現実世界と異世界
連載を始めてみました。
宜しければお付き合いください。
この世の中には、楽しい事、嬉しい事が溢れている。
きらきらしい灯りに彩られた、この街を歩く人達の表情は如何にも楽しげに輝いている。
私は、間違えたのかもしれない。
間違えてこの世に産まてしまったから、楽しい事も嬉しい事も、私を素通りして違う誰かの元に行ってしまうんじゃないのかな。
街の灯りに霞む夜空に浮かぶ三日月に、そっと手を伸ばしてみる。
頑張って手を伸ばしたって、月は掴めない。
握りしめてくれる腕も、もちろんない。
分かってるじゃない。
私は幾らでも替が効く、ただの消耗品だって。
中学を卒業して、電気関係の下請け工場で働き始めた。ただひたすら黙々と机に向かい、作業をこなす毎日。
もうずっと、誰とも話していない。
もうずっと、誰も目を合わせてない。
ふふ、今日は私、暁 つばめの17歳のバースデイ。
間違えて誕生した私を祝う言葉なんて、この世にはなないのだろう。
私は、何のために‥‥
何のために‥‥‥。
ゴロンとその場に転がる。
たかが10階程度のビルの屋上だけど、吹き付ける風は恐ろしく冷たい。
切るお金ももったいなくて、伸ばしっぱなしの髪をその風が嬲る。
悲しみなんて、ない。
そんな感情は、随分前に何処かに行ってしまった。
今、私の中にある感情は‥‥虚しさ、かな。
そっと目を閉じる。
そろそろ帰らないと、と思うけど。
虚しさが心を支配してしまって、もう手足に力を入れる事ができない。
ああ、そうか。
私はこのまま‥‥。
うっすら何かを感じる。
はっきりしない、その何かをもどかしく思いつつ、そのまま意識は闇に沈み込んだのだった。
「おらっ!ボーっと突っ立ってんじゃねぇよ!!」
バチンっ!と言う激しい音が響く。
はっと我にかえると共に、頬に激しい痛みが襲う。
「‥‥え?」
「さっさとこっちに来い!」
現状が全く理解できないまま、腕を掴まれ引きずられる。
ここ、どこ?
視界には、有り得ないモノが映り込む。
獣の耳や尻尾、翼などを持つ、人ではないモノ達‥‥
「あ‥‥いや‥‥嫌っ!!」
掴む腕を振り払おうともがくが、太い腕はびくともしない。
「このっ!大人しくしろっ!」
「ちっ!ロイ!迷い人は高額で取引できんだから、傷付けるな」
「クロー、アレ出せ!このままじゃ、番に見つかる!」
「あれか。だが、今は大型の亜人用のヤツしかねぇぞ」
クローと呼ばれた男が渋い顔をするの見て、腕を掴む男は片方の唇だけでニヤリと笑って答えた。
「迷い人の力は、途方もなく強いって話じゃねぇか。
構うもんか」
「まぁ、そりゃそうだが‥‥。仕方ねぇ」
ガチャリという音共に、薄汚れた麻袋から取り出されたソレに身震いが起きる。
「あ、あ、あ‥‥」
「大人しくしてりゃ、こんなモン着けらることもなかっただろうにな」
クローが首輪を手に近寄る。
気分が悪くなる気配を放つソレ。
必死に身を捩り嫌がる私をものともせず首に取り付けた。
よく分からない仕組みが働き、ブカブカのそれは私の首に合うサイズへ変化する。
装着された瞬間、ずっしりと肩が重くなるような、世界から切り離されたような、何とも言えない不快感が湧き上がりグルグル目眩が起き始めた。
立っていられなくて地面に崩れ落ちた私を、腕を掴んだままだった男が肩に抱えあげ走り出す。
どんどん気分が悪くなり、もはや抵抗する気力も起きず、意識を手放してしまうしかなかった。
さざめく気配に、ふと目を覚ます。
‥‥と、同時に息を飲む気配がし、一気に当たりは静かになった。
「?」
不思議に思って身を起こすと、ぐにゃりと視界が歪む。
思わず吐きそうになり、慌てて口を手で押さえた。
「あんた、大丈夫かい?」
恐る恐るといった感じで、女性が声をかけてきた。
「はい‥‥」
何とか吐き気を我慢して辺りを見渡すと、子供から30代くらいの、獣の耳なんかをもつ人達が20人ほど牢屋に押し込められていた。
「‥‥ここ‥‥?」
「ああ、可哀想に。ここは奴隷商のアジトだよ。
あんた迷い人だろう?
番に見つけてもらう前に、アイツらに捕まったんだねぇ」
「え、奴隷?‥‥迷い人って‥‥」
「迷い人ってのはさ、ここじゃない世界から来た人族の事をいうんだよ。
あんたのいた所と違うだろ、ここ?
それに、迷い人ってさ、大体が黒い髪に黒の瞳って言われてるのさ」
女性の説明に、うっすら『異世界』って言葉が浮かんだ。
人気だとか言う、ライトノベルの世界みたいなものなんだろうか?
だけど、奴隷って‥‥。
「あと3ヶ月もしたら、王都設立祭って祭りがある。
あちこちの国から人が集まる、大きな祭りさ。
その時に、あたし達は他国の奴らに売り飛ばされるんだよ」
「‥‥‥」
あまりの事に、言葉を失う。
元の世界で恵まれない人生だって思っていたけど。
ここよりまだマシだ。
だって、人権があったもの。
でも奴隷なんて‥‥。
これからの自分の未来を考えると、ただ青ざめて沈黙を守ることしか成す術はなかった。
読んで頂き、ありがとうございました。