくださいよ、敵かと警戒して損しました」
「はは。それは悪かったね」
全く悪びれもせずに笑ったヴァイゼンに、イオは再び溜息をついてリングを見やる。
「それより、こんな所にいて良いんですか?」
「ああ、試験用の魔術の事かい? あれは副学院長に預けてきたよ」
預けてきた、とはよく言ったものだ。
イオは先ほどまでヴァイゼンがいた場所で、仕方なしに魔法発動の準備を始めている副学院長を見据える。
「あれは世間一般では丸投げって言うんですけどね。副学院長も、魔術の腕を磨く機会になって良かったですね」
皮肉気に吐き捨てるイオにヴァイゼンは腹を抱えて笑う。
「君もなかなか言うじゃないか。なんだかイラスと話しているみたいだよ。どうだい、今度飲みにいかないかい? 君の昔話とかも聞いてみたいからね」
意味あり気に目を細めるヴァイゼン。彼は何時も笑顔を崩さない。それがイオには心底不気味に感じられた。
イオは深々とため息を吐くと、ずっとリングに向いていた視線をヴァイゼンへと向けた。
「…考えておきます。それで、何か用ですか?」
「いや特にはないよ。僕としては君とナユタ君を応援できればいいと思ってね」
「そうですか。だけど俺もこの後試合なんで、あまり長居はできませんよ」
「それなら今度はナユタ君と一緒に君を応援するとしよう」
ヴァイゼンはそういうと話を切ってリングを見据えた。
そして、それとほぼ同時に試合開始の合図が言い渡される。
イオの視線の先にいるナユタは、胸に手を当てて精神武器を顕現させた。
それを同じく眺めていたヴァイゼンが、静かに笑みを湛える。
「すごいだろう? ナユタ君の精神武器の光は。桁違いの力を秘めている」
ナユタの手に集まる神秘の光、自然光、魔力光とは異なる種類の光だ。
だが、光量、密度、大きさ、そのどれをとっても、今までの受験生とは一線を画するものがあった。
そして、それは次第に一本の光り輝く剣を生み出す。
彼女の髪の色と同じ紫白色を基調とした剣、月の如き輝きを放つ刀身は止め処なく胎動し、生命の息吹すら感じられる。初めて見る形態の彼女の精神武器に、イオは息を呑んだ。
「進み化わりゆく聖なる剣、進化聖剣。それが彼女の精神武器だ。僕も今までいろんな精神武器を見てきたけど、彼女のようなものは見たことがないよ」
「進化聖剣ですか。聖なる剣なんて大っぴらに公表したら面倒に巻き込まれるのは自明の理だろうに。誰がこんな名前をつけたんですか」
面倒とは、つまり宗教関係の話だ。
そんな名前がついて、神を信仰する宗教の輩が手を出さないわけが無いだろう。
その意見にはヴァイゼンも同様の見解を持ち合わせているようで、細い顎を撫でながら静かに頷いて見せた。
「それがね。精神武器名前は聖神教会で勝手に決められるんだ。だから彼女自身ではどうしようもない問題なんだよ」
「へぇ、精神武器の名前を決めてるのって聖神教会だったんですか」
驚きを込めて、イオは初めて試合から目を逸らした。
「聖神教会を知っているのかい?」
「いや、名前を聞いたことがある程度で、そんなに詳しくは知らないですね」
その言葉を聞いたヴァイゼンは、釣り上げた口角を少しだけ緩めて唸る。
「ふ~む。そうだね……聖神教会、戦人が亡くなった後、その影を追い求めた者達が立ち上げた教会だね。じっくりと時間をかけて勢力を広げ、現在もアリシア王国、並びに世界各地で大きな影響力を誇る、といったところだね」
「へぇ。難儀な人達もいたもんですね」
「難儀とは中々言うねイオくん。その発言がバレればタダじゃ済まない場合があるから気をつけなよ」
「どういうことですか? 強大な権力を持ってるとか?」
「まぁそうだね。かなり大きな権力をもってるよ」
「なるほど」
無意識の内に左上に視線を向け、イオはその情報を頭に叩き込む。
「それでね。そんなもんだから、幅を利かせて彼女を利用しようとする輩が多くてね。彼女のお母さんのこともあったから、今年の受験を進めたんだ。学院にいる間は教会も手は出せないだろうからね」
「お母さん?」
「ん? まだナユタ君からは何も聞いていないのかい?」
おや、とヴァイゼンが首を傾げたので、イオは記憶を思い起こして内容を照合する。
「ディーレシア大陸から避難してきたってことは聞きましたけど、他については特に話題にはならなかったですよ」
「そうかい。では僕からいう事ではないからね。またいずれということで」
「そうですね。ナユタの口から聞くことにします」
イオは言葉を切って試合を見つめる。
「問題なさそうだな。さすがナユタ」
リングではナユタが仮想幻魔を圧倒していた。
柔軟な型で着実に幻魔を追い込み、全体を見てもトップクラスのスピードで試験を終えている。
この試合で彼女は精神武器の使用さえしたが、殆ど必要ない程の圧勝だ。
勝利に歓喜するナユタが手を振ってきたのでそれに応える。
「んじゃ俺は、準備に行きます」
「うん。頑張ってね。期待しているよ」
イオが席を立つと、学院長は彼に激励の言葉を送ったのだった。
♢
実技棟の階段を下って、控え室へと向かう。
その道すがら、一足先に合格を決めたナユタがイオの元へ駆け寄ってきた。
「お疲れナユタ。さすがに余裕そうだったな」
「ありがとうございます! やっぱり体を動かすのは楽しいですね」
ナユタはそう言って腕を回した。
この入学を決めるための一戦さえ、彼女にとっては軽い運動でしかないようだ。
適度な緊張と圧倒的な強さ。二つを持ち合わせた彼女に当たった仮想幻魔には同情を禁じ得ない。
「やっぱあの程度じゃナユタにとっては運動にしかならなかったか。その心の強さがナユタの一番の強みかもな」
「ありがとうございます。でも私は精神武器に恵まれただけですから」
そういう彼女の笑みは曇っていた。
だからこそ、イオは首を横に振ってそれを否定する。
「そんな顔すんな。あれはナユタの努力の結晶だ。今まで積み上げてきた努力のな。見ればわかる。だからナユタは胸を張っていい」
イオの確信に満ちた声に、ナユタは一瞬目を丸くすると、照れ臭そうにはにかんだ。
「ありがとうございますっ。なんだか自分に自信が持てたような気がしますっ」
「それなら良かった。んじゃ、俺も行ってくるよ」
「はいっ! 頑張ってくださいねっ」
「あいよ。あ、そういえば、観戦に戻ったら多分学院長先生がいるから驚くなよ。会うのは初めてじゃない感じだよな?」
「はい」
「そうか。まぁなんだ。頑張ってな」
イオはそう言って、清々しい笑みで親指を立てると、控え室へと足を向けた。みるみる彼との距離が離れていき、一人取り残されたナユタは首を傾げる。
「学院長がイオくんとお話を?」
彼が去った後で呟いた彼女の言葉は、そのまま周囲の活気にかき消されたのだった。
邂逅編、ここから盛り上げていきますよ!




