第十三話:報われる努力
結果から言えば、一次試験は無事に終了した。
いやイオとナユタからすれば無事だが、会場全体からすれば無事とは言えないかもしれない。危惧していた通り、受験生の一人が不正行為発覚で退場させらたのだ。その際の彼の必死の抵抗はまさに見もので、本来であれば迷惑千万な行為だが野次馬気質のイオとしては、『良いもの見れてラッキー』と思えるほどだった。
そんなこんなで一次試験と二時間の昼休憩を終え、待合室で各々様々な感情を抱いている受験生のもとに、ついに一次試験の合格者が張り出される。あの短時間でこれだけの受験生の採点を済ませたのか甚だ疑問だが、そんなことを気にしている受験生はイオくらいだろう。
隣に並んだナユタが、少しだけ震える手でイオの服装袖を掴む。
「き、緊張しますすね」
「そうだな。特待生の事を考えると、最低でも十番以内には入りたいところだけど」
その声音に全く緊張が含まれていない事に、極度の緊張に至った今のナユタは気が付かなかったらしい。
歓喜に震える者、落胆し泣き崩れる者達をかき分けて、二人は張り出された結果を見上げた。
そしてナユタが歓喜の声を上げる。
「やりましたっ! 一般枠では一位、全体では二位ですっ!」
「マジかっ。相変わらずすげぇな。おめでとう」
驚きに思わず声を上げるイオと、彼の手を取ってはしゃぐナユタ。
「ありがとうございますっ! イオくんは……あった! すごい! 一般枠では七位! 全体では九位じゃないですかっ! これなら特待生だって狙えますよ!!」
ひとしきり合格に対する興奮を体で表したナユタは、得点順に並べられた名前の中から、どちらも成績上位者欄に記された『イオ』の二文字に感激している。
「おめでとうございます! 良かったですね……って、イオくん!?」
ナユタが心の底から喜びながらイオに向き直り、そして驚愕した表情を浮かべたのを、イオは滲む視界でみる。
ナユタよりも順位が低いにも関わらず、イオは彼女以上の喜びを体現していた。
「ありがとう。何でだろうな。涙が、涙が止まんないだ」
イオは仏の様な顔で涙を流し、立ち尽くしていた。そんなイオの姿に、周囲は静かに距離を置くが、感激の嵐に撃たれたイオにそんなことを認識する余裕は無い。とめどなく溢れる涙を拭いもせず、ただ真っ直ぐに成績表を見上げる。
イオ自身、まさかここまで良い結果を残せるとは思わなかった。
特にナユタに厳しい教育を施された歴史では、全体で五位に食い込むという僥倖。今までの努力が報われた感激で足も動かない。
だが、それは新たなる驚愕に飲み込まれた。イオはふと見上げた実技試験主席の者の成績に驚愕する。
「ま、満点がいんのか。あの試験に。えげついな」
心から漏れ出た言葉。それ以外に相応しい言葉が見つからない。
国内外で有名な高難度の試験で、全体二位の成績を残したナユタをして届かない満点を獲得した逸材。それは一体どのような人物なのか。
イオの言葉に、同じく高得点の獲得者であるナユタも感心した様子で続く。
「そうですね。どうやら貴族枠の方みたいですけど」
「名前は…」
「ティルファニア=ルイ=シクシス=アリシア」
イオが名前を読み上げようとしたのと時を同じくして、隣から凛とした声が響く。
ナユタではない。ナユタは驚愕した表情で声がした方向に視線を向けている。イオも少しだけ驚きながら、同じく主席の名前を読み上げた少女に目を向けた。
そこには、天使がいた。勿論比喩的な意味でだ。天使の様な美しい少女が、そこにいた。
ナユタとは系統が異なる絶世の美少女。肩あたりで揃えられた、所々光を反射して淡く緑に輝く金色の髪を揺らした彼女は、可愛らしく小首を傾げる。
「長いでしょ? この国の第三王女だよ」
「へぇ、確かにめちゃ長いな。あんたの知り合いか?」
本当に冗談抜きで長い名前に感心しながら、その人物に問うと、周囲が騒めいた。
そのざわめきを代表して、ナユタが慌てた様子で彼の手を引く。
「い、イオくんっ! なんて態度を!」
「あ? なに?」
「このお方こそ、この国の第三王女殿下。ティルファニア王女殿下なんですよ!!」
「え…」
イオが目を丸くしながら再び金色の少女を見やる。
よくよく全身を観察すると、彼女が身に着けている青を基調とした美しいドレスには、この国の王家しかつけることを許されない家紋があしらわれていた。その家紋を偽装することは死罪に等しい。この少女こそアリシア王国第三王女、ティルファニア=ルイ=シクシス=アリシアで間違いない。
そして可憐な王女は、イオを止めに入ったナユタを見止めると、その前にやってくる。じっとナユタの顔を見据えた王女は、驚いたように顔を綻ばせた。
「ナユタだ! 久しぶり~!」
「お、お久しぶりです。王女殿下」
「あはは。珍しく硬い表情のナユタを見た気がするよ~」
そう笑った王女だったが、彼女は一瞬だけ寂しそうな表情を見せた。だがそれも本当に一瞬だけだ。その後は常の笑みを浮かべて、視線をスッとずらして一点で留める。
イオは彼女の視線が自分に向けられている物だと気がついて、一応小さく礼をする。目線が丁度良い高さになったのでイオは念の為、彼女の胸の膨らみに押し上げられた家紋が本当に王家のものかを確認した。この国の事情に疎いイオとてその程度の見分けはできる。彼女がつける家紋は紛れもなく本物だ。
「初めまして王女様。一次試験満点は流石ですね」
極めて無礼に見える態度に、周囲はぎょっとした。後ろから圧を発する護衛を抑えて、王女はにぱっと笑みを浮かべる。
「ありがとう~。イオ君は…お~全体七位! すごいなぁ。イオ君こそおめでとう」
とんでもなく砕けた喋り方に、周囲の者は若干ペースを乱される。
しかしそれ程王族として型破りな口調でありながら、彼女には周囲の意識を引きつける力があった。それが彼女が王族である何よりの証拠なのかもしれない。
彼女の声に感激し涙する者もいる中、イオは自分の努力を認められた事が嬉しくて、普通に照れ笑いを浮かべる。
「え、そうですか? いやあどうも~。歴史とか結構頑張ったんで、そう言ってもらえると嬉しいです」
二回目の無礼。周囲に再び衝撃が走る。中には「あいつ死んだぞ」などと物騒なことを言う者もいたが、そんな事は無く、王女は普通にイオとの会話を続けた。
「ねぇ。一つ聞いてもいい?」
「なんなりと」
「じゃあ遠慮なく! 多分だけど、イオ君って王国出身じゃないよね?」
「そうですけど、なんで分かったんですか?」
「あんまり良い見分け方じゃないけど、その髪と目はアリシアでは珍しいからね~」
「あー。そういうことですか」
確かにイオの桃色の髪はこの国では珍しい。
しかしそういった発言により差別的な意識が助長される事を嫌って、ティルファニアは前置きを置いたのだろう。そこまで意識できる彼女に感心していると、ティルファニアが言葉を続ける。
「それなのに、歴史で全体七位でしょ? すごいなあ。相当勉強したんでしょ」
「それを一位の王女様が言いますか。どれだけ努力したのか、想像もできませんよ」
笑みを浮かべながら軽口を叩いたイオに、周囲は青ざめる。
だが、ティルファニアは至極普通に笑みを浮かべて、彼の言葉を認めた。
「まぁね! 自分で言うのもあれだけど、結構頑張ったんだよ!」
うんうんと頷いたティルファニアは、イオの顔を見上げて続ける。
「だから気になったんだ。この国の深い歴史を知らないはずのイオ君が、どうしてここまで高い得点をだせたのか。ボクもそれなりに勉強方法は確立しているけど、それ以上に効率の良い方法を探したいんだ! だから、良かったら教えてくれないかな?」
見た目や言葉とは裏腹に、随分と鋭い視点からイオの成績を評価し、野心的な滾りを見せるティルファニア。彼女の貪欲さを随分と気に入ったイオは口の端を吊り上げる。
それは、彼がこの場において初めて見せた、心からの笑みであった。
「別に面白いもんでもないですよ。とにかく、やってやってやりまくる。歴史は気合いだって言われましたから。それに……」
そしてイオは、複雑そうな表情を浮かべる隣のナユタの背中をぽんっと叩いて、言葉を続ける。
「俺には、最高の家庭教師がいたんで」
ティルファニアは、イオに背中を押されてあたふたとしているナユタに目を向けると、優し気な笑みを浮かべて口を開く。
「あー、なるほどね。そっか~、やっぱり歴史はそこに行きつくんだね」
ティルファニアがそう言って安堵したような表情を浮かべると、彼女の背後から声がかかる。
「王女殿下、お時間が迫っております」
彼女の護衛は未だ何かを話したそうにしている王女ティルファニアを遮って口を開いた。護衛として相応しくない姿であるが、騒々しくなってきた辺りを見て、ティルファニアは渋々頷いた。
「そうだね。残念だけど、そうしよっか。じゃみんな実技試験も頑張ろうね。ボクも頑張るから。みんなの健闘を祈ってるよ」
「「「「「はい」」」」」
ティルファニアはそういうと、手を振って王室の護衛の者達の元へと歩いていく。
その場にいた人間は全て、頭を垂れて彼女を見送った。
騒ぎが収束した後で、ナユタは大きく息を吐く。
「まさか王女様が話しかけてくるなんて、びっくりです」
「だな。ていうかナユタ、王女様と知り合いだったんだな?」
イオが何より驚いたのはそこだ。ナユタは自分を下級貴族だと言っていたが、そんな彼女が王女と知り合いだとは流石のイオにも予想できなかった。
イオの言葉に、ナユタはギクッと身体を硬直させてからぎこちない笑みを浮かべる。
「そ、それはですね。えっと、ちょっと前にご縁がありまして」
慌てる様子を見れば、誰が見ても訳ありだと分かる。
イオは彼女の事情を、周囲の目を気にして深くまでは問うまいと決めた。
「そっか。さて、三十分後にお待ちかねの実技試験だ。早めに会場入りしておこうぜ」
「は、はいっ」
静かに胸を撫で下ろしたナユタを連れて、イオは実技試験の会場へと足を進めたのだった。
♢
実技試験は、筆記試験が行われた本棟から少し離れた場所にある実技棟で行われる。
実技棟は戦士同士が決闘を行う闘技場のような作りになっていて、同時に複数の試験を行える様、石製のリングが幾つも置かれている。試合を重ねるにつれてリングは減り、最終的にはグループ内でチームを組んで対抗戦を行ったり、集団戦闘を行ったり、とにかく一つの巨大なリングが設置されると聞く。
「すごいですね。これだけの建物を作るなんて」
中央のリングを見下ろす形で円形状に作られた客席で、ナユタが歓声をあげた。
その声で、イオの意識が現実へと戻ってくる。
「実技棟っていうからてっきり講堂を改造したものなのかと思ったけど、どう見ても闘技場だな」
「流石に講堂を改造するのは無理あると思いますけど……まあ、楽しそうでいいじゃないですかっ! あ、ここはどうやら在校生たちの問題解決にも使われてるみたいですよ」
「やっぱ闘技場じゃねーか」
筆記試験を無事突破して、入学もとい特待生に近づいたからだろうか、彼女の声には余裕があった。
「ナユタはどこのグループだ?」
「えっと、三つ目のグループですね。イオくんは?」
イオの問いに、ナユタは配布された用紙を何度か捲ってからパタンと閉じた。
その間に問いを返されたイオも番の確認を済ませる。
「俺は四つ目」
「そうですか。決勝であたれるように、お互い頑張りましょうね」
「そのためには、まずは一つ目のグループを勝ち抜いて、だよな」
ただし、そこを勝ち抜いてしまえば後は祭りである。
しかし彼女の願いを実現できるよう、彼女には必要ないと理解している言葉をあえて掛ける。
「負けんなよ? これで俺だけ受かったら、気まずくて帰ってこれねえからさ」
「言いますね。イオくんこそ負けないでくださいよ。初戦で負けたらせっかくの勉強が無駄になっちゃいますからね」
ナユタもイオの気持ちを知ってか、挑戦的な笑みを浮かべる。
じきに一つ目のグループの試験が始まる事を知った二人は、会話を弾ませながら客席へと向かったのだった。
筆記試験を突破して流していたイオ君の涙には、三種類の感情が混在しています。一つは勿論、とっても良い成績で筆記試験を突破できたこと。一つはこれでナユタちゃんのスパルタ歴史指導から解放される事。そしてもう一つは…何でしょうか? みなさん是非考えてみてくださいね。それと、良ければ高評価ブックマークよろしくお願いします。それではまた次回!




