チャイルドアビューズ&デルタフォース
これは、私が小学校中学年から高学年にかけてのときのお話。
私の母親は、いわゆる水商売で、当然夜はお家にいないことが多いのでした。
家に二人だけになると、父親がわたしの部屋に入ってくるのでした。
私がはっきり拒否の意思を示さなかったのが悪かったのでしょうか。徐々に行為の内容はエスカレートしていき、とうとう妻の代用として使用されるようになってしまいました。
インターネットでそれなりに性の知識を身につけていたので、父の行為の意味はわかっていたのですが、父は酔うと凶暴になるたちで、当時の私は怖くて従順に従うしかありませんでした。
家庭が崩壊するのを恐れて、母に助けを乞うこともできません。
しかしある日、たまたま父の機嫌が良い時に、「いつも夜にしてることをやめてほしい」と、私は訴えました。話しながら涙が溢れてきたのを覚えています。
すると意外にも、父はそのことを了承したのです。ただし条件付きで。その条件とはこういうものでした。
「一ヶ月やるから、このゲームで俺を倒してみせろ」
それは当時でも10年以上前に発売された古いPCゲームで、いわゆるRTSというジャンルのものでした。なかなかコアな人気があるようで、現在でもプレイする人がいるそうです。
もっとも、こういったことは後々調べて知ったことで、その時の私にとっては、「父が時々している変なゲーム」という程度の認識しかありませんでした。
その日から、私の地獄の特訓が始まったのです。
自分のPCにそのゲームを入れ、wikiに隈なく目を通し、AIと対戦し、マルチプレイで海外のプレイヤーと対戦しました。
自分にはどのようなプレイスタイルが向いているのかを考え、そのスタイルにはいかなる弱点があるのか。それをカバーする方法はどんな物があるか。
ユニットの性能をノートに写して覚え、プレイ動画を見直し反省し、小学生としてはできる限り知恵を絞ったつもりです。
地獄と言っても、その期間、父は私に手を出さなかったので、本当にありがたかったのですが、負けるとまたあれが始まるのだと考えると、気が気ではありません。
そしてついに、その日はやってきたのです。
父も私も自分の部屋のPCを使い、マルチでの対戦です。
悩み悩み抜いた末、私の選んだプレイスタイルは、攻撃を受け持つ主力に極度に戦力を集中させ、防衛側は僅かな戦力と大量の重砲による長距離射撃で支える、というものでした。もちろん重砲は攻撃の支援にも役に立つ。
私の使用する国はソ連、父はアメリカ、さながら第三次大戦の様相を呈している。ユニットの配置フェーズが始まった。
このマップは単純に言えば、三本の並行する道からなっている。
私はマップ中央のセクターを占領する目的で、中央道に主力を投入する。この場合、二種類の状況が想定される。
敵も中央に主力を出してくるなら、そのまま決戦に持ち込み、全火力を投入してこれを撃滅する。
東西いずれか、または両方の道から攻撃してくるならば、防衛戦力は数的に劣位に立たされるが、地形を利用し、重砲の支援を受けて可能な限り持久を図る。その間に主力は速やかに前進、敵ベースに突入する。
T-72の群れが戦線を突破するのが早いか、防衛部隊が玉砕し、東西から包囲されるのが早いか、時間との勝負になる。
ゲーム開始。配置した部隊が一斉に動き出す。
想定通り、敵は主力を二分して東西の道から進撃してきた。中央は薄い。チャンスだ。圧倒的多数のT-72とBMPが中央セクターに殴り込みをかける。BTRから下車した工兵が、火炎放射器で敵歩兵を建物ごと焼き払い、掃討する。まもなくセクターを確保した。
東西の防衛に任じられたスペツナズとライフル歩兵は、寡勢にも関わらず、かろうじてだが戦線を維持している。砲撃によって歩戦分離ができているからだ。至近距離から発射されたRPG-7が、エイブラムスを血祭りにあげる。
ハインドを呼んで防衛部隊を支援するか? 一瞬逡巡するも、すぐに考え直す。そんな余裕があれば、攻撃部隊を増強すべきだ。速度こそ最大の武器。短期決戦に持ち込めば、奴は操作速度は決して早くないのだから、こちらが有利だ。対応させる時間的余裕を与えるな。
防衛部隊にはもう少しだけ増援無しで持ちこたえてもらうことにする。
Su-24が爆弾を叩き込んで主力の進撃路を形成する。もう少し、もう少しで敵ベースに手がかかる。
警報。
デルタフォースが私のベースに侵入していた。一体どこから侵入したのだ。おそらく、こちらの主力が攻勢に移転した瞬間に生じた戦線の隙間から入り込んだのだろう。
無反動砲が、私の自走砲を次々に鉄クズに変えていく。これがなくなると間違いなく防衛部隊は一瞬で溶ける。半ばパニックになりつつも、主力部隊の動向を見る。このまま押し切れるか? 敵はまだ予備戦力を持っていたようで、ベースを目の前にして、急に抵抗が強くなっている。
補給線が伸び切っていることもあって、こちらの戦力は補充が追いつかず、徐々に損耗していく。デルタフォースをやっと殲滅した頃には、自走砲は弾薬補給車両ごといなくなっていた。
冷静に主力を後退させて、防衛戦を再構築すれば、まだ勝ち目はあったはずだ。だが、当時の私は動揺のあまり、ほとんど痴呆のように場当たり的な操作しかできなくなってしまっていた。突破された東西の戦線に散発的にハインドを送り込み、撃墜される。短期決戦でケリをつける見込みがなくなったにも関わらず、漫然と主力に増援を送り込み、すり減らす。
ミスがさらなるミスを呼び、動揺はますます膨らむ。もうだめだ。負ける。ゲーム終了。敵軍が降伏しました。
何が起こったのかよく分からず、何度もメッセージを読み直すが、間違いない。奴は突然勝てるゲームを投げた。なぜ?
しばらくゲーム画面の前でぽかんと口を開けていたが、やがて落ち着きを取り戻して、あり得ない量の脇汗が、シャツにじっとり滲んでいるのに気がついた。
今から思えば、いくら必死だったとはいえ、ゲームを初めて一ヶ月の小学生といい勝負だったのだから、父の強さも大したものではなかったのでしょう。
その後、母と離婚するまでの間、本当に父は私に手を出すことなく、父をその次に見たときには骨になっていました。酒の飲み過ぎで体を壊したそうです。
今では私は大学でジェンダー学について学んでいます。大学で出会った彼氏は、私の性虐待の経験をカミングアウトしても受け入れてくれました。
それでもいまだに、戦争関連のニュースを目にすると、この人達も、あのときの私と同じ気持ちで戦っているんだろうかと、父とあのデルタフォースに対する恐怖が蘇るのです。