第九話:優しさ
イオとナユタが出会ってから、数日が過ぎた。
ナユタは約束通り、自分の試験勉強の傍らでイオの面倒も見てくれている。
そして、ここ数日で、ナユタは超が付くほど努力家であることが分かった。
ナユタはいつも大衆酒場ギンに集合するとすぐに勉強を始めるのだが、これが凄まじい勉強量だ。朝早くから夜遅くまで、ほとんどぶっ通しである。それほど興味のない範囲も覚えなくてはならないことも手伝って、イオは彼女に喰らい付いていくだけで精いっぱいだった。ナユタはそんな暮らしをここ数年間ずっと続けて来たというのだから、自然と彼女の賢さというものが身にしみてわかるし、それに伴って彼女に対する尊敬の念は強まった。
しかしそんなナユタでも、流石に一週間ずっとその生活を続けるのは難しいようで、彼女は週に一度や二度、街に繰り出しては思い思いの場所を巡っていると語った。買い物をしたり、美味しいものを食べたり、そうやって上手に自分自身のストレスをコントロールしているのだそうだ。
そして今まさに、イオはナユタとの外出の最中だった。イオにとっては数日前に参考書を買いに行って以来、久方ぶりの外出だった。
一日中リディアの商業区を練り歩いて好きなことを満喫したナユタ。夕暮れ時ということもあって人が多く行き交う零層都市南区の大街道のど真ん中で、ナユタは赤い夕陽に照らされながら、大きく伸びをした。
「んー、久しぶりに沢山買い物しちゃいましたけど、やっぱり楽しいですね!」
「…そりゃ良かったよ」
彼女の後方で、ナユタがこれでもかと買い込んだ様々な品を両手一杯に抱えたイオが苦笑すると、ナユタは振り返って笑顔で応じた。
「はい! イオくんも忙しいのに付き合ってくれてありがとうございました!」
「いいって。俺も良いリフレッシュになったからな」
それはイオの本心だった。
ナユタといると、不思議とイオの気持ちは安らぐ。会話が途切れても気まずさは無いし、それどころか沈黙すら心地よいと感じられる。
それはイオがナユタに隠している秘密が影響しているのかもしれないが、イオはそれだけではないような気がした。
まぁイオの秘密は置いておいても、流石と言うべきかナユタは零層都市に詳しい。そんな彼女に案内されて巡る各所は、どれも素晴らしいものだった。
連れて行ってくれる店のご飯は美味しいし、おすすめスポットは大変見晴らしが良く風も爽やか。買い物ではナユタに振り回されるが、結局イオ自身も楽しんでいた。そして何より、ナユタの存在が大きい。
イオは傾いて赤くなった太陽の光に照らされながら、今も何かに気が付いた様に小走りになったナユタの行く先を見据えた。
「大丈夫ですか?」
彼女の先にいたのは、道の端に腰掛けたお年寄りだった。ナユタに声を掛けられた老父は、驚きながらも苦笑して答える。
「…ちょっとぎっくり腰になっちゃってねぇ。嫁に迎えに来てもらう訳にもいかねぇから、すこし休んでるんだ」
「そうですか。それは大変でしたね。……少し良いですか?」
「ん?……なんだい?」
「…失礼しますね」
ナユタは首を傾げる老父に笑みを浮かべてから、ポケットにしまってあった指輪を取り出すと、それを嵌めて魔力を高めた。そして魔術を発動する。
見ただけでは分かりにくいが、彼女が発動したのは回復魔術のようだった。老父の腰辺りに僅かに魔力の反応があって、それから彼は腰に手を当てて目を丸くした。
「…こりゃ驚いた。痛みがどっかいっちまったよ」
「ふふっ。良かったです」
「お嬢ちゃん、魔術が上手なんだねぇ」
「それなりにですけどね。…でも痛みが引いても、しっかりお医者さんには診てもらってくださいね。魔術も完璧じゃないので」
ナユタは老父にそう笑いかけると、彼は大きく頷いて朗らかに笑った。
「ああ、勿論だ。……それにしても、デートの最中に悪かったねぇ」
それから彼はイオに視線を向けてきて、優し気な笑みを浮かべた。
「お嬢ちゃんみたいな優しい子が相手なんて、あの子は幸せ者だねぇ」
デートに見えたのだろうか。
イオが静かに笑みを浮かべると、ナユタが少しだけ早口で言った。
「そ、そんなことないですよ。……それじゃあお爺さん。私はこれで」
「ああ。本当にありがとう。助かったよ」
そうしてナユタはイオの元に戻ってきて、「行きましょう」といって再び歩き出した。
夕焼けの街をゆっくりと歩いていくナユタの背中を眺め、イオは思う。
当たり前の様に見知らぬ誰かに手を差し伸べられる。こういうところがナユタの魅力なのだ。




