第零話:全てはここから
初投稿です。気長にお付き合いいただけたら幸いです。
第八世界、戦歴212年。
ディーレシア大陸最北端の国、レーテ王国。
同、王立特殊研究機関。
世界最大の力である地脈と天流の恩恵を享受し、世界最大の国に名を連ねるレーテ王国を代表する、星に関する研究の最先端。レーテ王国王城地下に作られた研究機関は、混沌に満ちていた。
「第五隔壁を閉じろ! 急げ!」
「無理ですっ! もう奴らそこまで!」
「ちっ! あいつら何考えてんだ! 味方じゃ無かったのか!」
慌ただしく怒号が響き渡る、レーテ王城地下十五階、研究機関統括本部。
「あの野郎、気でも狂ったか」
研究機関全てを束ねる大男は、どこか悟った表情でサングラスを外した。そしてそれを、きつく握り占めて破壊すると、パラパラと零れ落ちる欠片を眺めて寂しげな笑みを浮かべる。
「仲間だと、俺は思ってたんだけどな」
そう言って男は、ゆっくりと立ち上がって背後に控える二人の研究員に声を掛ける。
「おい。研究資料は全て廃棄しろ。何としてもあいつらには渡すな。特に『鍵』についてはな」
「はっ! 陛下はどちらへ?」
「時間稼ぎに決まってんだろ。お前らも…あー、いや。お前らは最後まで資料の破棄に専念しろ。対処は他でする…さて、と」
大男は自慢のスキンヘッドを数回叩いてから、ゆっくりと、椅子の傍に突き刺さる形で置いてあった大剣を担ぎ、しゃがみこんだ。そして、男を心配そうに見つめる一人の少女の頭を優しく撫でる。まだ幼さが残る柔らかい柴白色の髪の感触に言葉を詰まらせた男は、数秒の思考の末に笑みを浮かべる。
「わりぃな。父ちゃん、もう行かなきゃいけねぇんだ。ナユ、おまえは避難船へ向かってくれ」
「うん」
「よし、いい子だ」
幼くも聡い我が子は、どうやら状況を正確に理解しているようだ。しかし、その目には涙が浮かんでいる。彼女はこれが父親との今生の別れになることを察しているようだった。
「ほんとに、ナユは俺の自慢の娘だよ。元気でな、愛してる」
心からの言葉を震える声で吐きだし、その小さな体を抱きしめてから大男は少女の背中を押す。
「さ、護衛が待ってる。おい、坊主。ナユを連れてってくれ」
「……」
少女の背後に控える灰色の髪の少年は、黙ったまま返答を返さない。それを不思議に思った男は、声を一段階上げる。
「おい。聞いてんのか?」
「俺も残る」
「馬鹿言うんじゃねぇ。オメェをこんなところで巻き込めるかよ」
「ここで戦わなかったら、多分俺は一生後悔する。そんなの嫌だ」
「んの頑固野郎が」
大きくため息をついた大男は、少女を解放してから、今度は少年に向き直る。
「いいか。オメェがナユを連れてってくれねぇと、俺は安心して防衛に専念できねぇんだよ。わかるだろ?」
「…」
「オメェが活躍すんのはこの後だ。もう辺りには大量の敵がいる。オメェの役目はナユをそいつらから守る事だ。どうしても戦いてぇなら、そこで戦って、ナユを守り抜いて、そして逝け」
「…分かった」
「うしっ。んじゃさっさと行ってくれ。もう時間がねぇんだ……ったくんな辛気臭ぇ顔すんな。笑顔だって、いつも言ってんだろ?」
「また、あとで」
「あ?…ははっ! そうだな。また後でな。そんときゃ特別褒章を出してやんよ」
チラリと、我が子と同い年の少年を見やって、笑みを深めた大男は、今度は二人の背中を押す。
「元気でな」
去っていく二人を最後まで見送って、男は大剣を担いで統括席がある最上段から下っていく。それだけで、今まで混乱に満ちていた辺りは静まり返った。
「さて、こうなっちまった以上、もうこの研究機関はおしまいって訳だが、逃げてぇ奴は逃げてもいいぞ。俺ぁ止めねぇ」
誰一人として、逃げ出そうとはしない。
それぞれの覚悟が籠った瞳を見返して、お男は腹から笑い声を響かせた。
「はっ! はっ! はっ! どいつもこいつも最高だな本当に! だが、それでこそ俺の見込んだ奴らだ!……さて、奴らがお越しの様だ。やってやろうぜっ!」
乱暴に叩かれる大扉に向かって大剣を構えて、大男はそう叫んだ。




