異世界で見た悪夢【後】
暴力シーンがあります。苦手な方は引き返してください。
全体的に暗めです、ごめんなさい。
エリアさん達の姿が見えなくなって、ようやく私も
身体を動かし始めた。
とは言っても、相変わらずの目眩にフラフラしながら、だが。
奴隷商の人達が帰ってきても、直ぐにバレないようにしなきゃ。
扉に鍵をかけて、元の位置にそれを戻す。
そして、言いつけられていた仕事を片付け始めた。
掃除、洗濯、そして捕まっている亜人達のご飯の準備。
本当は、地下に閉じ込められている人達も解放してあげたい。
だけどあそこには見張りが2人いて、無理そうだった。
本当にごめんなさい。
でも、エリアさんをここから出してあげれて良かったと思う。
今まで、暁 つばめって個人を見てくれる人なんていなかった。
いっつも、「おい」とか「お前」とか呼ばれて。
名前を呼んでくれて、眼を見て話しかけてくれる事が、本当に嬉しかったから。
本当は奴隷商の人達を誤魔化しきることは難しいって思う。
でも、それもどうでも良いの。
と、玄関が騒しくなり、気付けば商談に出向いていたはずの彼らが戻ってきていた。
もう、そんな時間?
窓の外に眼を向けると、陽は傾き夕刻と言える頃合いとなっていた。
荒々しく扉が開くと、奴隷商の片割れのロイが苛立たしげに近くのテーブルを蹴りつけた。
「くそっ!ヤツらのトップが代替わりしたせいで、話が進みやしない!
奴隷商とは手を切るとか、笑わせるなっ!」
「俺らが王都を離れてた今年の初めから、奴隷に関しての取り締まりが厳しくなったらしいな。
アイツらが手を引くって事は、ここで商売しても旨みが少ないかもな」
クローは腕を組み、これからの行動を吟味しているようだった。
私は、自分に注意が向かないように、部屋の片隅にそっと息を潜め佇む。
これだけイラついているのだ。
不満の吐け口にと殴られたくない。
「ロイ、王都祭の日も近い。
王都への出入りのチェックが厳しくなる前に、次に向かった方がいいかもな」
「そうだな。
警備隊ん所に潜り込んでるヤツらから、巡回も厳しくなるって情報あったし、明日にでも出るか」
「た‥‥大変ですっ!!」
その時、慌てた様子の男が飛び込んできた。
「うるせぇ!何だ!」
「別室の奴隷達が居ません!鍵は掛かってたんですが、中にいなくてっ!」
「はぁ!?てめぇら、何やってたんだ!」
ロイが険しい表情で男を怒鳴りつける。
男はビクっと身体を強張らせ、私を見やった。
「別室のヤツらは、あの女任せていたので‥‥」
ぎろり、とロイが私を睨んだ。
血走った眼が恐ろしい。
「貴様、アイツらを逃したのかっ!」
「私、何もしてません‥‥」
言い終わる前に、凄い勢いで顔を殴られる。
踏ん張る力もなかった私は、そのまま吹き飛び壁に叩きつけられた。
「っく‥‥」
衝撃で息ができない。
ロイは怒りが収まらないのか、制止するクローを振り切り私に近付くなりお腹を蹴り上げて来た。
その後も身を襲う衝撃は止まらない。
「くそっ!迷い人と思って拐ったのが間違いだった!
ロクな事になりゃしねぇっ!!」
「‥‥‥」
もう何も喋れず、ひたすら身を縮こめる。
うん、これでいい。
上手くいけば、死ねるんじゃないかな?
エリアさんに出会って、優しく声かけて貰った。
それだけ。
この何の価値も見出せない私の命を差し出す意義が、私にはあった。
苦しいのが続くのは嫌だ。
このまま、これが最後の苦しみになれば、それでいい。
薄らと笑む。
グイッと髪を引っ張られた。
「何笑ってやがる!
この役立たずがっ!!
マトモに見張りもできねぇのかよっ!!」
持ち上げられた頭が、窓に投げ付けられた。
耳障りな音を立ててガラスが割れる。
ああ、これで、楽に、なれる
振り返るべき思い出もない私には、走馬灯もないのね、なんて。
薄れていく意識で、苦く嗤う。
ふ、と。
男性の顔が浮かんできた。
黒に近いグレーの髪に、深く澄んだ翆の瞳。
精悍な顔つきは、きっとたくさんの女性にモテるんだろうなって感じで整っている。
その顔が泣きそうだ。
どうして?
そんな顔を、するの?
知らない筈の彼の表情に、チクリと胸が痛む。
泣かないで欲しいな‥‥
想いを言葉にする事もできず、私の意識は途切れたのだった。
さて、やっと番と出会えるかな。
読んで頂き、ありがとうございました。