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土の色、海の色

作者: 大川雅樹

「母さん花たちは、新しい色を作ろうとしました。それは土の色からではなく、海の色からでした。」

 これは、母が詩らしい言葉を口にした最後だった。


 母は五年前に脳こうそくをおこし、左半身が動かなくなり、寝たきりになった。

 僕はずっと介護をした。大変だったがヘルパーさんや、看護師さんの手を借りながら頑張った。母とは最初、普通に会話をしていたが、認知症が進み意思疎通も難しくなってきていた。

 母は生け花の先生をしていた。花が好きで先生をやめた後も、花の絵を描いたり詩を作ったりしていた。本を出した事もある。

 ある日、母に言ってみた。

「もう、詩は作らないの?口で言ってくれたら書き留めるよ。」

 そして、母が口にしたのが冒頭のセリフだった。

「その続きは?」

 だが、母はそれ以上は何も言わなかった。

 僕は童話を書くのが趣味だ。母が言った1節から、童話を書いてみようと思った。


 母さん花たちは、新しい色を作ろうとしました。それは土の色からではなく、海の色からでした。

 植物にも感情があると言われています。毎日、花に「可愛いね、きれいだね。」と言うと長持ちしますが、「バカ、死ね。」などと言っていると、すぐに枯れてしまうようです。

 海辺に黄土色の花たちが咲いていました。でも、通って行く人たちは見向きもしません。たまに立ち止まる人も「地味な花ね。」と言うくらいです。

 黄土色の花たちは、悲しかったです。あのきれいな海の色のようになりたいと願いました。黄土色の母さん花たちは、子供たちが海の色になるように一生懸命に祈りました。

 やがて秋が来て花は枯れ、種に想いをのせて冬も過ぎました。

 そして、春に芽が出て夏になりました。

 母さん花たちの祈りが通じたのか、青いきれいな花が咲き乱れました。立ち止まって「きれいな花ね。」と言う人もたくさん、いました。

 海の色の花たちは幸せでした。


 ここまで書いて、母に読み聞かせた。母はじっと聞いているようだったが、あまり反応はなかった。

 僕は言った。「そうだ。お母さん、海を見に行こう!」

 僕の車は車イスを乗せれる改造車だ。海も遠くない。海に着くと堤防を車イスを押して歩いた。目の前に海が広がる。

「お母さん、気持ちいいね。」

 母も心なしか、うれしそうに見えた。

 首をめぐらして見ると、浜辺に青い花がたくさん咲いていた。僕は車イスをそちらの方に向けた。

「お母さん、ごらんよ。海の色の花が咲いてるよ。」

 おとろえた目でどれだけ見えているか分からないが、母は何度もうなづいていた。

「お母さん、また来ようね。」

 夏の昼下がりの午後のことだった。


 青い花たちの中に一輪だけ、青になりそこねた黄土色の花がさいていました。

 しかし、青い花たちは仲間はずれにもせずに、優しく接しました。

 それは、その花から懐かしい香りがしたせいです。

 母さん花の香りです。               (完)


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