夢の続きsideレイ
「いったい何時までそうしてるつもりですか」
冷ややかなザクの声が背後から届く。
しかし俺はそれに構う気も、構う余裕もなかった。
今、目の前に番たる女性が眠る。
まだあどけなさが残る、少女と女性の狭間に位置するくらいの、愛しいヒト。
彼女をこの家に運び込んで、2日が経とうとしていた。
忌々しい首輪は、さっさと騎士団に所属する魔導師に取り除いて貰っている。
しかし悪辣な環境下で過ごしてきた影響で、彼女の体調はなかなか回復せず、今もこんこんと眠り続けている状態だった。
自分の人生のなかで、いつかは巡り会えたら……と密かに熱望していた番がこうも衰弱しているとあっては、側を離れるという選択肢は俺にはない。
ただ見守る事しかできないけれど、それでも近くに居たかった。
2日目も、そろそろ日が暮れようかという頃。
彼女が身じろぎ、その長い睫毛を震わせた。眼を醒ますかもしれないと見守る。
すると眦からすーっと涙が流れて、思わず息を詰めてしまった。
悲しげに寄る眉に、俺の胸も苦しくなる。
悲しまないで欲しい。
苦しまないで欲しい。
俺が。俺が守ってあげるから………。
「大丈夫」
そっと優しく頭を撫でる。
こちらに戻っておいで。
もう一度瞼が震え、彼女はゆっくりとその瞼を開けたのだった。
随分と体力を消耗していまっていた彼女は、弱々しく、しかし鈴の様に可憐な声で名前を教えてくれた。
つばめ。何と可愛らしい!
俺を見て、俺に話しかける番が愛おし過ぎて、息をするのも忘れそうだ。
そうやって悶絶する俺に、背後で控えていたザクは、心底呆れたと言わんばかりの冷ややかさだ。
少しばかり腹立たしかったが、つばめに配慮しての発言と知り、少し気持ちを引き締めた。……少しだけ。
体調もそうだが……。つばめの折れた左腕をそっと見る。
痛みは大丈夫だろうか。
俺の視線を受け、つばめはゆっくり頷いた。
「痛みもないし、大丈夫です」
ふんわりと微笑んでくれた彼女の身繕いを側に控えていた侍女に依頼して、俺は一旦退室した。
彼女は必ず応接室に来る、と分かっていても、番の側を離れる事が苦痛で仕方がない。
ソワソワと扉を気にしていると、ザクが呆れた顔で近付いてきた。
「らしくありませんね。もう直ぐお見えになりますよ」
「分かっている!分かっているんだけど‥‥」
ザクに諌められ、俺は諦めてソファにドサリと身体を沈めた。
「頭で分かってても、不安になる。
ライル団長、番と離れてよく涼しげな顔で仕事に専念できるよなぁ。」
「最近、番様をお迎えになられたそうですね。喜ばしい事です」
ふと、考え込んだ後、ザクは言った。
「レイ様の、その不安ですが。保護システムが完了していないのも影響してませんか?」
「え?って、どういう事?」
「番様が保護を受け入れてくださった時点で、獣人の婚約は成立しますよね?まぁ、書面などの形式は後から必要ですけど。
でも、保護システムが完了すると、番様の居場所や薄らとした感情は把握できるようになると言いますし。
それが安心感に繋がるのではないのですか?」
ザクの話に、成る程と思った。
つばめが見つかる直前までの謎の焦燥感と、今感じている不安の根本は同じだ。
何かが足りない、側にいない、という焦り。
「あー。今、何か納得した。俺、こんなに堪え性がないのかって、ちょっと絶望してたんだよね」
俺の嘆息に、ザクは苦笑いを返した。
「まあ、それが番様を目の前にした、獣人の正しい在り方なんでしょうね。
であれば、きちんと番様をお待ちして、保護の申し入れをして下さい」
「……分かった」
実家の執事の息子であるザクには幼い頃から世話になっている分、こうも諭されると素直に頷くしかない。
少し落ち着きを取り戻し、つばめへの話の道筋を考える事にする。
それから間もなく。
ドアをノックする音がしてつばめの来室が知らされた。俺の思考は歓喜によって支配され、考えるという仕事を放棄したのだった。
読んで頂きありがとうございました。